↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
40/52

会議室の動画


 翌朝。


 俺は目が覚めてすぐ、スマホを見た。


 昨日の動画はまだ消えていなかった。


 消えていないどころか、昨日より広がっている。


 最初に見た時は、よく分からない匿名アカウントが騒いでいるだけだった。


 それが夜のうちにニュース系のまとめアカウントに拾われ、覚醒者関連の話題を扱うチャンネルに拾われ、今朝にはもうネットニュースにも上がるほどの騒ぎになっていた。


 広がった動画の中身ももちろん変わらない。


 壬生が何かを言って、


 俺が前に出る。


 男と戦って、


 最後に俺の拳が男の胴に入る。


 そこだけだ。


 あの男が先に襲ってきたことも。


 俺たちが高槻の話を聞いてしまったことも。


 あの場で壬生が何を知って、どんな気持ちになっていたのかも、


 そこには何も残っていなかった。


 ただ、切り取られた映像だけが残っている。


 分かっている。


 あの場では、戦う以外の選択肢はなかった。


 俺が前に出たのも、自分で決めたことだ。


 壬生に命令されたわけじゃない。


 でも動画だけ見れば、そうは見えない。


 壬生議員の娘が覚醒者らしき男子生徒を連れて、外で成人男性と揉めた。


 そこから先は、動画を見る側が勝手に決めることだ。


 壬生が俺を使った。


 俺が壬生のために相手を殴った。


 覚醒者養成プログラムに参加している未成年が外で戦闘を起こした。


 捉え方は人それぞれなんだろう。


「……最悪だな」


 スマホを伏せる。


 朝食は食べた。


 食べたはずだが、味はあまり覚えていない。


 制服に着替えて家を出る。


 駅までの道も、電車の混み方も、学校へ向かう生徒の流れもいつも通りだった。


 だから余計に変な感じがした。


 スマホの中だけで騒ぎが起きている。


 そう思いたかったのかもしれない。


 だが学校に着く頃には、それが無理だと分かった。


 校門前で何人かがスマホを見ていた。


 昇降口でも同じだ。


 俺を見る生徒がいる。


 目が合う前に逸らす奴もいる。


「あれ、氷室じゃない?」


「動画の?」


「顔はっきり映ってなくない?」


「でも壬生さんと一緒にいたんだろ?」


 聞こえた。


 聞こえたが振り返らなかった。


 振り返ったところで何を言えばいいのか分からない。


 というかどう説明しても、たぶん余計に面倒なことになるからな。


 俺はそのまま教室へ向かった。


 教室の空気も変だった。


 いつも通りに喋っている奴もいる。


 机に突っ伏している奴もいる。


 朝から眠そうにしている奴もいる。


 でも、何人かは俺を見た。


 すぐに目を逸らした。


「氷室」


 席に着いたところで、近くの男子が小さく声をかけてきた。


「お前、昨日の動画のやつって……」


「知らん知らん」


 俺はそう答えた。


「いや、でもさ」


「ホームルーム始まるぞ」


 ちょうど担任が教室に入ってきた。


 男子はそこで口を閉じる。


 助かった。


 普段ギリギリに来てることが功を奏した。


 ってまぁ、褒められたことじゃないんだけど。


 担任は出席簿を開いていつも通りにホームルームを始めた。


 連絡事項。


 提出物。


 今日の予定。


 声だけ聞けば、本当にいつも通りだった。


 だが教室の空気は戻らない。


 特に面倒なのは休み時間。


 誰かがスマホを触るたび、こそこそ話すたびに俺の方へ視線が来る。


 意外にも直接聞いてくる奴はいなかったが、それはそれで気持ち悪い気がした。


 それから昼休み。


 俺は飲み物を買いに行くふりをして廊下へ出た。


 壬生のクラスは同じ階にある。


 別に用事があるわけじゃない。


 ただ、なんとなく足がそっちへ向いた。


 壬生のクラスの前にも、何人か生徒がいた。


「今日、来てないらしいよ」


「やっぱり?」


「先生が家庭の事情って言ってたって」


「家庭の事情って便利だな」


「壬生議員の家の事情ってことだろ」


 思ったよりあっさり聞こえた。


 壬生は来ていない。


 分かっていた気はする。


 それでも実際に聞くと、少し違った。


 俺は壬生の教室をちらっと見た。


 もちろん席に壬生はいなかった。


 いつもなら、たぶん静かに席についている。


 背筋を伸ばしてスマホを見るか、本を読むか。


 話しかけづらいくらい普段通りにそこにいるはずだった。


 だが今日はそれがない。


 本人がいないのに、名前だけが廊下で飛び交ってる。


 変な感じだった。


 俺はそのまま廊下を戻る。


 スマホを出して、壬生の名前を開いた。


 メッセージを送るか迷った。


 大丈夫か。


 学校来ないのか。


 何かあったのか。


 どれも違う気がした。


 大丈夫なわけがない。


 学校に来ない理由も大体分かっている。


 何かあったのかと聞くのもおかしい。


 何かあったから、こうなっている。


 俺がメッセージを送れば、壬生は返事を考えることになる。


 それすら今は面倒かもしれない。


 結局、何も送れなかった。


 放課後。


 俺はしばらく自分の席に座ったまま、またスマホを見ていた。


 見なければいい。


 そう思う。


 でも見ないで済ませられる話でもない。


 俺も映っている。


 壬生も映っている。


 そして壬生は、今日学校に来ていない。


 動画の前後を説明すれば少しは変わるのかもしれない。


 いや、そんなことをしても世間の炎上が収まるわけじゃない。


 と理解しながらも、俺は意味もなく画面をスクロールしていた。

 


 * * *

 


 高槻亮介は、端末の画面を眺めていた。


 昨夜から広がり続けている動画。


 思ったよりも広がりは早い。


 壬生彩葉の名前は、まだ大手メディアでは出ていない。


 だが匿名アカウントやまとめ系の投稿では、もうほとんど隠れていなかった。


 学校名をぼかした投稿。


 学年を匂わせる書き込み。


 昨日の動画と、壬生議員の過去の発言を並べたまとめ。


 どれも確定情報のような顔をしているが、実際には断片の寄せ集めに過ぎない。


 それでも見る側にとっては十分すぎる情報だった。


 誰かがわずかな情報を出し、別の誰かがそこに推測を足していく。


 気づけば、最初からそうだったみたいに話が出来上がっていく。


 今回もそうだ。


 壬生彩葉が一緒にいた覚醒者の少年に何かを命じたのか。


 少年が自分の判断で前に出たのか。


 相手の男が先に手を出したのか。


 そもそも、なぜ二人があの場にいたのか。


 動画だけでは何も分からない。


 分からないからこそ、見る者は好きに補う。


 高槻にとってはそれでよかった。


 真実をすべて示す必要はない。


 疑いが残ればいい。


 壬生議員の娘が覚醒者養成プログラムの参加者らしき男子生徒を伴って外部でトラブルを起こした。


 まずはその形で広がればいい。


 想定外はあった。


 彩葉が尾行してきたこと。


 そして、一緒にいた覚醒者の少年が予想以上に戦えたこと。


 神崎仁也からの報告では、真正面から攻撃を受けても倒れなかったらしい。


 最後には一撃まで入れられたという。


 しかも、本人は付与術師と名乗ったらしい。


 支援職でありながら神崎とやり合った。


 正直、興味はある。


 だが今は優先順位が違う。


 あの場で彩葉を連れ去らせなかった判断は正しかった。


 壬生議員の娘が拉致された。


 そうなれば、事件の重心が変わる。


 壬生議員は被害者の父になり、警察も国も正面から動かざるを得ない。


 世論も同情へ傾く。


 それでは意味がない。


 彩葉には帰ってもらう必要があった。


 自分の足で現場へ行き、自分の足で帰った。


 その方がいい。


 未成年覚醒者が外部で戦闘に関わった。


 壬生議員の娘がそこにいた。


 壬生議員が進めようとしている第二段階に、本当に安全性はあるのか。


 その疑いが残る。


 だから高槻は、神崎に電話を入れた。


 放っておけば、あの男はそのまま戦い続けていただろう。


 彩葉を連れて帰ることも考えただろうし、あの少年を潰すことにもこだわったはずだ。


 だが、それでは騒ぎが大きくなりすぎる。


 神崎にただ引けと言っても聞かない。


 だから餌を見せた。


 今ここで引けば、壬生議員の娘を現場で確認したことは上に報告できる。


 今回の炎上に使える材料を押さえた。


 そういう評価にはできる。


 神崎は最初、不満そうだった。


 電話越しでもそれは分かった。


 だが、評価という言葉を出した途端、声の質が変わった。


 上に行けるかもしれない。


 管理外ゲート拠点の現場責任者に近づけるかもしれない。


 そう思わせれば、あの男は動く。


 実力はある。


 現場では使える。


 だが手柄に弱い。


 自分が評価されると思えば、危ない線にも平気で足を踏み入れる。


 だから扱いやすい。


 第二段階を止める火種を作れば、自分は上に行ける。


 神崎にはそう思わせておけばよかった。


 高槻は端末を操作し別の画面を開いた。


 実際、壬生彩葉の動画は想像以上によく燃えた。


 だがもちろん、炎上だけでは制度は止まらない。


 覚醒者養成プログラムはすでに国の治安対策の一部になっている。


 そんな状況で、世論が騒いだからといって国が簡単に制度を捨てるわけがない。


 だから必要なのは次の材料だった。


 壬生彩葉の動画は第一波。


 次は制度そのものを疑わせるための実例。


 高槻は端末に表示された社名を見た。


 ネクストワークス株式会社。


 表向きはありふれた人材派遣会社だ。


 求人文面もよくできている。


 覚醒者向けの高単価案件。


 レベル10以下、大歓迎。


 誰でも簡単にできる仕事です。


 危ない仕事だとは書いていない。


 違法なことをするとも書いていない。


 むしろ、覚醒者になった者が初めて自分の価値を感じられるような文面だ。


 普通のアルバイトよりも明らかに高単価。


 覚醒者として役に立てる。


 国のプログラムが止まりかけている今でも、自分の力で稼げる。


 そう思わせる求人。


 全員が引っかかる必要はない。


 たった数人でいい。


 覚醒者養成プログラムの参加者が、外部の怪しい案件に関わった。


 その事実が一つあれば次の見出しが作れる。


【養成プログラムの参加者が闇バイトに手を貸した】


【プログラム参加者も管理できないシステムなんて、廃止すべき】


 そんな記事が出れば、御の字だ。


 第二段階が遠のくどころか、国はプログラム自体を考え直さないといけない。


 壬生議員はさらに動きづらくなることだろう。


 端末が短く震えた。


 新しい報告が届く。


【ネクストワークス案件】


【プログラム参加中の覚醒者数名、参加予定】


 高槻は画面を閉じた。


 壬生彩葉の動画は第一波に過ぎない。


 必要なのは、制度そのものを疑わせる次の火種。


 高槻は静かに口角を上げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。