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マンガみたいな展開


 火曜の朝。


 ホームルームが始まるなり、担任はいつも以上に疲れた顔で教卓の前に立った。


「おはよう」


 返事はまばらだった。


 昨日の時点でもだいぶ空気は悪かったが、今日はまた別の意味で重い。


 担任は教室を見回してから、少しだけ言いづらそうに口を開いた。


「……まず最初に、謝らないといけない」


 その一言で、教室のざわつきが少し止まる。


 謝る?


 なんだそれ。


「昨日のホームルームで書いてもらったプリントなんだが、一部、盗まれた可能性が高い」


 一瞬、教室の空気が固まった。


「は?」


 思わず声が漏れたのは、たぶん俺だけじゃない。


 担任は顔をしかめたまま続ける。


「現在、学校側でも確認を進めている。ただ、少なくとも職員室に保管していたものの一部が見当たらない」


 ざわっ、と教室が揺れる。


 そりゃそうだ。


 昨日書いた紙には、誰が覚醒者か、レベルはいくつか、属性はあるか、そういう情報がまとまっている。


 言ってしまえば、学校内の覚醒者名簿みたいなものだ。


 それが盗まれた。


 普通に嫌すぎる。


「これについては、学校側の管理不十分だった。そこは本当に申し訳ない」


 担任が頭を下げる。


 教室がまたざわつく。


 まぁ、頭を下げられたところで嫌なものは嫌だし、解決だってしない。

 でもこういう時、担任が一番胃が痛いだろうな。


 昨日の時点であれだけ手探りだったし、その翌日に名簿盗難疑惑だ。


 そりゃ先生の顔も死ぬ。


 俺はなんとなく、坂上の方を見た。


 一瞬だけ。


 本当に一瞬だけ、あいつの口元が緩んだ気がした。


 いや、気のせいだよな。


 そんな悪役テンプレみたいなこと、さすがにしないだろ。


 ……しないよな?


「なお、この件もあって今日の午前中は自習扱いとする。教師側も対応に追われている。必要な連絡はその都度入れる」


 なるほど。


 そりゃそうなるか。


 授業どころじゃないもんな。


 というか、昨日よりさらに学校っぽくなくなってきたな。


 教室のあちこちで小声が飛ぶ。


「やばくね?」


「誰が盗んだんだよ」


「これ、外に流れたら終わりじゃん」


「覚醒者のやつ、特定されるってこと?」


 いや、ほんとそれ。


 特定されて何に使うんだって話だけど、ろくなことにはならない気しかしない。


 担任は何度か静かにするよう言ったあと、結局疲れたみたいにため息をついた。


「とにかく、学校側でも確認を急ぐ。各自、勝手な憶測で騒がないように」


 無理だろ、それは。


 こういう話で憶測なしは無理だ。


 むしろ憶測だけが先に走る。


 担任は、そのまま教室を後にした。


 きっと今から職員会議やらなんやらが開かれることになるだろう。


 公務員さんも大変だ。



 その後の午前中は、文字通りほぼ自習だった。


 一応、教科書は開く。


 ノートも出す。


 でも中身が入っているやつは、ほとんどいない。


 教室の空気は朝からずっと落ち着かないままだし、教師も出入りが多い。


 廊下もいつもより騒がしい。


 なんというか、学校全体がずっと落ち着かない。


 そしてあっという間に昼になった。


 弁当を出したところで、教室の後ろの扉が少しだけ開いた。


 ひょこっと顔を出したのは牧野宗介。


「蓮くん、ちょっと」


「ん?」


 俺が顔を向けると、宗介は他クラスから来たやつ特有の気まずさを全身にまといながら、のそのそと俺の席までやってきた。


「ね、お昼一緒に食べていい?」


 珍しいなと思いつつも、まぁ断る理由もない。


「別にいいけど」


 宗介は少しほっとした顔で、近くの空いてる席を借りて腰を下ろした。


「ちょっと一人じゃ怖くてさ」


 なんて言いながら、弁当箱の蓋を開ける。


「何が?」


「ほら、朝」


 宗介は声を潜める。


「紙が盗まれたってあったでしょ?」


「ああ」


 紙ってのはあれか。

 覚醒者アンケートみたいなやつ。


「……気味悪くない?」


「え、そうか?」


「だって、何に活用されるか分からないんだよ?」


「何にって、何にだよ」


「そ、それは分からないけど……」


 宗介は弁当箱を持つ手に少し力を入れた。


「でも、あの紙には誰が覚醒者か、すぐに分かっちゃうんだよ?


「まぁ、本当のこと書いてればだけどな」


「えっ、蓮くんは嘘を書いたの?」


「いや、ちゃんと書いたけど」


 それを聞くと、宗介は「だよねぇ……」とため息を混じえつつ、次の言葉を口にする。


「僕はあの紙を盗んだのって、覚醒者を絞り込むためだと思うんだ」


 そう言われると、たしかに嫌ではある。


 嫌ではあるが、そこで一気に何かの陰謀に飛ぶのも違う気がする。


「まぁ気にしすぎだって」


「そうかなぁ……」


「じゃあ何のために絞り込むんだよ」


「何のためって、そりゃ……」


 宗介は顎に手を当て、無駄に天井へ視線を送る。


「……国家に送る実験体名簿、とか?」


「またその話かよ!」


 突如としてぶり返された昨日の話題に「はは、冗談だって」と宗介はあっけらかんとする。


 そこからは話題を一転させ、普段の会話へと移行していく。


 昨日の夜見たアニメの話やゲームの話、娯楽全般の会話で盛り上がっている間に、気づけば昼休み終了前のチャイムが学校に響き渡った。


「っと、そろそろクラスに帰るね」


「おう」


 宗介は弁当箱を片付け、その場から立ち上がる。


「……まぁもし蓮くんが怖いなら、帰りもしばらく一緒に帰ってあげてもいいよ」


 クラスに帰る前、チラチラと俺に目をやりながら、宗介はそう言った。


 なんだ自分が一番ビビってるくせに、言い方だけちょっと偉そうなのがなんかムカつく。


「はいはい。じゃあそうしようかな」


 俺がそう返すと、宗介は少しだけ安心したように笑った。


 仕方ない。

 しばらくは宗介に付き合ってやるか。


 実際、宗介の不安が全部空振りで終わるなら、その方がずっといい。


 俺だって別に、毎日事件が起きてほしいわけじゃないしな。


 そんなことがあった翌朝だった。


 水曜のホームルーム。


 担任は教卓の前に立つなり、昨日よりさらに険しい顔で教室を見回した。


 ……またホームルームから重い。


 昨日も一昨日も、今のところ朝イチの空気がずっとこんな感じだったからな。


 そろそろ普通に「連絡事項は以上です」でさらっと終わるホームルームが恋しい。


 まぁでもさすがに三日目だ。


 もう学校側もネタ切れだろうよ。


「……少し、連絡がある」


 いや、あるんかい。


 もうすでに嫌な予感がぷんぷんなんだけど。


「昨日の放課後、三年生が数人、校外で何者かに襲われた」


 一瞬、教室が静まり返る。


 担任は言葉を選ぶように少しだけ間を置いてから、続けた。


「それと――彼ら全員、覚醒者だったらしい」


 昨日の覚醒者名簿紛失の件が頭をよぎる。


 おいおい、マジで勘弁してくれよ。


 ちょっとマンガみたいな展開になってきたんだけど。

 

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