専用実績の報酬
ダンジョン遠征を終えたあと。
俺たちは中央公園ゲート前で、役所のスタッフっぽい人たちに簡単な体調確認を受けた。
血圧。
脈拍。
怪我の有無。
遠征前後の体調変化。
そういうものを職員の人たちが手際よく確認していく。
正直、ダンジョンから出たらそのまま「お疲れ様でしたー」で解散になるのかと思っていたのだが、当然そんな雑なわけがなかった。
ちゃんとしている。
そして一通りの確認が終わったあと、俺は七海にしっかり捕まった。
『蓮くん、自己防衛として戦うのは悪くないよ』
七海はそう言った。
優しい声だった。
優しい声だったのだが。
『でもね、見学兼補助として来ている状態で、あそこまで前に出るのは駄目』
逃げ場はなかった。
なんというか、怒鳴られるよりきつい。
七海は怒鳴らない。
声を荒げない。
むしろ柔らかく話してくれる。
でもその柔らかさの中で、こっちの退路を丁寧に一つずつ塞いでくる。
怖い。
優しい人に正論で詰められるの、普通に怖い。
『付与術師は前に出ちゃいけない、とは言わないよ』
七海は続けた。
『自分に付与できるなら、自分を守ることもできる。攻撃を通すこともできる。だから発想自体は悪くないと思う』
それを聞いて、少しだけ意外だった。
完全否定されると思っていたからだ。
付与術師は隊の中心。
味方を支える側。
前に出るなんてもってのほか。
そういう話になるのかと思っていた。
でも七海は、そこまでは言わなかった。
『ただし、前に出るなら、その分だけ周りとの距離、付与領域の位置、味方の動き、敵の動き。全部考えなきゃいけない』
『はい』
『今日は小型個体だったからよかったけど、普通のウッドウルフだったら? さらに奥から別の個体が来ていたら? 蓮くんが一歩前に出たことで、私の付与領域から外れる人がいたら?』
『……はい』
『だから、やるならちゃんと練習してから』
優しい。
優しいんだけど、めちゃくちゃ厳しい。
それが御幸七海という人間なのだろう。
ついでに、鷹宮からも短く注意された。
『結果的に対処できたことと、事前に許可されていた行動かどうかは別です』
はい。
それはもう、本当におっしゃる通りです。
俺は素直に頭を下げた。
こうして、俺の初めての遠征は無事に終わった。
無事に終わったのだが。
精神的には、わりと絞られた。
そして現在。
解散後、俺は少し離れた歩道の端で、スマホを取り出すふりをしながら一息ついていた。
遠征隊のメンバーは、まだ職員と話している。
名取の件もあるし、鷹宮たちはこのあともう少し確認があるのだろう。
俺は一応見学者なので、先に帰っていいと言われた。
ありがたい。
非常にありがたい。
なぜなら。
今すぐ確認したいものがあるからだ。
まずは一つ目。
MPだ。
ステータス画面の中にMPという表記があり、そこに数値とゲージが示されていた。
やっぱり、一割くらい減っている。
俺がやったのは自分への筋力付与。
しかも本当に短い時間。
たぶん一瞬と言っていいくらいだ。
それでも、MPは確かに減っていた。
「……まあ、そりゃそうか」
スキルを使ったのだ。
消耗しない方がおかしい。
ただ、問題は減り方だ。
一瞬だけ自分に筋力付与を乗せただけで、思ったよりも数値は減っていた。
なら、七海がやっていたように戦闘中ずっと付与領域を広げて、前衛に耐久を入れて、状況を見て理央に敏捷を回して、必要ならまた守りに戻すみたいな使い方をすると、
普通にめちゃくちゃMPを使う。
こりゃ、だいぶMPがないとパーティ単位でのバフはもたないな。
というか七海さん普通にすごくないか?
あの人ふわっとした顔でやってたけど、裏ではかなり細かくMPを管理していたはずだ。
誰に付与するか。
どれくらい維持するか。
いつ切り替えるか。
付与術師って思っていたよりだいぶ忙しい。
いや、忙しいだけじゃない。
戦闘の流れを見ながら味方の状態を見て、さらにはMPの残りまで考えている。
支援職。
その一言で片づけるには、あまりにもやることが多すぎる。
でも。
面白い。
やっぱり面白いジョブだな。
それに、今日俺がやった自己バフ。
あれも想像以上に手応えがあった。
筋力付与を入れた瞬間、拳の先に力が通る感覚。
不馴手の一撃と重なった時のあの打ち抜く感触。
あれは、俺の戦い方に使える。
少なくともただ後ろで味方にバフを配るだけが付与術師ではない。
七海はパーティを支える付与術師。
俺は自分も駒に入れて動く付与術師。
同じジョブでもやり方は違う。
そう考えると少しだけ胸が熱くなった。
いや、少しじゃないな。
かなり熱い。
そして最後にもう一つ。
これがいよいよ本命だ。
俺は実績欄を開いた。
【実績達成】
【C:自身に筋力付与を行った状態でモンスターを一撃で討伐する】
何度見ても、いい。
この文字列だけで飯が食える。
いや、食えはしない。
でも気持ちとしては食える。
問題は報酬だ。
俺はゆっくりと、その下に表示されている項目へ目を向けた。
【専用パッシブスキル:付与残響】
……付与残響
なんだそれ。
いや、なんかもう名前だけでちょっとやばそうなんだけど。
俺は説明文を確認する。
【付与残響】
【自身を対象にした能力付与に限り、別の能力付与へ切り替えた後も、直前の付与効果が一定時間保持される】
俺はしばらく固まった。
え。
待て。
これ、そういうことだよな?
普通の能力付与は、一度に一種類。
七海の動きもそうだった。
耐久を入れる。
敏捷に切り替える。
その瞬間、前の耐久は切れて今度は敏捷が入る。
少なくとも基本はそういう仕組みだ。
実際、ジョブ説明にも同時維持は一種のみと書かれていた。
でも、この報酬。
自身を対象にした能力付与に限り。
別の能力付与へ切り替えた後も。
直前の付与効果が一定時間保持される。
つまり。
自分に筋力付与を入れる。
そのあと敏捷に切り替える。
普通なら筋力は消える。
でも、自己付与残留があるなら、筋力が少し残る。
その状態で敏捷が乗る。
さらにやり方次第では、耐久も重ねられるかもしれない。
もちろん制限はあるはずだ。
一定時間と書いてある以上、ずっと残るわけじゃない。
保持中にもMPを消費するのかもしれない。
効果量が落ちる可能性もある。
そもそも今の俺のMPで、複数の付与を維持できるかも分からない。
分からないけど。
やばい。
これは、かなりやばい。
「……やばいじゃん」
思わず声に出た。
慌てて周囲を見る。
よかった。
誰もこっちを見ていない。
いや、危ない。
普通に声が出た。
でも仕方ない。
だってやばいから。
自己付与限定とはいえ、複数バフの保持。
それはつまり、自己強化型の付与術師として戦える可能性が、一気に現実味を帯びたということだ。
七海のようにパーティを支える。
それも正しい。
でも俺は、自分自身にバフを重ねて前に出ることもできるかもしれない。
付与術師。
やっぱり、当たりでは?
いや、少なくとも俺にとってはかなり面白いジョブだった。
そんなことを考えながら改めてステータス画面を確認していると、
ふと、いつもの項目とは別に見覚えのない欄が増えていることに気づく。
【ユニークジョブ進化条件達成状況】
「……は?」
また声が出た。
いや、待て待て。
何それ。
ユニークジョブ?
進化条件?
俺は急いで、その項目を開いた。
【現在達成数:1/3】
【ジョブ専用実績をあと二つ達成することで、ユニークジョブへの進化条件を満たします】
は?
いや、待て待て待て。
ユニークジョブ。
進化条件。
現在達成数、一。
あと二つ。
情報量が多い。
多すぎる。
そもそも俺、付与術師になったばかりなんですが?
ジョブ解放したばかりでもう進化先の話する?
気が早すぎない?
いや、でも。
でも俺は、すでにその条件を一つ満たしている。
やばいな。
さっきもやばいと言ったが、これはさらにやばい。
やばいのバーゲンセールである。
俺は完全に浮かれていた。
浮かれていたし、興奮していた。
七海に絞られたことも、鷹宮に注意されたことも、今この瞬間だけは少し遠い。
だって仕方ないだろ。
付与残響。
ユニークジョブ進化条件。
そんなものを見せられて、冷静でいられるわけがない。
あと二つ。
あと二つジョブ専用実績を達成すればいいのか?
その先に待っているのは、どんなユニークジョブなんだろうか。
もちろんそれは分からない。
見当すらつかないレベルだ。
でも、進むべき方向は見えた。
まずは付与術師の実績を確実に取り、
俺はユニークジョブへ進化を果たす。
最高におもしろい展開だぜ!
その時の俺は、そんな感じで完全に浮かれていた。
けれど、その頃。
ネットの片隅では、いくつかの奇妙な書き込みが上がっていた。
『実績達成したら世界初達成報酬って出たんだけど、これ何?』
『スクショ貼ろうとしたら投稿消された』
『同じ文面で上げ直しても消える。なんで?』
『世界初達成報酬って単語、検索しても出てこないんだが』
けれど、それらの書き込みは長く残らなかった。
数分で消えたもの。
画像だけが表示されなくなったもの。
投稿者のアカウントごと見えなくなったもの。
誰が消しているのか。
何のために消しているのか。
その時点では、まだ誰にも分からなかった。
ただ一つ確かなのは、世界初達成報酬という言葉がまだ世間に広まりきる前に、どこかで静かに消されていたということだった。




