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帰還します


 これまでに見てきた実績とは別に、新しい項目が増えていた。


【ジョブ専用実績(付与術師)】


 何度見ても、そう書いてある。


 ジョブ専用。


 付与術師。


 つまり、これは俺が付与術師になったから解放された実績ということだろう。


 いや、まあ考えてみれば当然なのかもしれない。


 レベル10でジョブが解放される。


 スキルも増える。


 なら、それに合わせて実績が増えるのもおかしくはない。


 おかしくはないんだけど。


 普通にテンションは上がる。


 だって実績である。


 しかもジョブ専用。


 これはもう、新しい成長ルートが開いたと言っていい。


 俺は内心で妙に高鳴るものを抑えながら、表示されている内容を確認していった。

 


【C:自身に筋力付与を行った状態でモンスターを一撃で討伐する】


【B:自身への能力付与を三分以上維持する】


【B:能力付与を累計六千回行う】


【D:筋力付与を受けた対象が、自己最大重量の三倍以上の物体を十秒以上保持する】


【C:敏捷付与を受けた対象が、十秒以内に二十メートル以上を移動し、十個以上の障害物を回避する】



 みたいなものがいくつかあり、まだまだ下にズラっと並んでいる。

 

 ……なるほど。


 なるほど?


 いや、待て。


 相変わらずおかしな実績が多いが、特に一番上のやつ、だいぶおかしくないか。


【C:自身に筋力付与を行った状態でモンスターを一撃で討伐する】

 

 自身に筋力付与。


 モンスターを討伐。

 しかも一撃で。


 つまり自分にバフを入れて自分で敵を倒せということだ。


 付与術師なのに。


 支援職なのに。


 普通に前に出る前提の条件である。


 いや、そういうことだよな?


 俺は思わず口元が緩みそうになるのを堪えた。


 この間、付与術師の説明を読んだ時点で、自身も対象に含まれることは分かっていた。


 だから自分に筋力や耐久や敏捷を乗せ、戦うこと自体はできるはずだと思っていた。


 だが、できることとシステム側がそれを想定していることは別だ。


 そして今、実績欄にはっきりそう書いてある。


 つまり。


 付与術師は、前に出てもいいジョブということだ。


 いや、もちろん普通に危ない。


 七海に言ったらたぶん笑顔で全力阻止されるだろう。


 そこまで想像できる。


 今日見た付与術師の立ち回りは、隊の中心で味方を支える形だった。


 耐久バフで前衛を固める。


 敏捷で理央の一撃をいちはやく通す。


 そうして全体の動きを噛み合わせる。


 あれは間違いなく付与術師の正しい使い方だった。


 でも、それだけじゃない。


 少なくとも実績欄を見る限り、付与術師には自分自身を支援対象にするルートってのも存在するらしい。


 自分で自分に付与して戦うルート。


 いや、面白い。


 めちゃくちゃ面白いじゃん。


 俺はさらに下の実績へ目を向ける。


 正直気になる実績も多いが、今すぐ狙えそうなものは限られていた。


【C:自身に筋力付与を行った状態でモンスターを一撃で討伐する】

 

 やっぱりこれだ。


 今の俺が、この場で取れる可能性があるとしたら、これくらいしかない。


 自身に筋力付与を行う。


 その状態でモンスターを倒す。


 条件自体はかなり分かりやすい。


 問題は、それをこの遠征中にやっていいのかという点だ。


 たぶん駄目である。


 いや、絶対に駄目だろ。


 俺は見学兼補助として同行しているだけで、正式な戦闘要員ではない。


 ここで勝手に前に出てモンスターを倒そうとしたら、普通に怒られる。


 あぁぁああ……怒られるのはやだなぁ。


 でも実績欲しいしなぁ。


 次いつダンジョンに入れるかも分からないし?


 だったら取っちまおうぜ、実績をよぉ。

 見学がちょっと動いたからって、別に死にゃしねぇんだし。


 って俺の心の中の悪魔が囁いている。


 尚、天使は姿を現さないようだった。


「では、そろそろ帰還しましょうか」


 だがそこで、鷹宮が静かにそう言った。


「え、もうですか?」


 思わず声が出てしまう。


 いや、分かる。


 無理に奥へ進む立場じゃないことは分かっている。


 俺は見学者だし、今日の目的が討伐ではなく調査だということも理解している。


 でも、正直もう少し進むものだと思っていた。


 いや、もっと正直に言えば。


 もう一回くらいモンスターと遭遇しないかなとか思っていた。


「予定より早い帰還にはなります。ですが、今日の時点で確認できたことはあります」


「確認できたこと、ですか?」


「はい。まず、先週の遠征時より森が深い」


 鷹宮は周囲へ視線を向ける。


 確かに、ここまで歩いてきた森は入口付近よりもかなり濃かった。


 木々の間隔は狭く、枝も低い。


 道らしい道もほとんどない。


 この先へ進めば、さらに視界は悪くなりそうだった。


「前回も森型でした。大きく見れば同じです。ですが、細部の地形は違っています」


「ダンジョンの構造が変わってるってことですか?」


「そう見ています。特に奥へ進むほど、その差が大きい」


 なるほど。


 動画で見た通り、ダンジョン内部は固定マップではないらしい。


 しかも入口から奥へ行くほど、変化が大きくなる。


 昨日の地図が今日も使えるとは限らない。


 それって、探索する側からしたら普通に嫌すぎるだろ。


「それと、モンスターの数です」


 鷹宮は続けた。


「こちらは索敵しながら、可能な限り接敵を避けて進んでいます。ですが、それでも先ほどのウッドウルフと遭遇した」


「数が多いかもしれない、ということですか?」


 七海からの質問。


「ええ。少なくとも、前回より気配は多く感じます。それが今回の人数によるものなのか、ジョブ構成によるものなのか、あるいはゲート発生から日数が経った影響なのか。まだ答えは出せません」


 人数。


 ジョブ構成。


 日数の経過。


 そのどれもが、あり得るらしい。


 つまり、今回の俺が増えたことも、無関係とは言い切れないということだ。


「ですが、分からないと分かったことにも意味があります」


 鷹宮は言葉を続けていく。


「森が深くなっている。地形が変わっている。モンスターの気配が多い。今日はそれだけでも十分な収穫です」


 そう言われて、俺は改めて納得した。


 ダンジョン遠征というのは単に奥へ進んで敵を倒すことではなく、正式な調査だということを。


「それに、ここまで来るのに一時間ほどかかっています。帰還にも、同じくらいの時間がかかると見ておくべきですから」


「あ……」


 言われてみれば、そうだ。


 ダンジョンは行きだけで終わりじゃない。


 帰りもある。


 むしろ疲労が溜まっている分、帰りの方が危ないまである。


 俺の中では、奥に進むことばかり考えていた。


 でも遠征隊からすれば、入口ゲートまで戻るまでが任務なのだ。


 家に帰るまでが遠足。


 こんな考えでよく初めてダンジョンに潜った時、生きて帰れたなぁ。

 と、今更ながらにそう思う。


「安全に戻れるところで引き返すのも、遠征の大事な判断だよ」


 七海が俺の方を見て、少し柔らかく言った。


「……そういうものなんですね」


「うん。無理して奥に進むだけなら、たぶん誰でもできる。でも、戻る判断ができないと危ないから」


 七海の言葉には、妙な説得力があった。


 さっき戦闘中に味方を支えていた時とは違う。


 こういう時の七海は、ちゃんと経験者の顔をしている。


「帰還します。隊列は維持。入口ゲートまで戻ります」


 鷹宮の指示で、俺たちは来た道を戻り始めた。


 さっきと同じ隊列でだ。


 そして同じルートを歩んでいく。


 しかし、俺の頭の中はさっきと違っていた。


【C:自身に筋力付与を行った状態でモンスターを一撃で討伐する】

 

 この条件が、どうしても頭から離れない。


 ……でもまあ、さすがに今日は無理か。


 そう思うしかなかった。


 そもそも今日の俺は見学兼補助。


 ここで勝手に前へ出たら、どう考えても怒られる。


 でも条件としては単純明快。


 自分に筋力バフを入れ、モンスターを倒す。


 ただそれだけだ。


 攻撃を受ける必要はない。


 ただ、周りから見て不自然じゃない形にするなら、敵の攻撃を受けた流れで反撃するのが一番それっぽいよなぁ。


 敵がこっちに来た。

 咄嗟にバフを入れてわざと攻撃を受けて、そのまま【不馴手の一撃】をぶち込む。


 うん。


 完璧だ。

 言い訳としても申し分ない。


 いや、言い訳を考えている時点でだいぶ駄目な気もするけど。


 なんて思ったその時。


「……すみません、皆さん」


 鷹宮が口を開く。


 その声に合わせて名取が反応する。

 相変わらず彼は何も喋らないが、なんとなく空気が強ばった気がした。


「この数はさすがに、避け切れませんでした」


「蓮くん、くるよ!」


 隣から七海の声。


「……くる」


 そう言って周りを見渡す壬生と、


「やっぱりそう簡単に帰らせてはくれないか」


 と、心なしか楽しそうに聞こえる理央の声。


 そしてそれから十数秒。

 そいつらは、土や落ち葉を踏む足音とともに姿を現した。


 低い位置。

 足元に近い高さ。

 小柄な影。


 ウッドウルフ。

 さっきのやつより一回り小さい。


 だが俺たちの周りを包囲できるほどの数がいる。


 八、九……いや、もうちょいいるか。


「ヤバいじゃん、これ」


 こんだけの数がいたら、


 さすがに筋力バフしてから殴れば、一体くらいは倒せるでしょ。


 思いのほか、俺の頭は実績畑だったようだ。


 そしてその畑は今、めちゃくちゃ豊作の予感がしていた。



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