初めてのダンジョン遠征
ちなみにダンジョンについてだが、俺は一応ちゃんと予習していた。
一応という言い方をするとやる気がなさそうだが、わりと真面目にだ。
だって国管理の遠征だ。
何も知らないまま「うおぉ楽しそう」で突っ込むのはさすがにまずい。
いや、初日それに近いことをやった気もするけど。
そこは若気の至りということにしておきたい。
昨日の夜、俺は公開されている覚醒者向けの基礎講習動画をいくつか見た。
タイトルはかなり真面目だった。
覚醒者基礎講座。
ゲートおよびダンジョン内部環境について。
探索時の安全管理。
帰還条件と核の存在。
寝る前に見るには、ちょっと重すぎるラインナップである。
内容をざっくりまとめると、ダンジョンはゲート内部に存在する異空間と定義されていた。
とは言いつつも、国側もまだ全部を解明できているわけではらしい。
そしてゲートに入ると、内部には何らかの環境が広がっている。
洞窟型。
森型。
廃墟型。
水辺型。
今のところ確認されているだけでも、他にいくつか種類があるらしい。
で、その内部環境は、入る覚醒者の数やそのレベル帯によって変化する可能性が高い。
人数が少なければ浅く単純な構造になりやすく、人数が多くてレベルも高ければ、敵の密度や内部の広さも変わる。
つまり俺が最初に一人で入った時、周りがグレハンだらけだったのも、たぶんそのせいだ。
ダンジョン側が初心者用に調整してくれていた。
そう考えると、少しだけ親切に思える。
そして動画で一番重要そうに扱われていたのが、核の存在だった。
ダンジョンの最奥には核のようなものが存在するらしく、
それを破壊すると、出口となるゲートが新たに発生するらしい。
なので、核まで到達して破壊する。
出口ゲートから戻る。
これが攻略時の基本だ。
だがもちろん、毎回最奥まで行くわけではない。
むしろ今のところ、通常の調査ではある程度まで探索したら、来た道を戻って入口ゲートから外へ出るのが基本らしい。
ただ、ダンジョン内部は普通に迷う。
森型や洞窟型ならなおさらだ。
だから入口付近には位置確認用の小型GPSを置いてから探索するようだ。
でもすごいよな。
GPSってたしか宇宙にある人工衛星から電波をキャッチしてってやつだろ?
どうやってダンジョン内の位置情報まで分かるんだろうか?
なんて疑問が浮かんだが、この動画の中では特にそこの解説はなかった。
気になる。
めっちゃ気になるんだが。
まぁそんな仕組みばかり気にしても仕方ない。
ここまでの話をまとめると、
国としては各ゲートの調査を進めながら、可能なら核を見つけて破壊し、ゲートそのものを閉じたいという方針らしい。
そりゃそうだ。
全国各地に黒い球体が浮かびっぱなしとか、普通に嫌すぎる。
ただし、無理な攻略は推奨されていない。
内部構造が人数やレベル帯で変化すること。
モンスターの種類や発生条件がまだ分かりきっていないこと。
環境そのものが、外の常識とどこまで同じなのか不明なこと。
そういう理由で、現時点では調査、記録、無理のない範囲での探索が基本とのことだ。
要するに。
国も早く解決したい。
でも無理して死なれても困る。
だから少しずつ調べる。
かなり現実的だった。
ゲームなら、ここで勇者パーティが最奥まで突っ込んでボスを倒して終わりなんだろうけど、現実はそこまで雑じゃなかった。
むしろ雑じゃなくて助かった。
お国のために特攻あるのみ、みたいな日本が愛国精神満載のトップだったら、もうとっくに俺たち覚醒者は仲良く滅びの一途だったろうし。
「氷室くん、行くよ?」
壬生彩葉だ。
気づけばダンジョン遠征の準備は整っており、すでに全員が準備万端の状態だった。
もちろん俺もだ。
しっかり遠征用の装備を着て。
思ったより軽くてビックリしてる。
「お、おう」
改めて見ると、やっぱり気持ち悪いな。
目の前に黒があるというより、そこだけ空間が抜けている感じ。
マジでよく一人で入ったよなぁ、こんなの……。
「では、行きます」
鷹宮の声を合図に、戦闘、前衛担当の名取朔がゲートへ入った。
続いて責任者の鷹宮誠司。
付与術師、御幸七海。
俺。
壬生彩葉に続き、後衛の藤ヶ谷理央。
これが攻略でベストの隊列らしい。
そしていよいよゲートは眼前。
黒い膜のようなものに触れた瞬間、全身に冷たい感覚が走った。
水に潜るのとは違う。
でも、薄い膜を破って別の場所へ入るような、妙な抵抗があった。
そして次の瞬間。
足元の感触が変わった。
固い舗装路ではなく、少し湿った土。
鼻に入ってくるのは、木と草と、雨上がりみたいな湿気の匂い。
目の前には、森が広がっていた。
「おお……」
思わず声が漏れた。
ほんとに森とかあるんだ。
そういうのがあるって聞いてたけど、
でも実際に立つと全然違う。
右を見ても木。
左を見ても木。
奥も木。
振り返ると、背後には入ってきたはずの黒い球体が少し縮小化されて浮かんでいる。
まさかの空もある。
薄く青い。
足元には落ち葉。
木の根。
湿った土。
少し歩くだけでも、靴底に柔らかい感触が返ってくる。
前に一人で入った時とはまるで違う。
あの時は、もう少し単純だった。
視界も開けていた洞窟っぽい感じだったし、敵もグレハンばかりだった。
今回は違う。
森が濃い。
道があるようで、ない。
見通しも悪い。
これ、普通に迷うな。
俺が一人で入ったら、たぶん三十分で自信満々に遭難している。
「周囲、確認していきます」
鷹宮が短く言う。
前衛、名取朔が前方へ少し出る。
多分年齢は20代くらい?
サイド刈り上げた短髪で目元も細く、ちょっと怖い印象だったが、動きはとても静かだ。
足音がほとんどしない。
なんとなく潜入とか、そういうプロの人だったのかなと思わされる。
あと全然喋らないから、なんか怖い。
仲良くできなさそうな気がする。
そして鷹宮はその少し後ろ。
隊全体を見られる位置にいる。
御幸と俺は、隊の中央付近。
おそらく付与領域範囲に仲間全員が入るようにということだろう。
壬生は俺たちの少し後ろ。
理央はその少し横、後方と側面の間くらいをゆるく歩いている。
完全な一列縦隊ではない。
森の中で横に広がりすぎると見失うし、一列になりすぎると横からの対応が遅れる。
だから、少しだけまばらに広がる。
それが今の隊列の意味らしい。
「ねぇ、緊張してる?」
隣から声がした。
御幸七海だった。
「あ、はい。まあ、普通に」
「うん。最初はそのくらいでいいよ。変に慣れてる方が怖いから」
「そういうものですか」
「そういうもの」
七海は小さく笑った。
「そういう御幸さんは、かなり慣れてる感じですね」
感じというか、普通にこんなイカれた空間で軽く鼻歌混じりに隣で歩かれちゃ、実際そうとしか思えない。
「まぁもう何回か、入ってるからねぇ。さすがに慣れちゃったというか」
なんか慣れたくなかったみたいな口ぶりで言ってるが、本人が普通に笑ってるので、全く感情が読めない。
「あとさ、あたし御幸って呼ばれるのあんまり好きじゃないの。なんか少し距離ある感じするから」
「えっとじゃあ、七海さん?」
「うんうん。それでおっけぇ」
七海は満足そうに頷いた。
距離が近い。
名前呼びへの移行が早すぎて、ただの一般男子高校生からしたら、もうなんかドキドキである。
でも、本人がそう言うなら仕方ない。
「せっかくだし、今から歩きながら付与術師の説明、してあげたかったんだけどさ――」
七海はため息混じりにそう言う。
そして少しだけ前方へ視線を向けた。
「止まってください」
同時に鷹宮の声が、低く響く。
隊全体の足が止まる。
さっきまで少しだけ緩んでいた空気が、一瞬で張り詰めた感じがした。
前方の茂み。
木と木のさらに奥。
何かがいる。
姿はまだ見えない。
「前方、モンスター反応」
鷹宮の声で、全員が戦闘態勢に入る。
「蓮くん、下がりすぎないでね」
七海が隣から小さく言う。
「え?」
「ここが、付与術師の立ち位置だから」
その言葉の意味を考えるより先に、茂みの向こうで何かが動いた。
「よく見といてね。付与術師の戦い方ってやつを」
そう言って七海は、俺にふっと微笑みかけた。




