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やっぱいいわ、ダンジョンって


 目の前には黒い大トカゲが二体。


 一体は奥の壁沿い。


 もう一体は天井近くの岩に張りついている。


 黒い体表は岩みたいにごつごつしていて、普通のトカゲというより石の隙間から出てきた爬虫類の置物みたいだ。


 ただし置物と違って普通に牙がある。


 さっさと瀬川たちに追いついてやろうと思っていたが、どうやらそう単純な話ではなかったらしい。


「……いやいやいや」


 思わず声が漏れた。


 こっちは人を追っていたはずなのに、謎のエネルギーの流れを追った結果、なぜか黒い大トカゲ二体に行き着いている。


 干渉眼。


 かなり便利そうな名前のくせに、初回から案内先がモンスターなのはどうなんだ。


 いや、違うな。


 別に案内しているわけじゃない。


 流れが見えているだけで、それを俺が勝手に追っただけだ。


 責任の所在がちゃんと俺に戻ってくるの腹立つな。


 さてどうする?

 

 走って逃げるか。


 いや無理だな。


 背中を向けた瞬間に飛びかかられる未来しか見えない。


 そんな時、奥にいる一体が体を低くした。

 そして壁を蹴った。


 見た目はごつごつしているくせに、動きは思ったより軽い。


「うわっ」


 俺は横へずれる。


 大トカゲの爪が服の袖をかすめた。


 危な。


 普通に危ないって。


 避けきったと思うより先に、天井近くにいたもう一体が岩を蹴った。


「二体同時はやめろって」


 黒い影が上から落ちてくる。


 俺は体をひねって避ける。


 ヤバいぞ。

 これじゃ瀬川たちを追うどころじゃない。

 まずこいつらをどうにかしないと、この先へ進めない。


 俺は拳に意識を向ける。


 筋力付与。


 俺は先に飛びかかってきた一体に拳を叩き込んだ。


「硬っ!」


 岩を殴ったみたいな感触が返ってきた。


 大トカゲの体が横へ流れ、再び壁に張り付く。


 やっぱりそう簡単に倒せないらしい。


「しぶといな」


 そんな時、視界の端で赤い光が膨らんだ。


「は?」


 もう一体。


 別の壁際にいた大トカゲが口を開いていた。


 干渉眼で見えているエネルギーの流れが、そいつの喉元に一気に集まっている。


「……炎!?」


 見えた。


 見えたけど遅い。


 目の前の一体を殴った直後で、体勢がまだ戻っていない。


「やば――」


 言い切る前に火炎が迫る。


 考えるより先に右手が出ていた。


 いや、なんで手を出した。


 熱いだろ。


 危ない時、咄嗟に手が出るやつ。

 人間の反射とは恐ろしい。


 と思ったがこれ、反射じゃないな。


 本能だ。


 脳が手をかざせと言った気がする。

 それが一番の最適解だと。

 そう語りかけてきたような。


 その後手を引っ込める暇もなく、炎が掌へ触れた。


「わちゃあ……っ!?」


 一瞬、熱が走る。


 普通に熱い。


 こんなん大火傷だろ。


 だがその瞬間、掌に触れた炎の流れが見えた。


 火そのものではない。


 火を形成している何か。


 それが掌に触れたところで、ぐっと滞まる。


 俺は無意識にあることを念じていた。


 止まれ。


 いや、滞れと。


 そんな雑な念じ方だった。


 それでもちゃんと変化はあった。


 掌に当たっていた炎が、そこで崩れたのだ。


 そして燃え広がる前にふっと途切れる。


 火が消えた。


 いや、消したのか?


 俺は自分の右手を見る。


 掌が赤い。


 痛い。


 決して無傷ではない。


 もしかして、今のが滞流?


 干渉眼で視えた現象を、手に触れることで滞らせることができる。


 でないと滞れなんていうわけのわからん単語が、頭の中に浮かぶわけがない。


 なるほど。


 これが滞流。


 とりあえず一旦、それで納得しておく。


 しかし炎は消えたが、滞るまでの一瞬は普通に食らう感じなのか。


 どうやら完全防御みたいな便利能力とかではないらしい。


「……ちょっと微妙だな」


 いや、十分すごい。


 すごいのは分かる。


 炎を手で消せる時点で普通におかしい。


 でも使い方を間違えると、俺の手が先に駄目になる。


 とりあえず素手で炎を受けるのは今後できるだけやめたいところだな。


 俺は右手を軽く振り、前方の大トカゲを見る。


 炎を吐いた一体は、動き出しが一瞬遅れていた。


 今ならぶち込めそうだ。


 ちょうど試したかったことが一つあった。


 第七会議室で神崎に一撃を入れた時に獲得できたジョブ専用のスキル。


 衝撃付与。


 あの時は確認している余裕がなかった。


 でも名前だけで、何となく使い道は分かる。


 硬い相手を殴るなら、たぶん今ほどちょうどいい場面もないだろう。


 俺は衝撃付与の表示を意識した。


【衝撃付与】

自身にのみ付与が可能。自身の接触によって対象に与える衝撃を増幅させる。


 自身にのみ付与可能。


 付与術師の報酬なのに、他人にはかけられないバフらしい。


 マジで支援職とは!?


 なんて思ったが、今は復習してる場合じゃない。


 とりあえず新しいスキルは試してなんぼ!


 俺はさっそく地を蹴った。


 そのまま、さっき炎を吐いた大トカゲの横腹へ拳を打ち込む。


 やっぱり硬い。


 岩を殴ったみたいな感触が返ってくる。


 だが次の瞬間、手応えが奥へ抜けた。


 衝撃が体表で止まらず、内部へ入り込んだような感覚。


 黒い大トカゲの体が一瞬だけ跳ねる。


 直後、殴った場所とは少しずれた背中側の鱗が、内側から弾けるように飛んだ。


「……え」


 大トカゲが床を転がり、パリンと光の粒が弾けるように消えていった。


 いや、これさ……。


「人に向けていいやつなのか?」


 思ったよりだいぶ危ないぞ。


 危ないが、モンスターには覿面なようだ。


 そう確認した瞬間、もう一体が横から飛びかかってきた。


 考えている暇はない。


 俺は正面から拳で叩き込んだ。


 筋力付与。


 衝撃付与。


 二重の付与がかかった拳が入る。

 

 硬い体表の奥で、鈍い衝撃が広がった。


 大トカゲの背中側の鱗が、数枚まとめて弾ける。


 甲高い鳴き声。


 耳障りな音が拓けた空間に響く。


 大トカゲは床へ転がり、消滅した。


「……はぁ」


 息を吐く。


 右手が熱い。

 掌がひりひりする。

 肩の服も少し裂けている。


 無傷とは言いにくい。


 ただ、なんとか倒せた。


 二体相手に一人で。

 いや、一人でと言うとちょっと格好つけすぎか。


 俺には付与があって、干渉眼があって、滞流もあって、衝撃付与もあった。


 それでも一人で戦ったことには違いない。


 そんな勝利の実感を噛み締めていると、視界に表示が浮かんだ。


【経験値を獲得しました】


【レベル:10】


【経験値:1115/1200】


 おお。


 入った。


 ちゃんと経験値が入った。


 当たり前といえば当たり前なのだが、改めてこう視覚化されると嫌でも実感が湧いてくる。


 まぁ嫌じゃないんだけど。


 ダンジョンでモンスターを倒して経験値が入る。


 そして強くなる。


 ものすごく単純だ。


 単純だからこそ分かりやすい。


 自称ゲーマーとしては、わりと心弾むポイントだ。


 だが同時に、

 

 今は瀬川たちが危ないかもしれない。


 ここに勝手に入ったこともかなりまずい。


 そんな状況で思うことではないことも分かってる。


 口に出すのはさすがに不謹慎だ。


 だからせめて、心の中だけで言わせてくれ。


(あぁ……やっぱいいわ、ダンジョンって)



 そしてちょうど氷室蓮が、そんな内心不謹慎ムーブをかましていた頃、


 神崎たちは、相沢さんや瀬川含めた数人の覚醒者を引き連れ、さらに奥へ足を進ませていた。

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