覚醒者養成プログラム、当日
当日になった。
覚醒者養成プログラム。
ようやくだ。
全校集会で日付を聞いてから、まだそんなに経っていないはずなのに、こういう時だけ妙に長く感じた。
来週月曜。
そう言われた時は、いやすぐじゃんと思ったのだ。
実際、カレンダーだけ見れば本当にすぐだった。
でも、待ってる側からすると話は少し違う。
授業中が長い。
休み時間も長い。
放課後に帰ってから寝るまでの時間まで、なんかやたら長い。
いや、全部いつも通りなんだけど。
それでも待ってる時だけ長いんだよな、こういうの。
というわけで、ようやく当日である。
場所は学校じゃない。
防災訓練とか、自治体の講習とか、そういうのにも使われてる公共の施設らしい。
俺も名前くらいは聞いたことがあったが、来るのは初めてだ。
でかい。
それが最初の感想だった。
いや、ドームとかそういう意味じゃない。
ただ、学校の体育館や会議室とは明らかに空気が違うのだ。
入口の前に立ってるだけで、今日はもう学校の行事じゃないですよって顔をしている。
それに、思っていたよりずっと人が多かった。
全校集会のあとに配られた参加意思確認用紙には、参加、不参加、見学希望みたいな項目があった。
その場で参加を決めたやつもいれば、当然、保留にしたやつもいる。
いきなり国主導っぽい制度に参加するかどうか決めろと言われて、はい分かりましたと即答できるやつばかりなわけがない。
だから今日は、参加希望者だけじゃなく、見学だけのやつも来ていいことになっていた。
そのせいで人が多い。
しかも学生だけじゃない。
制服姿の高校生や大学生っぽいやつはもちろんいるが、その中に私服の社会人らしき人も混ざっていた。
二十代くらいのやつもいれば、三十代、四十代っぽい顔もある。
俺は隣の男に声をかけた。
「やっぱ怖いか?」
宗介だ。
俺がそう聞くと、
「こ、怖いのは今も変わらないけどさ」
宗介は小さく肩を縮めた。
「でも、ここでは力の使い方とか、戦いたくない人向けの自衛の方法も教えてくれるって言ってたし」
「あー」
「だったら、何も知らないままの方が逆にちょっと怖いなって思って」
そこまで聞いて、俺は少しだけ納得した。
「まぁ、そりゃそうか」
「でしょ?」
「何も知らないのが一番怖いってのは、たしかによく分かるわ」
実際、俺だって最初にダンジョンへ入った時、何も分からないまま突っ込むのはそれなりに嫌だった。
いや、実績欲しさでだいぶ無茶したのは事実としてあるが。
まぁそれはそれだ。
「蓮くんは逆に、めっちゃ楽しみにしてたでしょ」
宗介がじとっとした目でそう言った。
「まぁ、否定はしない」
「ほらぁ」
「でも別に、戦いたくて来たわけでもないぞ」
「ほんとに?」
「たぶん」
「たぶんなんだ」
宗介はそこで少しだけ肩の力を抜いた。
緊張してるのは変わらないんだろうけど、誰かと話して多少マシになった感じはある。
「早いね、氷室くん」
後ろから声がした。
振り向く。
壬生彩葉だった。
「み、壬生さん!?」
宗介が素でびっくりしている。
まぁ、なるよな。
学校で見かけるのと、こういう場所で普通に話しかけてくるのとでは、また少し感じ方が違うだろうし。
壬生はそんな宗介の反応も特に気にした様子なく、こっちへ来た。
「壬生さんも参加なんだ……」
宗介がまだ少しぎこちなく言うと、壬生は短く頷いた。
「もちろん」
まぁ、そりゃそうか。
むしろ壬生が来なかったら、その方が変だ。
そんな感じで、俺たちは成り行きで三人のまま中へ入っていった。
施設の中は、やっぱり空気が違った。
受付がある。
机が並んでいる。
案内板がある。
名前確認をしている大人たちがいて、資料を配っている。
学校の先生もいないわけじゃないが、中心にいるのは明らかに学校の外の人間だった。
服装はスーツだったり、もっと動きやすそうな実務寄りの服だったり色々。
これほんとに学校の延長じゃないなっていう実感が、もうさっそくと湧いてきた。
資料を受け取って、案内されたホールへ向かう。
横に広い空間だった。
前方には演台とスクリーン。
椅子が並べられ、参加希望者と見学者で座る位置が少しだけ分かれている。
その奥には、さらに扉があった。
俺と宗介、壬生は会場の真ん中あたりに座った。
「思ったより本格的だね……」
隣で宗介が周りを見回し、小さく言った。
「だな」
俺もそう返した。
いや、ほんとに。
もっとこう、初日は学校の延長みたいな雰囲気かと思ってたんだけど全然違う。
ちゃんと、それ用の場だ。
少しして、前に何人かの大人が並んだ。
その中の一人が前へ出る。
黒に近い濃紺のスーツ。
背は高い。
顔つきは鋭い。
髪は短く整えられていて、立ってるだけでなんか空気が変わる。
別に怒鳴ってるわけじゃない。
睨んでるわけでもない。
でも、前に立った瞬間に会場が少しだけ明らかに場が静かになった。
うわ、と思った。
いや、というか声が出た。
ガタイもいいし普通に怖そうだ。
しかも覚醒者として絶対強いだろ。
「九条雅臣さん」
隣から壬生が囁いた。
「ほぉ」
「元は警察庁。SATや特殊部隊系の現場経験もあるって聞いてる」
「マジかよ」
「今は国のゲート対策の中心にいる人。日本では今一番レベル高いらしい」
「え、マジで?」
さらっと言うなよ。
でもあの人、やっぱり見た目通りバチバチに強い人だったのか。
改めて前を向く。
九条雅臣は、会場を一度見回してから口を開いた。
「じゃあ始める」
声はよく通る。
柔らかいというより、硬い。
現場の人間ってこういう感じなんだろうか。
「今回の覚醒者養成プログラムについてだが、まずは関東圏での先行実施だ。今後は関西圏や他地域にも順次広げる。そのための初回だと思ってくれ」
会場が静かになる。
「目的は単純だ。覚醒者になった人間が、自分の能力を把握すること。必要な知識を持つこと。いざって時に、自分と周りを守れるだけの基礎を作ること」
話は続いていく。
「戦いたいやつだけを集めた場じゃない。そこは勘違いするな」
宗介の肩から、少しだけ力が抜けたのが分かった。
「逆に言えば、力を持ったまま何も知らないでいる方が危ない。このプログラムはその入口でもある」
口調は強い。
でも、言ってること自体はかなり真っ当なことだった。
「あと、参加は強制じゃない」
九条はそこで会場を見渡した。
「見学だけで帰るやつがいても別に構わない。ここで断りづらかったとか、空気に流されたとか、そういうのは後で面倒になる。だから最初に言っておく。嫌なら帰ってもいいからな」
かなり言い切るな。
でも、むしろそこは好感が持てた。
はっきり言ってくれた方が、俺たち参加者側も対応しやすいだろう。
「学生は授業との両立が前提だ。社会人も同じだ。それぞれ生活があるのは分かってる。そのうえで無理のない範囲でやればいい。そして今日やるのは、まず全体の把握だ」
九条はそこで一度、会場全体を見渡した。
「今後、このプログラムの中で上位に入る人間には、段階的に権限が与えられていくことになる」
一瞬、会場が静まる。
「ダンジョンへの立ち入り。遠征への同行。そういう実働に関わる話も、今後は出てくる」
ざわっ、と空気が揺れた。
「遠征って……」
「マジかよ」
「じゃあ、上に行けば普通に潜れるってことか?」
「いや、でもこわ……」
そんな小声が、あちこちから漏れる。
俺も少しだけ身を乗り出していた。
おいおい。
そういう大事な話は先に言えよ。
それ、参加する理由としてはだいぶデカいだろ。
ダンジョンへの立ち入り。
遠征への同行。
要するに、ここで上に行けばまた潜れるってことだ。
しかも正規ルートで。
レベルも上げられるし、実績も取れる。
俺にとっては、その二つだけで十分すぎるくらい魅力だった。
周りのやつらも、そりゃざわつく。
社会人っぽいやつらは仕事とか立場の話もあるんだろうし、学生組だって先の道が見えてくる。
なるほど。
そりゃ会場の空気も変わるわけだ。
「ただし、誰でも行けるわけじゃない。力だけあっても駄目だ。判断力、適性、協調性も見る」
その一言で、ざわつき方が少し変わった。
浮ついた期待が、少しだけ現実に引き戻される。
「ここはその入口でもある」
九条はホールの奥にある扉へ視線を向けた。
「覚醒者のステータスを確認できるスタッフが、あの奥の部屋にいる」
会場がざわつく。
それはそうだ。
俺だって、そこで少しだけ前のめりになった。
「順番に中へ入ってもらう。今の自分が覚醒者の中で、どのレベルに位置しているか、まずはそこを知ることが重要だ。身構えすぎる必要はないが、遊びでもない」
言い方はやっぱり少し怖い。
でもその怖さも含めて、なんか妙に納得感があるんだよな。
「相手のレベルが分かる人とかがいるってことなのかな……」
宗介の顔がまた少し硬くなる。
「まぁ、入れば分かるわ」
それに対して、壬生の返事。
おいおい。
内容くらい教えてくれたっていいだろうよ、なんて思ったが、どうせすぐに順番が回ってくる。
こういうイベントは、自分の目で直接確かめる方がずっと面白い。
それが廃ゲーマーってもんだが、そんなことは不安そうな宗介には言えない。
俺たちは各々の感情を抱きながら、
扉へ向かうその時を待つことになった。




