お待ちかねの
思いのほか、俺の頭は実績畑だったようだ。
小型のウッドウルフたちが、木々の間から姿を現す。
数は多い。
十体以上。
普通に考えれば、かなりよろしくない状況のはずだ。
はずなんだけど。
【C:自身に筋力付与を行った状態でモンスターを一撃で討伐する】
視界の端で、その実績条件がちらついている。
いや、ちらつくな。
今は真面目に危機感を持つ場面だろ。
そう思う俺もいる。
でも同時に、別の俺がこう言っていた。
きた。
チャンスだ、蓮。
お待ちかねの実績獲得タイムだぜ、と。
「まずは守りを固めるね」
そんな最中、七海がすぐに付与領域を広げる。
流れはさっきと同じだ。
耐久付与。
名取や鷹宮、そして前に出る理央たちを支えるための付与。
小型のウッドウルフたちは、さっきの個体より一回り小さい。
しかし数が多い。
一体一体は弱くても、囲まれている今、普通に危ない状況だ。
しかしこのパーティにとってはどうやら、こんなのピンチでもなんでもなさそうだった。
「いいねぇ。すごくたぎるよ」
そう言ってまず動いたのは理央。
腰にかけた剣を抜き、一太刀、二太刀と入れていく。
「あまり前に出ないで。理央」
壬生が地面に手を置くと、前方扇状に地面が凍っていき、数体のウルフの動きを封じた。
そういえばさっき炎も出してたよな?
壬生ってマジで二属性使えたんだ。
というかいいなぁ属性。
俺、そんな表記どこにもないんだけど。
鷹宮は全体を見ながら、近づいた個体を素手で叩いていく。
いや、もうこの人が一番怖いんだが。
もちろんそれでもウルフの数は多く、なんなら奥からさらに数体やってきた。
低い姿勢でゆっくりと隊列の中央、つまり俺と七海へ近づいてくる。
「蓮くん、下がって!」
七海の声が聞こえた。
「ここは他の人に!」
下がる。
そして他の戦闘職に任せる。
それが正解だ。
しかも俺は見学兼補助。
ここで前に出るべきではない。
分かっている。
分かっているんだけど。
ここで下がったら、実績は取れない。
俺は一歩だけ、前に出た。
ほんの一歩。
でも、その一歩は明らかに中央から前へ出るものだった。
同時に、自分へ付与を通す。
筋力。
七海が周囲に広げた耐久の付与とは違う。
自分の内側から拳の先へ熱が流れていくような感覚。
筋肉が膨れるというより、打ち込む瞬間だけ力の通り道が太くなる。
実戦では初めての能力付与だったが、スキルの使い方は不思議と体が知っていた。
人間が生まれてから寝返りを覚えるように、
そして立つ術、歩く術を身につけるように。
ジョブスキルも同じく、まるで初めから使い方を知っているかのように、ごく自然に発動させることができた。
小型ウッドウルフが飛びかかってくる。
俺は半歩だけ横へずれた。
牙が腕の横をかすめる。
痛い。
少しだけ皮膚が切れた。
でも止まらない。
そのまま左の拳を握る。
不馴手の一撃。
非利き手の拳が、筋力付与を乗せたままウッドウルフの横腹へ突き刺さった。
手応え。
さっきまでの打撃とは明らかに違う感触だった。
軽い体が横へ吹き飛ぶ。
湿った土の上を転がり、木の根にぶつかって止まる。
小型ウッドウルフは、一度だけ足をばたつかせた。
そして、そのまま動かなくなる。
倒した。
一撃で。
倒してしまった。
そして。
【実績達成】
【C:自身に筋力付与を行った状態でモンスターを一撃で討伐する】
視界の端に、文字が浮かぶ。
きた。
取れた。
いとも簡単に取れてしまった。
【世界初達成報酬を付与します】
うおおおおお!
心の中では、普通にガッツポーズである。
現実では絶対にやらない。
やったら多分、その瞬間に七海の顔が怖くなる。
いや、もう手遅れかもしれないが。
「蓮くん!」
「す、すみません!」
反射的に謝った。
何に対して謝ったのかは、自分でもよく分からない。
でも、とりあえず謝るべき場面なのは分かった。
その間にも戦闘は続いている。
鷹宮、壬生、理央がそれぞれのやり方で各個体を撃破していく。
理央が一体を斬り、壬生が炎の矢で別の個体を止める。
群れは数こそ多かったが、小型だったこともあるのか一体ずつの力はさっきのウッドウルフほどではなかった。
そのため誰一人崩れることなく、周囲の敵を全て倒すことができた。
「周囲、敵影なしですね」
鷹宮が静かに息を吐く。
俺も息を整えながら、左拳を見る。
グレハン以来のダンジョン戦闘。
興奮か恐怖か、左手がじんじんしている。
でも、いい気分だ。
実績が取れた。
しかもジョブ専用のだ。
最高。
その一言に尽きるんだけど、
たぶん、これから怒られる。
付与術師の師匠?的存在の御幸七海さんに。
そう思って身構えた時だった。
「名取さん」
鷹宮の声が、いつもより少し低くなった。
「持ち場を離れましたね?」
俺は顔を上げる。
名取。
そういえば。
あれ。
さっきどこにいた?
戦闘が始まった時、たしか名取は前にいたはずだ。
でも途中から、俺は名取の動きを見ていない。
いや、見ていないというより、気づく余裕がなかったんだが。
少し離れた木の陰から、名取が静かに戻ってくる。
相変わらず表情は読めない。
鷹宮がその姿を見る。
「側面に回っただけです」
名取は短く答えた。
「私はそんな指示、出してないですよ」
「必要と判断しました」
短い。
言葉数が少なすぎる。
でも、そのせいで余計に空気が重く感じる。
鷹宮はしばらく名取を見ていた。
声を荒げることはない。
ただ、静かに続ける。
「今回の遠征は氷室くんという見学者もいます。隊列を崩す場合は、必ず報告を」
「了解しました」
名取はそれだけ言った。
それ以上の言い訳はしない。
鷹宮も、それ以上はその場で追及しなかった。
だが、空気は明らかに少し硬い。
俺は内心で息を呑む。
全然気づかなかった。
名取がいなくなっていたことに。
それどころじゃなかったとはいえ、前衛が持ち場を離れていたのか。
え、それって結構まずいのでは。
いや。
待てよ。
つまり今、場の注目は俺ではなくすべて名取に向いている。
俺がちょっと前に出たことより、名取が持ち場を離れたことの方が目立っている。
これは。
もしかして。
怒られずに済むのでは?
助かった。
いや、助かっていいのかこれは。
「蓮くん?」
すぐ隣から、やけに優しい声がした。
七海だった。
笑っている。
笑っているんだけど。
目が、笑っていない。
「はい」
「ちょっと前、出すぎじゃなかった?」
ですよね。
見逃してもらえるわけなかった。
「いや、でも、戦わなきゃやられてましたし」
「自己防衛として戦う分にはいいんだけどさ」
「あ、ですよね」
「でも蓮くん、さっき理央くんと同じくらい前に出てたよね?」
「…………そうでしたっけ?」
「そうだったよ?」
七海はにこっと笑った。
怖い。
優しい人の笑顔が怖い時って、こういう時なんだな。
「ここ出たあと、付与術師についてもうちょっとお話しよっか?」
「……はい」
それはもう、完全にお話ではない気がする。
説教というやつだ。
でも七海は説教とは言わない。
じゃあ説教じゃないのか?
うん、そうかもしれない。
逆にここで説教じゃないのだとしたら、この後始まるのは多分、圧倒的な物量での指導だ。
付与術師とはどういうものか。
パーティの中でどう動くべきか。
そして今回の反省点みたいなことを延々と聞かされることだろう。
あぁ、逆に怖い。
「蓮くんも戦いたかったんだよね。分かる分かる」
そんな俺の横で、理央が楽しそうに笑った。
「分からないでください」
「いや、分かるよ。あの一歩は前に出たい人の一歩だった」
「やめてください。分析しないでください」
理央はくすくす笑っている。
こっちは笑い事ではない。
まぁでも実績は取れた。
それは最高だ。
でも、七海とのお話が確定した。
差し引きでどうかと言われると、かなり微妙ではある。
「名取さん。話は後ほど。とにかく、今はここから出ましょうか」
鷹宮が場を締めるように言った。
そこから隊列が組み直される。
そして俺たちは、再びゲートへ向かって歩き出す。
来た道を戻りながら俺は、視界の端をこっそりと覗き見た。
【実績達成】
【C:自身に筋力付与を行った状態でモンスターを一撃で討伐する】
取れた。
確かに取れた。
報酬もあるはずだ。
何らかのパッシブスキル。
あるいは専用の発動スキルかもしれない。
何が手に入ったのか。
それを今すぐ確認したい。
めちゃくちゃ確認したい。
でもここで実績欄を開いてニヤけたら、今度こそ七海にブチ切れられる。
そんな予感がする。
だから我慢だ。
我慢。
「氷室くん」
その時、壬生がふと隣に並んできた。
「何?」
「さっき、何か掴んだ顔してた」
「……顔?」
「うん」
壬生は前を見たまま、淡々と言う。
「坂上くんたちと戦ってた時と同じ顔」
心臓が跳ねた。
やめてほしい。
そういうところを見られているのが、一番困る。
「……どんな顔だよ」
「楽しそうな顔」
「そんな顔してた?」
「してた」
壬生は短く答える。
それから、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「やっぱり面白い。氷室くん」
それだけ言うと、壬生は何事もなかったように前へ視線を戻した。
俺は少しだけ返事に困って、それから視線を前へ戻す。
いや、今のはなんだ。
普通に怖い。
久々に「興味あります」って顔をされると、なおのこと怖いんだけど。
まぁでもとりあえず、
得られたものは外に出てから確認するか。
そんなことを考えながら、俺は入口ゲートへ向かって歩き続けた。




