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前に出る付与術師



「おーけー、その痛い目ってやつを見せてくれよ」


 俺はそう言って息を吐き、前に出る付与術師という戦い方がどこまで通用するのか、今ここで試してやると腹を括った。


「いいねぇ」


 男が笑う。


「威勢だけはあるじゃねえか」


 その言葉が終わるより早く男の足が床を蹴り、会議室の床がどんと低く鳴った。


 速いと思った時にはもう拳が目の前まで来ていた。


 いや、速いだけじゃない。


 踏み込みから拳の軌道まで、こっちを本気で殺すつもりの重さが乗っている。


 避けようと考えるより先に、体が勝手に無理だと判断した。


 完全には避けられない。


【能力付与:耐久】


 即座に自分へ付与を入れると体の芯が重くなり、皮膚の上に一枚何かを被せられたような感覚が走った。


 その瞬間、男の拳が俺の腕に触れる。


 敵性観測が拳の軌道を拾い、当たったらまずい場所、力が抜ける方向、体をずらすべき角度だけが考えるより先に頭の中へ浮かんだ。


 真正面から受けるな。


 少し外せ。


 真正面で止めたら終わる。


 俺は腕を斜めに入れ、拳がぶつかった瞬間に接触感知で重さ、速さ、力の流れをまとめて拾った。


「ぐっ!」


 今まで受けたことのない一撃だった。


 理央の攻撃とも違うし、訓練で受けた打撃とも違う。


 ウッドウルフの突進とも違う。


 人間の拳なのに体の内側まで揺らされ、骨や筋肉より先に内臓ごと持っていかれるような感覚があった。


 これを普通に受けたら死ぬ。


 俺は接触感知で拾った力の流れに合わせて腕を滑らせ、真正面から止めようとするのではなく、少しでも外へ衝撃を逃がした。


 それでも全部は流せない。


 残った衝撃が体へ入り、足が浮いて数歩後ろへ下がったところで、姿勢制御+が崩れかけた体を無理やり一本の線に戻してくれた。


 腕はめちゃくちゃ痛い。


 でも折れてはいないし吹っ飛ばされてもいない。


 膝もついていない。


 止めたというよりなんとか止まったという感覚の方が近かった。


「……は?」


 男が目を見開、振り抜いた拳をその場で止めたまま固まっている。


「おいおい。今の、止めんのかよ」


 俺は荒くなりそうな呼吸を抑えながら、痛みの残る腕を確認した。


 普通に痛いし無傷でもないがまだ動く。


 ならまだいけるな。


「俺の拳を無傷で受けられるやつなんざ、うちにもそうそういねぇぞ」


 ちなみに無傷ではない。


 普通に痛いし、めちゃくちゃ痛いし、そこを訂正できるほど見栄を張る余裕もない。


 ただ男から見れば、腕が折れていないことと膝をついていないことだけで十分おかしいらしい。


 男は俺をじっと見た。


 さっきまでの軽い目ではなく明らかに警戒の色が強まっていた。


「お前、覚醒者か?」


「まあ、一応」


「しかもジョブ解放済みだろ」


「……まあ、一応」


 今のを一般人が止めたらそれはもう一般人ではないので、男がそう判断するのも当然だった。


 男は少しだけ眉を寄せる。


「守護者か? いや、防壁士か?」


 守護者。


 防壁士。


 どちらも聞いたことのないジョブだが、言いたいことはなんとなく分かる。


 防御系か守り系。


 男から見た俺は、そういう覚醒者に見えたらしい。


「付与術師」


 そう答えた直後、後ろから壬生の声がした。


「……氷室くん」


 いつもより少しだけ低い声だった。


「何だ?」


「そんな簡単に言ってよかったの?」


「あ」


 しまった。


 たしかにそうだ。


 なんで普通に答えたんだ俺。


 聞かれたからといって素直に答えるなよ。


 今は親睦会じゃないんだぞ。


 俺も大概アホなんじゃないか。


「……付与術師?」


 男は一瞬だけぽかんとしたあと、ふっと息を抜いた。


「なんだ、支援職かよ」


 男の肩から少しだけ力が抜ける。


 さっきまでの警戒が消えたわけではないが、明らかに一段下がった。


「なるほどな。耐久を入れて、どうにか守り切ったってことか」


「まあ、そんな感じ」


 半分くらいは合っている。


 耐久を入れたのは事実だが、それだけじゃない。


 敵性観測。


 接触感知。


 姿勢制御+。


 それらが全部噛み合って、ようやく止まった。


 そこまでは男も分からない。


「逆にそれしかねえなら怖くねぇな」


 男はまた笑った。


「耐えるしかできねえなら、潰れるまで殴ればいいだけだ」


 そう言って男は軽く拳を鳴らした。


 次が来る。


 しかも今度は一発では終わらない。


 さっきの一撃を止めたせいで、男は完全に俺を覚醒者として見た。


 なら次からは遠慮もなくなる。


 この先は耐久だけでは駄目だ。


 受けるだけならいずれ押し切られる。


【能力付与:敏捷】


 体の奥で感覚が切り替わり、さっきまで芯に入っていた重さが少し抜ける代わりに足元が軽くなった。


 視界が少し広がり、男の肩の揺れや踏み込む前の足裏の圧が見えやすくなる。


 俺は横へ動き、机と椅子の間を抜けながら男の正面から外れた。


 会議室は狭く、動き回るには全然向いていない。


 それでも正面に立ったまま殴られるよりはずっといい。


「おっ、次は敏捷か?」


 男が楽しそうに笑う。


「耐久入れとかないと、死んじまうぜ」


 男の拳が振られた。


 さっきよりも軽い。


 いや、軽いんじゃない。


 連撃にするため、力の出し方を変えている。


 俺は机の角を避けながら横へ逃げ、男の拳が置かれる前に次の足場を探した。


 敏捷を入れた分さっきより体は動くし、見てから反応できる範囲も増えている。


 だが全部は避けられない。


 当然だ。


 相手は闘士で俺より戦い慣れている。


 しかも気配を読むせいか、こっちが動こうとした瞬間には先に拳が置かれ、逃げた先へ蹴りが飛んでくる。


「っ!」


 拳が肩口をかすった。


 直撃ではない。


 敵性観測で危ない線は拾えていたし、接触感知で触れた瞬間に力の向きも分かった。


 だから体を捻って流す。


 それでも完全には流しきれず、肩から背中へ衝撃が抜けて足元がぐらついた。


 そこで姿勢制御+が働き、崩れた体勢を無理やり戦える位置へ戻す。


 踏ん張った瞬間、もう一発来る。


 今度は肘。


 続けて蹴り。


 戦い方がめちゃくちゃ荒い。


 俺は一歩下がったが、その瞬間に腰のあたりが長机の角にぶつかった。


「いっ……!」


 最悪だ。


 後ろに下がるだけで障害物にぶつかる。


 貸し会議室が戦闘に向いていたらそれはそれで嫌だが、今だけはもう少し広い場所でやらせてほしかった。


 男はその隙を逃さなかった。


 俺は相手の拳を腕で受ける。


 痛いが、なんとか許容範囲だった。


 能力付与が敏捷に切り替わっているとはいえ、俺の中にはまだ耐久が残っている。


 これが付与残響。


 ジョブ専用実績を獲得して得た専用パッシブだ。


 このスキルは、直前まで維持していた付与を切り替えた後もだいたい七割くらい残してくれる。


 その一つ前の付与も五割くらい残り、さらに前の付与も三割ほどは残る。


 つまり重ねがけが可能になるわけだが、もちろんずっと続くわけじゃない。


 MPが残っている間だけだ。


 しかも重ねがけるほど消費効率は悪くなり、複数の感覚を同時に処理するせいで頭も体もきつくなる。


 今の俺のMPとジョブの熟練度だと、三種類を重ねて使えるのはせいぜい一分くらいだろう。


 だから決着は早くつけたい。


「咄嗟に耐久に戻したか」


「……」


「支援職としては、結構器用な方なんだな」


 男にはそう見えるらしい。


 たぶん男からすれば、俺は耐久と敏捷を切り替えながら戦っているように見えているのだろう。


 でも違う。


 切り替えたんじゃない。


 残っている。


 耐久も、敏捷も。


 だったら次は決まっている。


 俺は男の動きを見る。


 踏み込みの癖。


 拳を出す前の肩の動き。


 視線より少し早く動く足。


 敵性観測が拾う危険な線と、接触感知が覚えた衝撃の流れが頭の中で重なる。


 耐久、敏捷の残響。


 そしてここにもう一つ。


【能力付与:筋力】


 体の奥で、また感覚が切り替わった。


 敏捷の軽さが完全に消える前に、耐久の重さがまだしっかり残っているうちに、上から筋力を乗せる。


 体がずんと重くなり、MPの減りが一段と早くなった。


「お?」


 男が一瞬だけ眉を上げた。


 俺の気配が変わったのを感じたのかもしれない。


 闘士だからか、そういうところはやたら鋭い。


「はっ、正面から来るつもりか?」


 男が笑い、それから床を押して距離を詰めてくる。


 蹴り。


 刺すような鋭さだ。


 敵性観測が危険な動きを感知し、当たれば終わると分かったから、俺はその線から逃げるように体をずらした。


 次は拳。


 頬をかすめ、熱が走る。


 皮膚が切れたかもしれない。


 でも関係ない。


 俺は左手を握った。


 不馴れな手。


 普段なら頼りない方。


 だが今まで何度も俺を助けてきた一撃。


 筋力付与をした左手に力を集める。


 でも、これだけで届くのか。


 相手は闘士系の覚醒者で、ただの人間じゃない。


 耐久も筋力も、俺よりずっと戦闘向きに伸びているはずだ。


 この一撃が入ったとしても、最大HPの二割に届かなかったら意味がない。


 だったら、もう一つ乗せる。


【能力付与:筋力】


 筋力付与の上から、さらに筋力付与を重ねる。


 正しい使い方なのかは分からないし、効率もたぶん最悪だ。


 体の奥が一気に重くなり、MPが削れる感覚もさっきより明らかに強くなった。


 俺は左腕に意識を集中させる。


 肩、肘、手首、拳。


 そこへ無理やり力を乗せると、腕の内側が軋むように痛んだ。


 長くは保たない。


 たぶん数秒も無理だ。


 でも、それでいい。


 必要なのは一瞬。


 この拳が届く、その瞬間だけでいい。


 そして。


【不馴手の一撃】


 男の拳が振り抜かれるより先に、俺は半歩だけ踏み込んだ。


 一撃を当てる。


 そのためだけに。


「――っ」


 ドッ——


 鈍い音。


 拳が、男の胴にめり込んだ。

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