↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
37/52

俺に任せてくれ



「何者か知らねえけど」


 その視線が、俺と壬生をゆっくりと見た。


「盗み聞きとは、いい趣味してんな」


 会議室の入口。


 俺たちからすれば出口にあたる場所に、その男は立っていた。


 二十代半ばくらいだろうか。


 短く刈った髪。


 太い首。


 肩幅もある。


 黒っぽいジャケットに、暗い色のパンツ。


 一応きれいめな格好をしているが、着慣れている感じはしない。


 スーツ姿の大人たちに混じるために、無理やりそれっぽい服を着た。


 そんな印象だった。


 顔立ちは悪くない。


 だが、口元に浮かんだ笑みがかなり台無しにしている。


 人を見下しているというか。


 追い詰めた相手の反応を楽しんでいるというか。


 うん。


 普通に関わりたくないタイプである。


 俺は壬生の横に立ったまま、男を見る。


 さっき会議室で聞いた荒っぽい声。


 間違いなくこいつだ。


「まさか、こんなところに高校生カップルが迷い込んでるとはな。ここはラブホテルじゃねぇんだぞ」


 高校生カップル。


 そしてその口ぶり。


 もしかしてこいつ、壬生が壬生議員の娘だとは気づいていないんじゃないか?


 だとしたらラッキーだ。


 助かった。


 いや、助かったと言える状況なのかは微妙だけど。


 少なくとも最悪ではなくなった。


「最近の若いやつは、こんな狭苦しいところでやんのが流行ってんのか?」


 男はそう言って、部屋の中へ一歩踏み込んできた。


 入口を塞がれる。


 俺と壬生は自然と半歩下がった。


 廊下に出るには、こいつの横を抜けるしかない。


 だが、通してくれる気はなさそうだった。


「何者かは知らねえ」


 男は俺たちを交互に見る。


「けど、あの話を聞いてたんだろ?」


 言いながら、男は首を鳴らした。


「なら、そのまま帰すわけにはいかねえよな」


 ですよね。


 まあ、そうなるよな。


 聞いた内容が内容だ。


 壬生議員に内密で動いていたこと。


 SNSで炎上を仕掛けたのが高槻だったこと。


 覚醒者養成プログラムを止めようとしていること。


 それだけでも十分すぎる。


 普通に帰してくれるはずがない。


 というか、帰してくれたら逆に怖い。


 優しすぎて罠を疑う。


「なんで分かったんだ?」


 俺はそう聞くと、男の視線がこっちに向く。


「あ?」


「俺たちがいたことだよ。会議中は見つかってなかったはずだ」


「へえ」


 男はにやりと笑った。


「気になるか?」


「そりゃ気になるだろ」


「オレはな、そういうのが分かるんだよ」


「そういうの?」


「気配だよ。隠れてる奴の気配。ビビってる奴の気配。戦う気のある奴の気配。そういうのが分かる」


 男は自分の胸を親指で差した。


「覚醒者だから、オレ。しかも闘士。つっても、お前らただの高校生にはなんのこっちゃだわな」


 闘士。


 確か、この間のダンジョン遠征で世話になった鷹宮さんと同じ系統だ。


 あの人も周囲の気配にはやたら敏感だった。


 ただ、あれはモンスター相手の話だと思っていた。


 人間相手にも効くのかよ。


 いや、考えてみれば敵はモンスターだけじゃない。


 覚醒者同士で揉めることだってある。


 なら、人間の気配を拾えてもおかしくないのかもしれない。


 おかしくないんだけど。


 最悪だわ。


 でもそれなら、一つおかしいことがある。


「……なんで会議中に暴かなかったんだ? なんで、他の連中が帰った後に一人でここへ来たんだ??」


 俺がそう聞くと、男は一瞬だけきょとんとした。


 それから、馬鹿にしたように笑う。


「呼ぶわけねえだろ」


「なんで?」


「オレの手柄にならねえじゃん」


「手柄?」


「盗み聞きしてた奴を見つけました。オレ一人が逃がさず捕まえました。そう報告した方が評価されるだろ?」


「さっきの高槻って人に?」


「いいや」


 男は少しだけ鼻で笑った。


「あの人は協力者であって、オレの上司ってわけじゃねえ。上は別にいるんだよ」


「上?」


「あぁ。オレたち組織のボスがな」


 ……。


 なんかさっきから薄々思ってたけど。


 もしかしてこいつ、アホなのでは?


 普通なら隠すところだろ、今の。


 高槻が上ではないこと。


 こいつらに別の上がいること。


 組織と呼べるものがあること。


 聞いてもいないのに、結構な情報を勝手に喋ってくれた。


 しかも壬生が壬生議員の娘だってことも相手は分かってないようだし。


 ありがたい。


 ものすごくありがたい。


 状況は最悪寄りだけど、相手がアホだったことだけはかなり救いだった。


 こいつをどうにかできれば、それなりに情報を引き出せる可能性はあるな。


 かなり危ない状況ではあるが。


「まあいい」


 男は軽く肩を回した。


 ごき、と嫌な音が鳴る。


「聞いてたなら仕方ねえ。ここで寝かせて、無理やり連れていく」


 やっぱり話し合いは無理そうだ。


 というか最初から話し合う気がない。


「安心しろよ。殺しはしねえ」


「それ、安心できる要素あるか?」


「あるだろ。生きてるんだから」


 いや、ないだろと内心否定しつつも、俺は壬生に視線を向ける。


 すると彼女はすでに戦う姿勢に入っていた。


 派手に構えたわけではない。


 ただ、足の位置が変わっている。


 いつでも動ける距離。


 手は自然に下がっているが、たぶん魔法を使う準備はできている。


 俺の横に並んでいる。


 おそらく、一緒に戦うつもりなのだろう。


 それが普通だ。


 相手は覚醒者。


 こちらは二人。


 二人で戦った方がいい。


 どう考えてもその方が安全だ。


 なのに、俺は男を見ながら別のことを考えていた。


 付与術師になってから、ずっと試したかった。


 自己付与。


 付与安定。


 付与残響。


 自分に能力を乗せて、前に出る。


 支援職っぽいジョブでどこまで戦えるのか。


 味方の後ろに立って支えるのが正解なのか。


 それとも、自分を強化して前に出る形もあるのか。


 相手は人間だ。


 モンスターとは違う。


 しかも闘士系。


 戦闘職。


 普通に危ない。


 怖くないわけがない。


 脳はちゃんと警告している。


 やめとけ。


 二人でやれ。


 逃げられるなら逃げろ。


 そう言っている。


 だがそれとは別のところで、胸がどうしようもなく弾んでいた。


 なんだこれ。


 状況はやばい。


 相手もやばい。


 場所もタイミングも最悪。


 休日デートからの尾行。


 密会。


 盗み聞き。


 そして闘士系覚醒者との遭遇。


 何このフルコース。


 普通に胃もたれする。


 それなのに。


 早く試したい。


 そう思ってしまっている自分がいる。


 今ここで逃げるだけでは分からない。


 付与術師になった自分が、覚醒者相手にどこまでやれるのか。


 それを知りたい。


 今後のためにも。


 そして、俺自身のためにも。


 それに、もう一つ。


 頭の片隅に残っている実績があった。


【ジョブ専用実績(付与術師)】


【A:付与術師として、他者への付与を一切行わず、敵対する戦闘系ジョブ保有覚醒者に、自己付与を行った一撃で最大HPの二割以上のダメージを与える】


 最初に見た時は、普通に意味が分からなかった。


 付与術師として。


 他者への付与を一切行わず。


 敵対する戦闘系ジョブ保有覚醒者に。


 自己付与のみの一撃で、最大HPの二割以上のダメージを与える。


 誰が取るんだよ、こんな実績。


 いまさら俺が言うのも変な話だが、付与術師ってのは支援職だ。


 味方に付与して前衛を支えて、後ろから戦況を整えるのが普通の戦い方。


 なのにこの実績はあまりにも限定的すぎる。


 他者への付与は禁止。


 相手は敵対する戦闘系ジョブ持ち。


 しかも、一撃で最大HPの二割以上。


 いや、でもこのくらい限定的だからこその難易度Aなのかもしれない。


 普通の付与術師ならまず狙わない。


 というか、狙えない。


 支援職が自分だけを強化して戦闘職に真正面から一撃を入れる。


 冷静に考えれば、だいぶ頭のおかしい条件なのだから。


 もちろん危ない。


 かなり危ない。


 普通に考えれば、ここは壬生と二人で戦う方が正しい選択だ。


 分かってる。


 それでも、ここでしか取れない実績がある。


 なら。


 迷わずここで取る!


 俺は壬生より半歩前へ出た。


「氷室くん?」


 壬生の声が少しだけ低くなる。


「俺に任せてくれ」


 言った瞬間、自分でも少し変な感じがした。


 なんか今のだけ聞くと、めちゃくちゃかっこつけているみたいだ。


 断じて違うんだけど。


 壬生は一瞬だけ俺を見る。


 その目が何を考えているのかは分からない。


 止めるか。


 一緒に戦うと言うか。


 そう思ったが、壬生は短く息を吐いた。


「……分かった」


「助かる」


「危ないと思ったら入るわ」


「それは頼む」


 そこは素直に頼む。


 俺は無敵ではない。


 というか、まだ全然弱い。


 実績は取りたい。


 でも変な意地で壬生の助けを拒むほどさすがに頭は悪くない。


「はっ、彼女の前でカッコつけたいお年頃ってか。ならちょっとだけ痛い目見てもらうぜ」


 男は俺たちのやり取りを見て、口元をさらに歪めた。


「おーけー、その痛い目ってやつを見せてくれよ」

 

 俺はそう言って息を吐く。


 前に出る付与術師。


 それがどこまで通用するのか。


 今ここで試してやる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。