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次なる被害者


 水曜、終わりのホームルーム。


 担任は朝よりさらに疲れた顔で教卓の前に立っていた。


 もうここまで来ると、顔色の悪さがデフォルトみたいになってきている。


「えー……各自、朝も言った通り、寄り道せずに帰ること」


 教室の空気は重いままだった。


 三年の覚醒者が襲われた。


 しかも複数人。


 学校側も相当ピリついているらしく、今日は昼の時点から教師の出入りがやたら多かった。


「なるべく一人で行動しないこと。不審なことがあれば、すぐ学校か警察に連絡すること。分かったな」


 分かったと言われても、何が不審かの基準がもう分からない。


 いや、今の状況そのものが十分不審なんだけど。


「以上。気をつけて帰れ」


 その一言で、ようやくホームルームが終わった。


 椅子を引く音が一斉に鳴る。


 でも、前みたいな放課後の軽さはない。


 みんなそれなりに周りを気にしている。


 当たり前だ。


 三年の覚醒者が襲われたなんて話を聞いたあとで、のこのこ一人歩きしたいやつはあんまりいないだろう。


 俺は鞄を肩にかけて立ち上がった。


 今日は宗介と帰る約束だ。


 といっても、そこまで大げさなものでもない。


 途中まで一緒に帰るだけ。


 それだけで少し安心するなら、まぁ安いもんだ。


 昇降口の外に出ると宗介はすでに待っていた。


 こっちに気づくなり少しだけ表情が緩む。


「お、お疲れ」


「おう」


 並んで歩き出す。


 宗介は昨日より口数が少なかった。


 たぶん、朝のホームルームが効いてるんだろう。


 まぁそりゃそうか。


 三年の覚醒者が複数人襲われた、なんて話を聞いて平気でいられるやつの方が珍しい。


「……今日、ありがとう」


 歩きながら宗介がぽつりと言った。


「別に。どうせ誰かと帰らなきゃいけないみたいだしな」


「一人だとちょっと怖いもんね」


「そんなビビるなって」


「無理だよ……」


 それもそうか。


 宗介は宗介で、変に勘がいい。


 不安が先に立つタイプだし、こういう時はなおさら余計な想像が止まらないんだろう。


 しばらく一緒に歩く。


 住宅街に入る頃には、学校のざわつきも少し遠のいていた。


 でも、宗介の緊張だけはあまり解けていない。


 分かりやすいやつだな。


 分かれ道まで来たところで、宗介が足を止めた。


「じゃ、じゃあ僕こっちだから」


「おう」


「その、今日はありがと」


「はいはい」


 宗介は少しだけ苦笑してから、小さく手を振った。


「また明日」


「またな」


 宗介は自分の帰り道へ入っていく。


 俺もその背中を軽く見送ってから、別の道へ向き直った。



 * * *

 


 それから、


 宗介は住宅街の細い道を、一人で歩いていた。


 日はまだ落ちきっていない。


 でも、夕方の光はだいぶ弱くなってきている。


 さっきまで蓮と一緒だったせいか、一人になった瞬間に妙に心細くなった。


 宗介は無意識に足を速める。


 大丈夫。


 たぶん、ただの考えすぎだ。


 昼の話だって、半分くらいは自分で怖がっていただけかもしれない。


 そう思わないと、ひとりで帰ることすらできなくなりそうだった。


 しかしその時。


「おい」


 背後から声がして、肩が跳ねた。


 振り返る。


 そこにいたのは、坂上雄大だった。


 その後ろには、さらに男が三人。


 全員、制服のまま。


 でも学校の中にいた時より、ずっと嫌な感じがした。


「え、な、何?」


 宗介の声が情けないくらい裏返る。


 坂上はその反応を見て、少し笑った。


「お前、覚醒者なんだってな」


 宗介の喉がひゅっと鳴る。


「……っ」


「昼休み、聞いてたぜ」


 軽い口調だった。


 でも、軽いのに全然軽くない。


「ああいうのってさ、声潜めても意外と聞こえるもんなんだよな」


 宗介の顔から血の気が引く。


 聞かれてた。


 昼休みの話。


 紙のこと。


 覚醒者を絞り込んでるんじゃないかって話まで。


「本当は今、三年連中から順に絞めてんだけど」


 坂上はそこで少しだけ口元を緩めた。


「お前だけは特別」


「な、なんで……」


 宗介の問いに、坂上はわずかに肩をすくめた。


「オレたちが覚醒者をボコってること、いずれはバレるんだけどよ」


 そこで一歩、宗介との距離を詰める。


「できるだけ早くバレてほしくないわけ」


 宗介は何も言えない。


 言えるわけがない。


「その点、お前さ」


 坂上はにやっと笑った。


「昼の時点で、もう紙の意味とか考えてたろ」


「……っ」


「困んだよな、そういう勘のいいガキ」


 その瞬間、宗介の中で何かが終わった。


 あ、やばい。


 そう思った時にはもう遅い。


 最初の一発は、横からだった。


 誰かの拳が頬に入る。


 視界がぶれる。


「っ、ぁ……!」


 そのままよろけたところを、腹に膝が入った。


 呼吸が止まる。


 肺の空気が潰れて、声も出ない。


「うわ、やっぱ弱っ」


「昨日の三年の方がまだマシだったな」


 笑い声。


 宗介は地面に手をついた。


 痛い。


 普通に痛い。


 でも、それ以上に怖い。


 体が勝手に縮こまる。


 頭を守ろうとする。


 それでも蹴りは飛んでくる。


 肩。


 脇腹。


 背中。


 全部が重い。


「や、やめ……」


「なに?」


 坂上がしゃがみ込む。


 宗介の髪を軽くつかんで、無理やり顔を上げさせた。


「余計なこと考えんなよ」


 その目が、妙に冷たかった。


 学校で見せてる増長した顔とも違う。


 もっと生っぽい、嫌な目だ。


「黙ってビビってりゃ、それで済むんだから」


 次の瞬間、また腹に拳が入った。


 宗介の体が折れる。


 そこへ横から蹴り。


 倒れたところへ、さらに一発。


「おっ」


 短髪の男が、そこで声を上げた。


 坂上がウィンドウでも確認するみたいに目を細める。


「入った」


 その一言に、後ろの三人も揃って反応した。


「マジ?」


「お、経験値か」


 坂上は少しだけ眉を動かしたあと、すぐに鼻で笑った。


「って、少なっ!」


 一拍遅れて、全員が吹き出した。


「少なすぎだろ」


「やっぱ雑魚は効率悪ぃな」


「三年の方がまだマシじゃん」


 笑い声。


 宗介には、その会話の意味がうまく頭に入ってこなかった。


 痛みと恐怖で、それどころじゃない。


 ただ、自分が殴られてる理由が向こうにとっては半分ゲームみたいなものなんだってことだけはぼんやりと理解していた。


 それが余計に怖かった。


「まぁいいや」


 坂上は立ち上がった。


「見せしめにはなったし」


 宗介の腹を、今度はつま先で軽く蹴る。


 軽くのはずなのに、全然軽くない。


 もう声もまともに出なかった。


「もし誰かに変なこと言ったら」


 坂上は見下ろしたまま言う。


「次はこんなもんじゃ済まねぇからな」


 その言葉に、宗介の背筋が冷えた。


 坂上たちは、そのまま笑いながら去っていった。


 宗介はしばらくその場から動けなかった。


 アスファルトが冷たい。


 呼吸が浅い。


 視界が滲む。


 起き上がろうとしても、体に力が入らない。


「……っ、は……」


 痛い。


 今まで感じたことのない種類の痛みだった。


 頬も腹も背中も、全部が熱くて重い。


 少し遅れて、遠くから誰かの声が聞こえた。


「ちょっ、大丈夫!?」


 知らない大人の声だった。


 駆け寄ってくる足音。


 もう一人の声。


「救急車! 救急車呼んで!」


 宗介はそこでようやく、自分がまともに立てないことを理解した。


 帰れない。


 一人では、無理だ。


 そのまま意識が途切れるほどじゃなかった。


 でも、自力でどうにかできる段階はとっくに過ぎていた。


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