完全に早い者勝ちだ
頭の奥で鳴ったレベルアップ音が消えたあとも、俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。
静かだった。
さっきまであれだけ騒がしかったのに、今はもう自分の呼吸音しか聞こえない。
目の前には、グレハンがいたはずの空間。
最後は、光の粒みたいに弾けて消えた。
ゲームっぽい。
でも殴った感触はちゃんとあった。
脇腹も痛い。
左拳もじんじんする。
ゲームみたいなのに、ゲームじゃない。
この世界、やっぱり気持ち悪い。
「……いやいや」
そこで、俺は慌ててステータスウィンドウを開いた。
レベルが上がった、とは言われた。
でも、その実感がまだ追いついていない。
表示を見て、思わず声が漏れる。
「うわ、上がってる」
レベル1だった表示が、レベル2になっている。
それだけじゃない。
筋力。
耐久。
敏捷。
そういう数字が、ちゃんと増えていた。
筋力が8から11。
耐久が7から10。
敏捷が9から12。
他の数値も、それぞれ少しずつ伸びている。
「お、マジか!?」
思わず口角が上がる。
ちゃんと数字としてちゃんと増えているし、それだけじゃない。
なんというか体が少し軽い。
気のせいかもしれないけど、さっきまでより足が出る感じがする。
試しにその場で軽く拳を振ってみる。
右。
左。
軽く一人でシャドーボクシング。
「……あれ」
なんとなくだけど、さっきより速い気がした。
気のせいかもしれないけど。
筋力が8から11。
耐久が7から10。
敏捷が9から12。
まぁ実際数字が上がってるなら、こういう実感があってもおかしくはないか。
「で……」
次に、スキル欄を見る。
そこに新しく追加された表示。
【不馴手の一撃】
非利き手側の手で放つ一撃の威力を超大幅上昇させる。
発動後、3分間は再発動不可。
「……超大幅上昇」
雑だな。
でも、分かる。
あの最後の一発を思い返せば、そうとしか言えない。
普通の殴り方じゃなかった。
明らかに威力そのものがおかしかった。
「しかも三分クールタイム付きか」
なるほど。
そりゃそうだ。
あれを連発できたら、さすがに頭がおかしい。
でも逆に言えば、三分ごとに一回は撃てるってことだ。
かなり強い。
いや、かなりどころじゃない。
最初の実績報酬から、もうだいぶ当たりを引いてる気がする。
そこで、ふとさっきの表示が頭の中で引っかかった。
【世界初達成報酬を付与します】
「……世界初」
世界初。
世界で初めて達成した者。
……ちょっと待て。
これ、もし仮に二番目で取ったら報酬ないってことなのか?
いや、そんなまさか。
誰だってちゃんと達成したら報酬くれるだろ。
ゲームなら普通そうだ。
でも、わざわざ世界初達成って書いてあったぞ。
「おいおい……」
小さく呟く。
だとしたら、これはもう完全に早い者勝ちだ。
他の覚醒者がレベルだの属性だので騒いでる間に、こっちは意味不明な実績を抜いて独占報酬を拾えるということになる。
しかも実績欄を見た感じだと、普通にやってたらまず達成できない条件ばかりだ。
つまり気づいたやつしか取れない。
そして、
先に取ったやつが勝つ。
「おいおい……」
ちょっと声が漏れた。
実績欄の見え方が一気に変わる。
さっきまでは変なやり込み要素だった。
でも今は違う。
普通に攻略の本命だ。
むしろ、属性とかよりこっちの方がヤバいまであるんじゃないだろうか?
俺はすぐに実績欄を開いた。
スクロールする。
また意味不明な条件が並ぶ。
でも今は、全部が宝箱に見えた。
それとよく見ると、実績の横に小さく文字がついている。
D。
C。
B。
さらに下にはAもある。
で、その先にはSまで見えた。
「てかDとかCとかあるけど、まぁSまであるってことは達成難易度の目安とかだろうな」
俺は一旦、その中からこの土日中で達成できそうなやつをピックアップしていく。
今の装備と、今の体力と、今のレベル。
あとダンジョンの雰囲気をざっくり加味して、優先順位を頭の中で雑に振る。
【D:一歩も動かずに、敵の攻撃を5回連続で凌ぐ】
【C:同一モンスターと12時間以上、互いに死なずに行動を共にする】
【C:ダンジョン内で36時間以上睡眠を取らずに行動する】
【C:ダンジョン内でスクワット1万回を達成する】
「……現実的に考えて、この辺か」
いや、現実的って何だよとは自分でも思う。
並んでる内容はだいぶ頭がおかしい。
でも、実際に今の装備と今の状況で狙うなら、このあたりが妥当だった。
一歩も動かずに五回凌ぐ。
これは今の延長でいけそうだ。
姿勢とか、受けとか、そういう感じのスキルが出る気がする。
かなり欲しい。
同一モンスターと十二時間過ごすのは、今すぐは無理だ。
いや、無理じゃないかもしれないけど、初日からやることではない。
ダンジョン内で三十六時間不眠。
これも正気じゃない。
でも正気じゃないからこそ、なんかありそうなんだよな。
スクワット一万回はもう意味が分からない。
意味が分からないんだけど、逆にここまで来るとちょっと気になる。
まぁこれは根性でいけるだろ。
「よし、こうなったら今のうちに取れる実績、パパッと獲っちゃいますか!」
レベルを上げるとか、属性がどうとか、そういう分かりやすい強化ももちろん嬉しい。
でもそれとは別に、誰も取ってない実績を俺だけが抜いて、俺だけの報酬を手に入れる。
そんなの、廃ゲーマーが燃えないわけないだろ。
「っしゃ、ひゃっほぉぉい!!」
思わず声が出た。
静かな通路に、自分のテンションの高い声だけがやたら響く。
ちょっと恥ずかしい。
でも今はそんなことどうでもいい。
「よし」
とりあえず先に進むか。
「……っと、その前に――」
俺はさっきグレハンが消えた場所にしゃがみ込んだ。
何か落ちてないかと思ったのだ。
ゲームなら、こういうのはだいたい何か落ちる。
そしたら案の定だった。
石の床の上に、小さな結晶みたいなものが転がっている。
薄く濁った灰色。
ビー玉より少し大きいくらいか。
「お、マジであるのか」
アイテム欄があるんだ。
つまり当然拾えるものがあるわけで。
さっそく手に取ってみる。
冷たい。
硬い。
でも、ただの石ではない感じがする。
なんとなく見ていると、その結晶がふっと光った。
「……え」
次の瞬間、結晶は細かい光の粒になって弾けるみたいに消えた。
「うわっ、消えた!?」
慌てて手のひらを見る。
何もない。
床にも落ちてない。
え、なにこれ。
反射でウィンドウを開く。
すると、アイテム欄にさっきまでなかった表示が増えていた。
【魔石(微小)】
「……あ、そっちか」
思わず笑う。
なるほど。
拾ったら自動収納されるタイプらしい。
かなり便利だな。
意識を向けてみる。
すると、すっと手のひらにさっきの小さな結晶が現れた。
「おお」
もう一度意識する。
今度は消える。
アイテム欄を見ると、ちゃんとそこに戻っている。
「出せるし、仕舞えるのか」
いいなこれ。
こういう細かいところがゲームっぽいとテンション上がるよな。
俺は改めて通路の奥を見た。
さっきまでグレハンがいた先。
石の通路はまだ続いている。
もちろん、怖さが消えたわけじゃない。
またあの変な顔のやつが出てきたら嫌だし、数で来られたら普通に死ぬ。
でも、今はそれ以上に気分が高揚していた。
次はどんなスキルを得られるか。
それを考えるだけで、ワクワクする。
「よっしゃ、いくか」
そう呟いて、俺はダンジョンの奥へ向かって歩き出した。




