管理外のゲート
高槻亮介。
壬生議員の政策秘書補佐。
その肩書きが出た瞬間、ざわついていた覚醒者たちの声が少しだけ落ち着いた。
「皆さんが不安に思われるのは当然です」
高槻は静かな声で続けていく。
「現在、覚醒者養成プログラムは一時的に停止しています。その中で、初級覚醒者の皆さんがどのような役割を担えるのか。これは今後の制度設計において、非常に重要な課題です」
制度設計。
非常に重要な課題。
そして誰がその言葉を発するかというだけで、急に公的な取り組みに聞こえる。
実際に俺が相沢さんや瀬川の立場だったら、一瞬でその言葉に飲み込まれたことだろう。
「今回の実地確認については、国への正式な報告と必要な手続きを、こちらで責任を持って進めていきます。皆さん個人が責任を問われるような形にはいたしません」
参加者たちが顔を見合わせる。
瀬川も少しだけ表情を緩めた。
相沢さんはまだ不安そうだったが、高槻の言葉を聞いてしまっている。
怖い。
でもちゃんとした大人が大丈夫と言っている。
だから信用しても良さそうかも。
そんなことを考えてそうな様子。
ただ、高槻は「もう許可を取っている」とは言っていない。
責任を持って進めていく。
責任を問われる形にはしない。
聞く側が怪しいと分かっていて聞くと、いかにもな言葉が並んでいるだけに思える。
かなりたちが悪いぞ。
そう思いながら、俺は資材の陰でスマホのカメラを起動させていた。
音が出ないように気をつけながらカメラを回している。
画面の中に、高槻と神崎、それからゲート前に集められた覚醒者たちが入った。
これが証拠になるのかは分からない。
でも、何も残さないよりはマシだ。
「本日の作業は、あくまで入口付近での簡単な確認です。奥へ進むことはありません。危険が確認された場合は、すぐに撤退します」
高槻がそこまで言うと、神崎が一歩前に出た。
「補足しますね」
神崎は柔らかい声で話し始めた。
「皆さんにお願いするのは、荷物の運搬や簡単な確認作業です。戦闘をお願いするわけではありません。万一モンスター反応があった場合は、こちらのスタッフが対応します」
作業服姿の男たちが軽く頷いた。
慣れています、任せてくださいみたいな顔だ。
それで本当に任せられるなら苦労はない。
「参加は任意です。不安な方は、ここで辞退していただいても構いません」
神崎はそう言った。
言葉だけなら優しい。
でもここまで来てから「帰ってもいいですよ」と言われても、帰りやすいわけがない。
周りには他の参加者がいる。
高槻がいる。
神崎がいる。
スタッフもいる。
しかも日給三万。
参加は任意。
不安なら辞退していい。
建前としては完璧だと思う。
「どうする?」
参加者の一人が隣の男に小声で聞いた。
「入口だけなら……」
「日給三万だしな」
「でもゲートだろ?」
「壬生議員の関係者がいるなら、大丈夫なんじゃないの?」
小さな声が聞こえてくる。
みんな不安はある。
でも帰らない理由もある。
瀬川も同じだった。
完全に安心したわけではないのだろう。
ただ、高槻が出てきたことで自分の判断を正当化する材料を手に入れてしまったようだ。
「ほら、ちゃんとしてるじゃん」
瀬川が相沢さんに小さく言う。
「でも……」
相沢さんはすぐには頷かなかった。
「入口だけだって。戦闘はしないって言ってるし」
「うん……」
「変だったら帰ればいい」
瀬川は相沢さんに言った。
というより、自分にも言い聞かせているように聞こえた。
でもここまで来て、ゲートの前に立って高槻と神崎に説明されて他の参加者も残っている。
その状態で変だと思った時、本当に帰れるのか。
俺にはかなり怪しく思えた。
「では、参加される方はこちらへお願いします」
神崎がゲートの方へ手を向けた。
参加者たちが少しずつ動き出す。
全員が一斉に動いたわけではない。
最初の一人が進む。
それを見て、もう一人が続く。
誰かが行くなら自分も行く。
そういう流れが目の前でできていく。
瀬川もいよいよ足を踏み出した。
相沢さんはその場に残り瀬川の背中を見ている。
そこで止まってくれ。
俺はそう思った。
だがそんな願いは届かず、相沢さんは瀬川のあとを追っていった。
結局行くのか。
俺は資材の陰で奥歯を噛む。
だったらもういっそのこと俺が出ていって止めるか?
いや、出るだけなら簡単だ。
俺が声をかければ少なくとも相沢さんは止まるかもしれない。
瀬川や他の参加者だってさすがに少しは迷うだろう。
でも、その瞬間に神崎と高槻は表の顔に戻る。
ゲートの中で何をするつもりなのか。
なぜ覚醒者を集めたのか。
動画の件に繋がるものがあるのか。
それら全てが見えないまま終わってしまう。
それに今回止められたとしても、別の場所で同じことをやられたら意味がない。
いや、意味がないわけじゃない。
相沢さんたちを止められるという意味は十分にある。
あるんだけど。
ここで証拠を残せるのもたぶん今しかない。
俺は録画中のスマホ越しに目の前の光景を見る。
神崎。
高槻。
作業服のスタッフ。
国の管理から外れたゲート。
それから、参加者たちは順番にゲートの中へ消えていく。
瀬川。
相沢さん。
二人の姿も、揺らぎの向こうへ消えた。
作業服姿のスタッフが続く。
最後に残ったのは、神崎だった。
神崎はゲートの前で足を止める。
そして、こちらを見た。
俺が隠れている資材の陰を。
急いで身を隠した。
が、同時にあることを思い出した。
あの男のジョブを。
闘士。
人やモンスターに限らず、気配を感じ取れる鋭い知覚を持っている。
あの時もそうだった。
第七会議室で盗み聞きしていた時も、こいつは俺たちに気づいていた。
今回も同じ。
神崎は初めから俺がここにいると分かった上で、あえて黙っていたんだ。
さっきこっちを睨んできた時、神崎の口角が少しだけ上がった。
お前も入ってこいよ。
気のせいかもしれないが、そう言っていたような気がした。
それから神崎は何事もなかったように前を向き、ゲートの揺らぎの中へ入っていった。
外に残ったのは俺と高槻だけ。
高槻はスマホを見ながら、しばらくその場に立っていた。
俺は動かない。
録画も止めない。
画面の端には、高槻とゲートが入っている。
しばらくして、高槻は誰かに短く電話をかけた。
「参加者は全員ゲートに入りました。神崎さんも中へ」
それだけ言って電話を切る。
短い報告。
でも高槻がこの場にいて、参加者がゲートに入ったことを誰かに伝えた。
それだけは録れた。
高槻は周囲を軽く確認すると、何事もなかったように外へ歩いていく。
俺はすぐには動かなかった。
高槻の姿が見えなくなってからも、少しだけ待つ。
戻ってくる気配はない。
そこでようやく録画を止め、とりあえず一人だけ持っててもあれだと思い、壬生にも送っておいた。
念のためだ。
「ふぅ……」
俺は短く息を吐き、資材の陰から出る。
そしてゲートへ近づく。
相沢さんと瀬川はこの中に入った。
神崎も中にいる。
外から見ていて分かることは、もうこの程度だ。
「さぁ、どうする?」
そもそも今は、勝手にゲートへ近づくなという話になっているはず。
まして中に入るなんて普通にアウトだ。
そのくらいは俺にも分かっている。
分かっているけど。
ここまで見ていて、外で大人しく待っていられるほど都合のいい頭はしていない。
「入るしかないよな」
覚悟は決めた。
いや、そもそもここに来た時点で、心の中ではとっくに覚悟が決まっていたのかもしれない。
俺はゲートの前で一度だけ深呼吸をし、
そして足を踏み入れたのだった。




