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父の政策秘書



 高槻亮介は人混みの中を自然に歩いていた。


 急いでいるようには見えない。


 誰かを警戒しているようにも見えない。


 休日の駅前を歩く一人の大人。


 外から見ればそれだけだ。


 けれど私は、その背中から目を離さなかった。


 父の政策秘書補佐。


 高槻亮介。


 父の仕事場で何度か顔を合わせたことがある。


 穏やかで、物腰が柔らかくて、誰に対しても丁寧。


 少なくとも怪しい人間には見えない。


 だからこそ厄介だった。


 見るからに怪しい人なら最初から警戒すればいい。


 でも高槻さんは違う。


 父の近くにいて、父の仕事を支えている人間だ。


 覚醒者養成プログラムに関する資料や学校、自治体との調整にも関わっている。


 身内に近い。


 だから疑うには証拠がいる。


 証拠がなければ、ただ私が父の周りの人間を勝手に疑っただけになる。


 それは面倒だ。


 とても面倒。


 だけど、見なかったことにはできなかった。


 高槻さんの背中を追いながら、私は昨日のことを思い出していた。


 最初に引っかかったのはSNSだった。


【覚醒者養成プログラム第二段階】


【実地同行】


【未成年覚醒者】


【壬生案】


 そんな言葉がいくつも並んでいた。


 投稿を開けば、父の名前があった。


 壬生議員。


 覚醒者養成プログラムの発案者。


 未成年覚醒者をダンジョンへ投入する案を進めている人物。


 そういう言葉が何度も目に入った。


 父が叩かれている。


 それ自体に大きなショックを受けたわけではない。


 むしろ少しだけ思った。


 いい気味だ、と。


 父のことを私は別に好きではない。


 嫌いかと聞かれれば、そこまで単純でもない。


 ただ好きだとは言えない。


 父はいつも忙しい。


 家にいても、どこか政治家の顔をしている。


 私を見る時も、娘としてより覚醒者養成プログラムに参加している一人の生徒として見ているように感じることがある。


 母が亡くなってから、その傾向は余計に強くなった気がする。

 家の中に家族らしい空気が薄くなって、父は父親である前に政治家でいる時間が圧倒的に増えた。


 私はそれが嫌だった。


 たぶん、ずっと前から。


 だから父が世間から叩かれているのを見た時、胸が痛んだわけではない。


 自分で選んだことでしょう。


 政治家なのだから、そのくらい受け止めればいい。


 そんな冷たいことさえ思った。


 でも。


 それと覚醒者養成プログラムの価値は別だ。


 私は父を庇いたいわけではない。


 ただ、あの制度が必要だとは思っている。


 覚醒した覚醒者を放置すれば危険なことになる。


 力を持て余す人間が出る。


 自分の力を正しく理解できないまま、誰かを傷つける人間も出る。


 怪しい大人に利用される人も出る。


 実際、そういう兆候はもうある。


 学校の中だけを見ても分かる。


 覚醒者が増え、レベルやスキルという概念が現実になった。


 それで全員が急に賢くなるわけではない。


 むしろ逆だ。


 自分に力があると分かった瞬間、間違った方向に進む人間は実際に存在した。


 だから最低限、教える場所は必要だ。


 力の使い方。


 危険性。


 法律。


 ゲートやダンジョンの現実。


 そういうものを知らないまま外に出す方が、ずっと危ない。


 だからこそ、この制度は必要なのだ。


 そしてそれに続く第二段階、実地同行。


 言葉だけを見れば危うく聞こえる。


 けれど、本来これは覚醒者をいきなり戦わせる案ではない。


 国が調査を進めているダンジョンへ段階的に同行させる。


 現場を見せ、補助をさせ、安全確認を学ばせる。


 そういう案だったはずだ。


 少なくとも、私が知っている範囲ではそうだった。


 それが悪い意味で切り取られていた。


 覚醒者をダンジョンに投入する。


 子どもを戦力化する。


 壬生議員がそう仕向けた。


 そんな形で広がっている。


 それに、出回っている言葉の中にはまだ外に出ていないはずのものがあった。


 第二段階。


 実地同行。


 正式に発表されていないはずの言葉だった。


 つまり誰かが漏らしたのだ。


 少なくとも父の周辺か、その資料に触れられる立場の誰かが。


 そう考えていた翌日。


 私は学校で高槻さんを見かけた。



 * * *

 


 廊下の先。


 職員室の近く。


 スーツ姿の高槻さんが、私の担任と話していた。


 来るとは聞いていなかった。


 父の関係者が学校に来ること自体別におかしいことではない。


 高槻さんが父の代わりに学校へ来ることは、今までにも何度かあった。


 保護者面談の日程調整。


 進路関係の資料の受け取り。


 学校側からの説明。


 父は忙しい人だから、そういう細かい連絡を高槻さんが代わりに受けること自体は珍しくない。


 もちろん、最終的な確認や署名が必要なものは父がする。


 でもその前段階の話を高槻さんが聞きに来ることはあった。


 だから高槻さんが学校にいることそのものは不自然ではない。


 ただ、いつもなら事前に私へも確認が入る。


 父から直接のこともあれば、高槻さんから連絡が来ることもある。


 少なくとも私は、父の関係者が学校に来る日に何も知らないまま校内で出くわすことはなかった。


 だから違和感があった。


 今このタイミングで。


 そして私に何の話もなく。


 高槻さんが学校にいる。

 

「高槻さん」


 私は声をかけた。


 高槻さんは少し驚いたようにこちらを見た。


 けれどすぐに、いつもの穏やかな顔になる。


「彩葉さん。こんにちは」


「今日はどうされたんですか?」


「学校側への確認ですよ。覚醒者養成プログラムが始まってからの、学生たちの様子をヒアリングに」


「父からは聞いていませんでした」


「急に決まったものですから。壬生先生にも、あとでまとめて報告します」


 言っていることは自然だった。


 むしろ自然すぎた。


 怪しいところはない。


 高槻さんの声も、表情も、普段と変わらない。


 だから私は頷いた。


「そうですか」


「ええ。彩葉さんも午後の授業に遅れないように」


「はい」


 そこで終わるはずだった。


 終わらせるべきだったのかもしれない。


 高槻さんは担任と軽く会釈を交わし、廊下の奥へ歩いていく。


 その背中を見送った時、SNSで見た言葉が頭をよぎった。


 覚醒者養成プログラム第二段階。


 実地同行。


 壬生案。


 まだ出回っていないはずの言葉。


 誰かが漏らした情報。


 そして、その資料に触れられる人間の一人が今ここにいる。


 一度気になってしまうと、もう駄目だった。


 私は数秒だけ迷った。


 そして、後を追った。


 距離を取りながら、足音を殺す。


 高槻さんは校舎出口には向かわなかった。


 人気の少ない廊下を進み、校舎の端にある小会議室の前で足を止める。


 高槻さんはその部屋に入った。


 私はその壁際で足を止め、耳を澄ます。


 聞こえたのは低く抑えた声。


 高槻さんの声、それからもう一人。


 たぶんこの学校の教師だ。


 聞き覚えがある気もする。


 けれど顔までは浮かばない。


「……次の日曜日、十四時で問題ありませんね」


「はい。場所は前と同じです」


「西口オフィスプラザの貸し会議室フロアで」


「第六会議室でしたね」


「ええ」


 私は息を止めた。


 西口オフィスプラザ。


 貸し会議室フロア。


 第六会議室。


 父の事務所でも省庁でも学校でもない。


 高槻さんはさらに続けた。


「資料の件は、こちらで確認しています」


「では、向こうにはそのように」


「はい。この件はもちろん、壬生議員には内密で」


 その言葉で、私の中の引っかかりは消えた。


 代わりに別のものが残った。


 疑い。


 父に通していない資料。


 学校側の誰か。


 次の日曜日、十四時。


 西口オフィスプラザの第六会議室。


 何のために会うのか。


 何の資料なのか。


 それはまだ分からない。


 けれど、聞かなかったことにはできなかった。


 私はその場を離れた。


 高槻さんたちが出てくる前に、廊下の角を曲がる。


 すぐに父へ連絡することも考えた。


 でも、やめた。


 証拠がない。


 高槻さんが学校の誰かと話していた。


 次の日曜日、十四時に西口オフィスプラザの第六会議室へ行くらしい。


 壬生議員には内密でと言っていた。


 それだけだ。


 父に言えば、大人が動く。


 周囲は疑心暗鬼になる。


 高槻さんにも伝わるかもしれない。


 何もなかった場合、ただ私が父の近くで働く人間と学校の誰かを疑っただけになる。


 だから私は確認することにした。


 高槻亮介が誰と何をするのか。


 自分の目で見る。


 そう決めた。



 * * *

 


 高槻さんは駅前の人混みを抜けていく。


 私はその少し後ろを歩く。


 近すぎない。


 遠すぎない。


 相手が振り返っても、すぐに視線を外せる距離。


 その感覚は、思ったより難しい。


 そして、私のさらに後ろには氷室くんがいる。


 氷室くんを連れてきた理由は、いくつかある。


 まず一人では目立つ。


 高槻さんは私の顔を知っている。


 壬生彩葉が休日に一人で駅ビルをうろついていれば、偶然で済まないかもしれない。


 でも同年代の男子と一緒なら、少なくとも外からは休日に出かけている高校生に見える。


 だから、デート。


 言葉としては間違っていない。


 それに、氷室くんはまだ目立ちすぎていない。


 初めは藤ヶ谷理央を連れてくる選択肢もあった。


 でも理央は、すでに国家側に強い覚醒者として知られている。


 動けば目立つ。


 相手が警戒する可能性も高い。


 その点、氷室くんは違う。


 外から見ればただの男子高校生だ。


 でも私は知っている。


 彼は、ただの男子高校生ではない。


 坂上くんの件。


 この間のダンジョン遠征での動き。


 付与術師というジョブ。


 まだ未完成で、本人も分かっていないところが多いのだろう。


 それでも、彼は必要な時に動ける。


 たぶん逃げない。


 目の前で何かが起これば、自分で判断して前に出てくれる。


 そんな強い芯を持った覚醒者だ。


 私はそう思っている。


 勝手に。


 本人に頼んだわけではない。


 約束したわけでもない。


 でも、そう期待している。


 それが身勝手なことも分かっている。


 それでも私は氷室くんを選んだ。


 最近は覚醒者関連で物騒な事件も多い。


 それに、国側も把握できてない覚醒者の存在もいるなんて噂もある。


 戦力はあるに越したことないはず。


 そして高槻さんは人通りの多い駅前広場を抜け、西口方面へ向かう。


 駅ビルの華やかさから離れるにつれて、周囲の空気が少しずつ変わっていく。


 飲食店や雑貨店の看板が減り、代わりに不動産会社やクリニック、士業事務所の看板が増える。


 その先にある少し古いオフィスビル。


 西口オフィスプラザ。


 高槻さんは迷わず、その中へ入っていった。


 私は少し離れた場所で足を止めた。


 数秒遅れて、氷室くんが横に並ぶ。


「ここか?」


 小さな声で彼が聞く。


 私は頷いた。


「ええ」


 昨日聞いた言葉。


 今日の十四時。


 西口オフィスプラザの貸し会議室フロア。


 第六会議室。


 その全てが、今ここに繋がった。


 そこに誰がいるのか。


 何が話されるのか。


 まだ分からない。


 だけどもうここまで追ってきて、今更止めるわけにはいかない。


 私は高槻さんが入っていったビルの入口を目にしたまま、静かに息を吐いた。

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