ジョブ専用実績
茂みの向こうで、何かが動いた。
次の瞬間、飛び出してきたのは獣型のモンスター。
狼に近い。
ただ、俺の知っている狼よりも一回り大きく、全身の毛は灰色というより、木の皮みたいにくすんだ茶色をしていた。
背中のあたりには苔みたいなものまで張り付いている。
森に馴染む気満々すぎるだろ。
いや、実際かなり馴染んでいた。
「ウッドウルフ。三体」
鷹宮が静かに言った。
その一言で全員が動き出す。
まずは名取が前に出る。
鷹宮がその少し後ろで全体を見ている。
壬生は後方で足を止め、片手を軽く前へ向けた。
理央は半歩だけ横にずれる。
そして七海は、俺の隣でふっと息を吐いた。
「じゃあ蓮くん、よく見てて」
「はい」
俺と七海のいるのは、隊の中心。
前に出すぎず、後ろに下がりすぎず、全体に手が届く場所。
さっき七海が言っていた付与術師の立ち位置というやつだ。
ウッドウルフの一体が、低い姿勢のまま名取へ飛びかかった。
速い。
そう思った瞬間、七海が先に動いていた。
「まずは耐久、入れるよ」
七海は手を上にかざす。
すると周囲に、薄い気配が広がる。
見えた、というより感じた。
自分の周りに何かが広がるような感覚。
たぶん、これが付与領域だ。
なんとなくだけど、うっすらと空気の密度が変わったように感じる。
その直後、ウッドウルフが名取の盾にぶつかる。
鈍い音。
名取の体はほとんど下がらない。
受け止めた。
いや、止めた。
噛みつこうとしたウッドウルフの頭を、名取は盾で押さえ込むように押さえつける。
その横では、鷹宮がもう一体のウッドウルフを受け止めていた。
武器は持っていない。
素手だ。
鷹宮は飛びかかってきたウッドウルフの首元を片腕で掴んでいた。
……は?
てか素手?
いやいやいや。
相手、普通にモンスターなんですが。
ウッドウルフが牙を剥き、前足を地面に食い込ませる。
それでも鷹宮は押し負けない。
むしろ次の瞬間にはウルフの体勢を崩していた。
あれ、これどっちがモンスターなんだっけ?
もはやもう、ゴリラすぎるんだが。
「助かります、七海さん」
鷹宮が短く言った。
声に余裕がある。
でも、今の受け方は七海の耐久付与があってこそなのだろう。
たぶん、それだけ耐久のバフが効いている。
付与が入っているから、名取は盾で止められる。
鷹宮も素手で受けられる。
逆に言えば、同じ動きでも付与がなければ危なかったのかもしれない。
いや、もうもはやそう思いたい。
バフのおかげで素手でも狼掴めるんだよって、むし
ろ本人の口から聞きたいまである。
「ふっ!」
そして鷹宮が短く息を吐く。
掴んでいたウッドウルフの体が、次の瞬間、地面に叩きつけられた。
鈍い音。
湿った土が跳ねる。
ウッドウルフの体が一瞬跳ね、そのまま光の粒状に弾けた。
いや、やっぱり化けもんすぎるな。
「名取さん!」
壬生の声が飛んだ。
名取が盾の角度を変える。
ウッドウルフは盾に押さえつけられているせいで、身動きが取れないでいる。
そんな隙をついて、
壬生の掌に赤い光が灯る。
炎の矢。
細く、鋭く、一直線に放たれたそれが、ウッドウルフの胴を射抜いた。
火が弾ける。
派手な爆発ではないが、威力はそれで十分だったようだ。
これで二体。
あっという間に倒した。
でも、まだ終わっていない。
その少し後ろから、もう一体が迫っていた。
横から回り込むように、低い姿勢で走ってくる。
狙いは、たぶん隊列の中央。
つまり、俺たちの方だ。
心臓が跳ねる。
やばいやばい!
そう思った時には、理央がすでに動いていた。
後方と側面の間にいた理央が、一気にその進路へ入る。
「七海さん!」
「分かった」
理央の声に、七海が即座に反応した。
次の瞬間、理央の速度が一段上がる。
足場の悪い森の中なのに、まるでそこだけ道があるみたいに進んだ。
木の根を踏み、落ち葉を蹴り、迫っていたウッドウルフの横へ回り込む。
速い。
理央の動きは元々速かった。
それは二度も戦った俺がよく知ってる。
明らかに加速の質が変わった。
そう思った時には、理央の刃が横から走っていた。
ウッドウルフの体が横一閃に裂かれ、そのまま地面へ倒れる。
最後の一体。
処理完了。
戦闘は終わった。
たぶん、時間にすれば一分もかかっていない。
でも、俺の体感ではもっと長かった。
ずっと見ていた。
見ていたはずなのに、全部を追えた気がしない。
名取が前衛として止める。
鷹宮が受け止めつつ、敵を一撃。
壬生が合わせてウルフを射抜く。
理央が一閃ぶち込む。
そしてその全部を七海が支える。
忙しい。
これ、見るだけでも忙しかったのに。
実際にやる側はどうなってるんだ。
「……すごいな」
思わず呟く。
七海は小さく息を吐いて、少しだけ肩を下げた。
さっきまでの柔らかい雰囲気に戻りつつあるが、それでも目はまだ周囲を見ている。
「今のが、付与術師の基本だよ」
「基本であれですか?」
「うん。やること自体は単純なの。周りを見て、必要な人に必要なバフを付与する」
七海はそう言いながら、さっきウッドウルフが倒れていた場所を見る。
「ウッドウルフの動きが速かったから、まずは守りを堅めて様子を見たの。それから、残った敵の数と最短で動ける味方を把握して、今回は理央くんに敏捷のバフを付与したって感じ」
「……なるほど」
七海が何を見てどう考えたのか全部を理解できたわけじゃないが、ただなんとなくの流れは分かった。
自分が直接活躍するわけではない。
でも守りにも攻めにも関わって、パーティ全体の流れを作る。
いわば、サッカーのミッドフィルダーみたいなポジション。
付与術師がやっているのは、たぶんそれに近い。
いや、俺そんなサッカー詳しくないけど。
でもなんとなくそんな感じだ。
地味で忙しくて。
でも、面白い。
想像していたより、ずっと面白い。
「蓮くん?」
「あ、すみません。ちょっと考え事を……」
「七海お姉さんの話、そんなにつまんなかった?」
「い、いえ、とんでもない!!」
この人、やっぱり距離感が近い。
俺の顔を覗き込み、困り眉で小首を傾げる茶髪のお姉さん。
こんなの危ないだろ!
いや、何が危ないのか、自分で言っててよく分からないが。
「周囲確認しましたが、近くにモンスターはいないようですね」
鷹宮は周りを見渡してそう言ったのち、再び前へ進み始めた。
それに合わせて全員が歩き出す。
え。
なんでいないって分かったの?
野生の勘?
臭い?
え、どっちにしても怖いんだけど。
「鷹宮さんは闘士ってジョブなんだけど、周囲の敵意や動きがよく分かるみたい」
あまりに顔に出てたのか、七海が隣から小さく教えてくれた。
「闘士、ですか?」
「うん。肉弾戦が得意で、前でも戦えるし索敵みたいなこともできるのジョブって感じかな?」
「しかも鷹宮さんって元々現場経験多い人だから、判断能力もめちゃくちゃ高いんだよ〜」
突然後ろから低く甘い声。
理央だ。
理央からの追加情報が降ってきた。
「へぇ。そりゃすごいですねぇ」
ここまでの話をまとめると、だ。
つまり鷹宮誠司は、
闘士として近接戦闘に長けていて、
索敵もできて、
全体の判断にも優れている。
なんというか、普通に上司として強い。
職場にいたら絶対に頼れるタイプである。
まぁイチ高校生には職場や上司なんてことは何も分からないが、とにかく今俺はとても強いパーティにお邪魔していることが分かった。
そう安堵した時、ふと俺は思った。
あ、そうだ。
せっかくダンジョンに入ったんだ。
そろそろ何かしらの実績、取っときたいよな。
いや、遠征中に何を言ってるんだという話ではある。
さっきまでの戦闘を見た直後に考えることではない。
でも、俺はそういう人間なので仕方ない。
むしろここで実績欄を見ない方が、俺としては不自然まである。
戦闘には盾役と索敵ゴリ……じゃなくて闘士がいるので、安全はかなり保証されている。
なら、俺のすることは一つだ。
歩きながら視界の端、実績欄に目を向けた。
ちょうど次ダンジョンに来れたら、実は取りたい実績があったんだよなぁ。
と、俺は実績欄をスクロールする。
すると。
そこに、見覚えのない項目が目に入った。
「……は?」
俺は思わず足を止めそうになる。
「蓮くん、どうしたの?」
七海にまで心配される始末だ。
「あ、いや、大丈夫です。マジで」
「……ふーん? なら、いいけど」
すっごい疑わしい目で見られてる。
俺、多分表情隠すの下手なんだろな。
一生浮気とかできないわ。
しないけど。
いや、今はそんな場合じゃない。
まずは目に映った項目だ。
いつもの実績欄をスクロールしていくと、なぜか新たな項目が追加されていたのだ。
【ジョブ専用実績(付与術師)】
そう。
おそらくこれは、ジョブを強化するための実績だ。
つまり、付与術師には付与術師の実績がある。
俺はその文字列を見た瞬間、口元が勝手に緩みそうになるのを必死で抑えた。
……いや、そんなものまであるのかよ。




