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デートでもある


 今日は尾行だからバレないようにね。


 よろしく。


 そんなことを言い残して、壬生彩葉は何事もなかったようにカフェの列へ並んだ。


 いや。


 何事もなかったように、じゃない。


 何事もある。


 めちゃくちゃある。


 尾行。


 今、尾行と言った。


 壬生はデートという言葉で俺を呼び出し、服を選び、カフェに入る直前で尾行と言った。


 情報の出し方が雑すぎる。


 俺は数秒遅れて壬生の隣に並んだ。


「壬生さん」


「なに?」


「尾行って何?」


「言葉通りだけど」


「デートじゃなかったのか?」


「デートでもあるわ」


「両立するのか、それ」


「現にしているでしょう」


 壬生は当然のように言った。


 いや、しているでしょう、ではない。


 こっちは今、休日デートのつもりで服を買わされ、その直後に犯罪一歩手前みたいな単語を聞かされている。


 感情が追いつかない。


 俺の中の常識担当が、そろそろ労基に駆け込みそうだった。


 列が進み、俺たちはカウンターで注文を済ませた。


 壬生は紅茶と小さなケーキ。


 俺はアイスコーヒー。


 支払いを終えると、壬生は迷わず窓際の席へ向かった。


 駅ビルの三階。


 大きな窓の向こうには、駅前広場と商業施設へ続く通路が見える。


 人通りは多い。


 休日だから当然だ。


 ただ、壬生がその席を選んだ理由が景色の良さではないことくらいは俺にも分かった。


「……この席、見やすいな」


「ええ」


「何がとは聞かないけど」


「聞いてもいいわよ」


「……じゃあ聞くけど、何を見る席なんだ?」


 壬生は紅茶のカップに手を伸ばしながら、淡々と言った。


「ある人が、ここを通る可能性があるの」


「ここを?」


「ええ」


「その人を尾行するってことか?」


「そう」


「で、そのある人って誰なんだ?」


 俺が聞くと、壬生は一拍置いた。


 ほんの少しだけ視線が窓の外へ流れる。


 それから、いつもの平坦な声で答えた。


「父の政策秘書補佐よ」


「え、それかなり身内じゃないか」


「そうね」


「そうね、で済む話か?」


「済まないから、こうしているの」


 壬生はケーキにフォークを入れる。


 その動作は落ち着いている。


 落ち着きすぎていて、逆にこっちが不安になる。


 父親の政策秘書補佐。


 つまり壬生の父親の近くで働いている人間だ。


 そんな相手を尾行しようとしている。


 しかも高校生二人で。


 もうこの時点で十分おかしい。


「名前は?」


「高槻亮介」


「知ってる人なのか?」


「何度か会ったことがあるわ。父の仕事関係で」


「で、その人が何したんだ?」


 俺がそう聞くと、壬生は静かにスマホを取り出した。


「したかどうかは分からないわ」


「分からないのに尾行するのか?」


「だから確認するの」


 壬生はスマホを少し操作してから、こちらへ向けた。


 そこにはSNSの画面が表示されていた。


 トレンド欄。


 いくつかの言葉が並んでいる。


【覚醒者養成プログラム第二段階】


【実地同行】


【未成年覚醒者】


【壬生案】


 俺は画面を見て、思わず眉を寄せた。


「……なんだこれ」


「少し炎上しているの」


「少し?」


 壬生はそう言ったが、画面を見る限り十分面倒なことになっているように見えた。


 投稿の中には、かなり強い言葉もある。


”未成年をダンジョンに連れていくとか正気か?”


”覚醒者養成プログラムって結局子どもを戦力化する制度だったの?”


”壬生議員がこのプログラムを発案したってマジ? 自分の娘も覚醒者だからって国の制度を私物化してない?”


”もしかして身内で人体実験してるの?”


”覚醒者ばかり優遇して、被害者救済は後回し?”


 ただ、全部が批判一色というわけでもなかった。


”いや、放置した未成年覚醒者が勝手にゲート入る方が危ないだろ”


”実地同行って、普通に考えたら見学とか補助の段階じゃないの? いきなり戦わせるわけないと思うけど”


”覚醒者養成プログラム自体は必要だと思う。問題は説明不足と情報の出方”


”壬生議員が叩かれるのは分かるけど、切り取りだけで燃やすのも危ない”


 賛否が入り混じっている。


 だが、流れてくる言葉の熱量は明らかに批判側の方が強かった。


 文章を追うだけで、胃のあたりが少し重くなる。


 覚醒者養成プログラム。


 俺たちが参加しているあれだ。


 俺にとっては、もうかなり身近な制度になっている。


 でも、外から見ればそうではないのだろう。


 国が未成年の覚醒者を集めている。


 訓練している。


 今度は実地同行までさせようとしている。


 そう切り取れば、不安に思う人間は出る。


 まして、覚醒者関連の事件が増えている今ならなおさらだ。


「で、この第二段階ってのは?」


「覚醒者養成プログラムの次の案よ」


「次の案?」


「中級以上の参加者を対象に、国が調査を進めているダンジョンへ段階的に同行させる。現場の見学、補助、安全確認。そういう内容」


「実地同行ってそういう意味か」


「ええ。ただ、外ではそう読まれていないわ」


 壬生は画面を伏せた。


「未成年をダンジョンに投入する計画。そういう言葉で広がっている」


「……まあ、別に未成年だけじゃないんだけどな」


 覚醒者養成プログラムの参加者には、普通にお姉さんやおっちゃんとかもいる。


 なんならそっちの方が多いくらいだ。


「でも未成年が参加してるのも事実」


 壬生の声は淡々としていた。


 それを言われると、そうだ。


 事実の一部を切り取るとすれば、たしかに「未成年をダンジョンに連れていく」に該当するか。


 勝手な解釈だ。


 まぁでもSNSってのはそんなもんである。


「それで壬生の父親が、覚醒者養成プログラムの発案者ってのは本当なのか?」


「ええ。覚醒者養成プログラムを作った中心人物の一人。第二段階の案も、父が進めているものよ」


「それで壬生案」


「そうね」


「つまり、壬生の父親が未成年覚醒者をダンジョンに連れていく計画を立ててる、みたいに広がっちゃってるわけだな」


「ええ」


 壬生は短く頷いた。


 俺はスマホの画面が伏せられたテーブルを見る。


 それだけでも、かなり厄介な話。


 そもそも覚醒者養成プログラム自体、全員から歓迎されているわけではなさそうだし。


 国が覚醒者を囲い込んでいる。


 覚醒者だけ特別扱いしている。


 未成年に戦闘訓練をさせている。


 そういう見方をする人がいるのは分かる。


 そこに第二段階。


 実地同行。


 そして発案者が特定の政治家。


 炎上する要素は、嫌なくらい揃っていた。


「で、その高槻って人が関係してるかもしれないってことか?」


「断定はしていないわ」


「断定してないのに尾行すると?」


「だから確認するの」


「警察とか、父親には?」


「証拠がないわ」


「まあ、そうか」


「それに、父に言えば大人が動く。そうなれば高槻さんにも気づかれる」


「気づかれると困る?」


「何もなければ、ただ私が父の周囲の人を疑っただけになる。何かあれば、証拠を掴める」


 なるほど。


 嫌な二択だ。


 疑えば大ごとになる。


 疑わなければ見逃すかもしれない。


 壬生はその間を取って、自分で確認しようとしているのだ。


 冷静に聞けば聞くほどやっていることは普通に危ない。


「それで尾行ね」


「ええ」


「一人だと目立つから俺を呼んだってわけか?」


「そう。休日に同年代の男子と歩いていれば、少なくとも一人で何かを探っているようには見えにくいでしょう?」


「カモフラージュってやつだな」


「デートよ」


 壬生は平然と言った。


 どちらでもあるらしい。


 俺の人生初デート候補は、父親の政策秘書補佐を尾行するためのカモフラージュだった。


 悲しむべきなのか。


 ツッコむべきなのか。


 正直、判断が難しい。


「十四時って言ってたよな」


「ええ」


「今は?」


 俺はスマホで時間を見る。


 十三時四十七分。


 服を見て、カフェに入って、話しているうちに思ったより時間が経っていた。


 十四時までは、あと十三分。


「そろそろ出るのか?」


「そうね。少し早いけれど、移動するわ」


 壬生がそう言って、カップを置いた。


 その時だった。


 壬生の視線が、不意に窓の外へ向いた。


 さっきまでと目が違う。


 静かに、焦点が定まる。


「……いた」


「え?」


 俺も反射的に外を見る。


 カフェの前の通路を、一人の男が歩いていた。


 三十代後半から四十代くらい。


 落ち着いた色のジャケット。


 肩掛けのバッグ。


 顔立ちは整っているが、印象は薄い。


 どこにでもいそうな大人。


 俺から見れば、それ以上の情報はない。


 だが壬生は、その男から目を離さなかった。


「あの人?」


「ええ」


 壬生は席を立った。


 動きが早い。


 さっきまで紅茶を飲んでいた時とはまるで違う。


「高槻亮介。父の政策秘書補佐よ」


「ちょ、待て。ここで出るのか?」


「予定より早いわ。見失う」


 壬生はそう言って、店の出口へ向かう。


 俺は慌てて買った服の袋を掴んだ。


 アイスコーヒーは少し残っている。


 ……もったいないな。


 普通にまだ半分くらいあるんだけど。


 でも、そんなことを気にしている場合ではなかった。


 窓の外では、高槻亮介が人混みの中へ紛れようとしている。


 壬生はその背中を追って、迷いなく歩いていく。


 俺は小さく息を吐いた。


 まったく。


 何がデートだ。


 何がカフェだ。


 何が休日の外出だ。


 人生初デート候補が、まさか政治家の秘書補佐を追うところから始まるとは思わなかった。


 高校生活、どこで分岐を間違えたんだろうな。


 そんなことを考えながら、俺は壬生の後を追った。

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