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覚醒者向けのアルバイト


 七海センパイとの楽しいデー……じゃなくて訓練をした土曜が過ぎ去り、週が明けた。


 そして月曜日の昼休み。


 屋上には俺と宗介だけがいた。


 壬生は今日も来ていない。


 そこに触れたところで何かが変わるわけでもないので、俺たちはいつも通り弁当を広げていた。


 ただ、最近は三人で使っていた場所を二人で使うと、どうしても少しだけ違和感がある。


 弁当を置く場所とか。

 会話の間とか。

 そういうどうでもいいところが。


「蓮くん」


「ん?」


「最近、覚醒者向けのアルバイトが増えてるのって知ってる?」


 宗介が卵焼きを口に運ぶ前にそんなことを言った。


「覚醒者向けのアルバイト?」


「うん。僕がやるわけじゃないんだけどね」


「まぁだろうな」


「即答だね」


「宗介が危なそうなバイトに突っ込むタイプだったら、俺は今ごろもっと心配してる」


「それは、まあ……そうかもしれない」


 宗介は少し困ったように笑った。


 実際、宗介はそういうタイプではない。


 高収入。

 短時間。

 未経験歓迎。


 そういう言葉に釣られて、よく分からない場所へ行くような人間ではない。


 むしろ最初に募集要項を三回読んで、会社名を検索して、口コミまで見て、そこまでしても基本的には近づかないタイプである。


 慎重。


 かなり慎重。


 たまに慎重すぎて、こっちが先に動きたくなるくらいには慎重だ。


 でも、こういう時にその慎重さは信用できる。


「僕のクラスに覚醒者の子がいるんだけど、その子がそういう話をしていて」


「覚醒者向けのバイトを?」


「うん。覚醒者養成プログラムが止まってる間でも、覚醒者として役に立てる仕事があるって。普通のバイトよりずっと高いらしくて」


「ずっと高いって、どれくらい?」


「日給で三万円以上。能力次第では追加報酬ありって書いてたと思う」


「……高校生のバイトで?」


「うん。だから僕は怖いなって思ったんだけど、その子は覚醒者向けならそれくらいあるのかなって言ってた」


 なるほど。


 嫌なところを突いてくる。


 普通の高校生のバイトなら完全に怪しい。


 日給三万。

 未経験可。

 短時間作業。


 この三つが並んだ時点で、まともな仕事だと思う方が難しい。


 だが、覚醒者向けと言われると少し話が変わる。


 ゲートがある。

 モンスターがいる。

 普通の人間にはできない仕事がある。


 そういう前提ができてしまった今なら、普通より高い報酬にもなんとなく理由があるように見えてしまう。


 いや、もちろん怪しい。


 怪しいんだけど、覚醒者になったばかりの人間が見たら、一瞬くらいは考えるかもしれない。


 それくらいの金額なのが嫌らしく感じた。


「で、それってどんな求人なんだ?」


「あ、見る?」


「見れるなら」


「たぶん、これ」


 宗介はスマホを取り出して、画面をこちらに向けてきた。


 そこには、妙に明るいデザインの求人ページが表示されている。


【ネクストワークス株式会社】


【覚醒者向け高単価案件】


【初級覚醒者歓迎】


【未経験可】


【レベル不問】


【短時間作業】


【現地補助スタッフ】


【日給三万円以上】


【能力に応じて追加報酬あり】


【覚醒者養成プログラム中止期間中でも参加可能】


【あなたの力を社会に役立てませんか】


【今、覚醒者にしかできない仕事があります】


 なんだこれ。


 俺は普通にそう思った。


 初級覚醒者歓迎。

 未経験可。

 レベル不問。


 そこまではまぁ分からなくもない。


 新しく覚醒した人間を集めたいなら、そういう書き方になるのだろう。


 だがそこから先がすごい。


 日給三万円以上。


 能力に応じて追加報酬あり。


 あなたの力を社会に役立てませんか。


 今、覚醒者にしかできない仕事があります。


 いや、盛りすぎだろ。


 金、承認欲求、社会貢献、覚醒者としての特別感。


 全部乗せである。


 ラーメンなら嬉しいが、求人で全部乗せは怖い。


 今、ちょうど覚醒者養成プログラムは止まっている。


 真面目に参加していた人間ほど自分が宙ぶらりんになったような感覚があるはずだ。


 ダンジョンにも入れない。

 訓練も進まない。

 覚醒者になったのに、何もできない。


 そこへ覚醒者として役に立てる仕事があると言われて、しかも普通のバイトよりずっと高い金も出る。


 めちゃくちゃ怪しい。

 だが刺さる人間には刺さりそうだ。


 なんだこの求人。


 普通に腹が立ってきた。


「蓮くん?」


 宗介が俺の顔を覗き込むように見る。


「なんか、すごい顔してるけど」


「してるか?」


「うん。してる」


「まあ、ちょっとな」


 俺はスマホの画面を見たまま、もう一度上から文字を追った。


 ネクストワークス株式会社。


 覚醒者向け高単価案件。


 初級覚醒者歓迎。


 どこかで引っかかる。


 求人の内容が怪しいから。


 それもある。


 だが、それだけではない。


 もっと別のところで、この名前を見たか聞いたかした気がする。


 ネクストワークス。


 普通にありそうな会社名ではある。


 人材派遣とか、業務委託とか、そういうところにいくらでもありそうな名前だ。


 だから一瞬、気のせいかと思った。


 でも違う。


 この名前は、最近聞いた。

 とてつもない胡散臭さに、俺はめちゃくちゃ既視感を感じていた。


 学校ではない。


 動画でもない。


 ニュースでもない。


 もっと近い。


 俺は画面の文字を見ながら、頭の中で記憶を引っ張る。


 覚醒者向け。


 高単価。


 そこである言葉が思い浮かんだ。


『いかにも普通の会社っぽいな』


『普通に見えなければ意味がありませんから』


 あ……。


 あれだ。


 高槻が言っていたやつだ。


 第七会議室。

 狭い収納スペース。

 壬生の甘い匂い。


 いやいや、いらんこと思い出さんでもいい!


 そうだ。

 高槻はあの時、ネクストワークスっていう名前を口にしていた。


 覚醒者養成プログラムを止めるために使う、次の仕掛けだとか。


 ネクストワークス。


 その名前が今、宗介のスマホに表示されている。


 思ったよりだいぶ近いぞ。


 次の火種とか言っていたものが、よりによって学校の中まで来ていた。


「宗介」


「うん」


「その子、もう応募したのか?」


「応募というか、今度説明を聞きに行くって言ってたと思う」


「今度?」


「うん。だから少し気になって。僕は絶対怖いからやらないけど、その子はちょっと迷ってるみたいだったから」


「登録って、もうしてるのか?」


「まだだと思う。でも、今日中に登録フォームだけ送っておこうかなって言ってた」


「それはもう半分応募してるだろ」


「僕もそう思ったんだけど、本人は説明を聞くだけだからって」


 ああ。


 それは駄目なやつだ。


 説明だけ。


 登録だけ。


 話を聞くだけ。


 そうやって少しずつ線を越えさせる。


 なんかよくある詐欺の手口っぽいな。


「ちなみに、その登録って何を入れるんだ?」


「名前と連絡先と、覚醒者登録の有無と、今のレベルとかジョブとか……たしかその辺だったと思う」


「個人情報盛り合わせじゃんか」


「だよね。だから僕も怖くて」


 宗介の感覚は正しい。


 だが、その子が同じように思えるとは限らない。


 覚醒者向け。


 高収入。


 説明を聞くだけ。


 そう言われれば、必要な手続きに見えてくる。


 その辺がめちゃくちゃ厄介だった。


「宗介。その子、今どこにいる?」


「え?」


「話を聞きたい」


 ネクストワークス株式会社。


 高槻が口にしていた名前。


 それが今、宗介のクラスメイトにまで届いている。


高槻が言っていた次の火種がこれなら、動画の件にも繋がるかもしれない。


 俺は弁当のふたを閉じる。


 まだ少し残っていたけど、正直もう呑気に食べていられる気分じゃなかった。

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