ざわつく学校
次の日の朝。
昨日の全国緊急放送のせいで、学校の空気は最初から少し浮ついていた。
そりゃそうだろう。
国がいきなり出てきて、覚醒者養成プログラムなんてものを始めると言い出したのだ。
どう考えても、俺たちに無関係では終わらない。
廊下でも教室でもその話ばかりだった。
「あれってやっぱ学校でもやるのかな」
「昨日あんな放送したし、そりゃやるでしょ」
「自衛隊とか来んのかな」
「ていうか、覚醒者だけ?」
そんな声が朝からあちこちで飛んでいる。
教師の方もなんとなく落ち着かない。
ホームルーム前から廊下を行き来してる先生がやけに多いし、教室のドアが開くたびに、なんかこう、今日一日がもう昨日までとは違う方向に転がり始めてる感じがする。
まぁ、そりゃそうか。
全国放送の翌日だ。
学校側だって、何もありませんでしたみたいな顔はできないだろう。
昨日テレビの前でちょっと前のめりになってた内容が、なんか急に現実の方へ寄ってきて、こちとら心がついてこない。
そんなことを考えていたところで、担任が教室に入ってきた。
いつもより少しだけ硬い顔だ。
「ホームルームの前に連絡する。一時間目は、緊急全校集会を行う。全員、体育館へ移動してくれ」
やっぱり来たか。
教室の空気が一気にざわつく。
昨日の全国放送のせいで元から落ち着いてなかったところへ、学校側から正式に来て大騒ぎだ。
俺も立ち上がって、みんなの流れに混ざる。
体育館へ向かう途中の廊下も普段の移動より明らかに騒がしい。
それから体育館に入ると、もうかなりの人数が集まっていた。
学年ごとに並ばされ、教師たちが前後を見ながら位置を整えていく。
空気はざわついているが、普段の全校集会よりはさすがに緊張感がある。
みんな昨日の続きだと分かっているからだろう。
少しして、壇上に校長と教頭、それから見慣れないスーツ姿の男が上がってきた。
ああ、これ学校だけの話じゃないな。
その時点でなんとなくそう分かった。
マイクの前に立った校長が、少し硬い口調で話し始める。
昨日の全国緊急放送を受けて、本校でも正式に説明の場を設けることになったこと。
急激に変化する社会状況の中で、生徒と保護者に必要な情報をできるだけ早く共有したいこと。
そこまでは前置きだった。
本題は、その次だ。
見慣れないスーツの男が語り始める。
年齢は四十前後くらい。
話し方は落ち着いているが、学校の先生とは少し違う空気がある。
「昨日の放送でもありました通り、国は今後、覚醒者になった方を対象とした『覚醒者養成プログラム』を段階的に導入していく方針です」
体育館が少しだけざわつく。
昨日聞いた単語だが、こうして学校の場で改めて言われると、やっぱり重みが違う。
この制度は、若年覚醒者が自分の能力を安全に把握し、必要な知識や技術を身につけることを目的としていること。
ゲート出現以後の状況を踏まえ、将来的な危機対応や自己防衛の観点から、国、自治体、防衛関係機関、教育機関が連携して整備を進めていること。
「まずお伝えしておきたいのは、このプログラムは通常の学校生活を止めるものではないということです」
男は話を続ける。
「授業は通常通り行っていただきます。プログラムは放課後や指定時間を使い、両立を前提として進めていく予定です」
そこまで聞いて、俺も少しだけ「ちゃんとしてんだな」と思った。
いやでもそれ、覚醒者である俺たちが単に忙しくなるだけじゃないか?
だって学業と覚醒者養成プログラムの両立だろ?
今更めっちゃしんどい気がしてきた。
「また、現時点では全員参加ではありません。本人の意思を確認したうえで、希望者から順次参加してもらう形になります」
今度は別方向のざわめきが広がった。
希望制。
そこに安心するやつもいれば、逆に身を乗り出すやつもいるんだろうな。
「なお、個人情報への配慮のため、参加意思の確認については後ほど各クラス、秘匿性の高い方法で行うつもりです」
おぉ、さすが国の施策。
コンプラがしっかりしてやがる。
そしてスーツの男は最後にこう付け加えた。
「覚醒者養成プログラム初日のオリエンテーションは、来週月曜日の放課後を予定しています」
一瞬、体育館の空気が止まる。
そのあと、ざわっと全体が揺れた。
来週月曜。
って週明けたらすぐじゃないか。
思ったより早いな。
もっと先かと思っていた。
周りでも小声が飛び交う。
「来週?」
「もうやるの?」
「早くない?」
そんな声が聞こえる中で、俺はひとり、少しだけ前を向いた。
日付まで出た。
ってことは、もうほんとに始まるのか。
なんか昨日までふわっとしてたものが、急に予定表の中へ入ってきた感じだ。
その後も保護者向けの説明だとか、細かい補足だとかが続いたが、正直そっちはあまり頭に入らなかった。
来週月曜。
覚醒者養成プログラム。
その二つだけが、頭の中に妙にはっきり残っていた。
集会が終わって、生徒たちは各クラスへ戻る流れになっていく。
そんな列の流れに混ざって歩いていた時だった。
「氷室くん」
後ろから声がかかった。
振り向く。
壬生彩葉だった。
「……なんだ?」
「もちろん、参加するよね?」
なんだもちろんって。
なんで半強制感出してくんだよ。
「まぁ、たぶんする」
「だよね」
俺がそう答えると、壬生は何度も小さく頷いた。
「そっちは?」
一応だ。
一応確認しておいた。
「私は関係者だからね。強制参加かな」
関係者。
壬生はさらっとそう言った。
まぁ土日もダンジョンにって言ってたし、そりゃそうなんだろうな。
「そうかい」
「……楽しみね」
壬生は横目気味に俺へ笑みを見せ、そのまま早足で前に進んでいった。
普段、人と話すどころか表情すら変わらないで噂の壬生彩葉が俺にだけ微笑む。
この事実に対して、俺は未だにどういう感情を抱けばいいのか処理できていない。
いや、なんとなくはできてる。
美少女の笑顔に一瞬心が絆されるも、
後から襲ってくる異様な気味の悪さと居心地の悪い感情。
なんというか、変な感じだ。
と考えていたところで、前から別の声が聞こえてくる。
「んなもん、出るに決まってんだろ」
「あたりまえじゃん」
「つーか、こういうの待ってたわ」
周りでは嬉しそうにはしゃぐ声と、
「どうしようかな……」
「ちょっと怖くね?」
「でも行かなかったら損する気もする」
そんな反面、不安な声が交わっている。
いや、どっちかというと不安が大半って感じだ。
そりゃそうか。
こっちからすると新しいイベントみたいな感じで少し乗り気になってしまうが、普通に考えれば、国が絡んだ得体の知れない制度に参加するかどうかって話だ。
ましてや普通の感覚であれば、戦闘なんて好んでまでしないだろうしな。
「……さぁ、どんなもんかねぇ」
俺は誰ともなく、そう呟く。
来週から始まる覚醒者養成プログラムが果たしてどんなものなのか、
今より自分は強くなれるのか、
そして、再びダンジョンへ入ることができるようになるのか。
正直、不安より気になるの方がずっと強い。
というか、普通に楽しみ寄りだ。
来週月曜、かぁ……。
長い。
長すぎる。
早く時間経ってくれよ、マジで。
と内心嘆きながら、俺は教室へと向かった。




