ジョブ、解放
俺は目の前のウィンドウ――そこに表示された内容に目を奪われた。
【ジョブ:付与術師】
【アクティブスキル:付与領域】
【発動スキル:能力付与】
――は?
付与術師。
付与術師ってなんだ。
いや、言葉の意味そのものは分かる。
分かるけど。
今この瞬間に出てきてほしかった名前かと言われると、ちょっと違う。
もっとこう、なんかあるだろ。
剣士とか。
魔導師とか。
いや、別に分かりやすいやつがよかったってわけでもないが。
でも付与術師。
あまりにも支援職すぎる。
俺の中で一瞬だけ、
地味だな。
という感想が浮かんだ。
そしてその瞬間、完全に意識がそっちへ持っていかれていた。
まずい。
そう思った時にはもう遅かった。
理央の拳が目の前に迫っていて、俺は反射で体を捻る。
だが、半歩遅い。
避けきれない。
そう思ったところで、理央の拳がわずかに軌道を変えた。
頬のすぐ横を風が抜ける。
そのまま俺は大きく一歩下がった。
「……っ」
危なっ。
今の、普通に集中切れてた。
理央もそこで追撃はせず、軽く肩の力を抜く。
「今のは危なかったね」
「……すみません」
「集中力、切れてるよ。考えごと?」
「まあ、そんな感じです」
嘘ではない。
というか、考えごと以外の何物でもなかった。
頭の中は今、付与術師の四文字で埋まっている。
マジで付与術師ってなんなんだよ。
とりあえず確認したい。
ジョブの役割とか、スキルの効果とか。
今すぐ確認したい。
でも理央は待ってくれない。
というか演習中だ。
待たせるわけにもいかない。
「どうする? 続ける?」
「やります」
とは言ったものの、頭の中のノイズが消えてくれるわけじゃない。
付与術師。
付与領域。
能力付与。
地味だ。
めちゃくちゃ地味だ。
そんなことを考えながら理央の拳を捌くのだから、集中なんてまともにできるわけがない。
見えることは見える。
体も動く。
敵性観測も、姿勢制御+も、接触感知も、ちゃんと仕事をしている。
でも意識の配分が明らかにおかしい。
理央の動きを追いながら、その裏でずっとジョブのことを考えている。
自分でも分かる。
今の俺、かなりダメだわ。
なんて思っている間に、今日の対人演習は終わりを迎えた。
俺は軽く息を整えながら、壁際へ戻る。
それからすぐ理央が隣に並んだ。
「なんか今日、途中から様子おかしかったけど」
やっぱり来るよな。
そりゃそうだ。
「……ジョブ、解放された?」
俺はそこで少しだけ目を瞬かせた。
「なんで分かったんですか」
「いや、当たっただけだよ」
理央は肩をすくめる。
「タイミング的にもそろそろかなって思ってたし、急に明らかに別のこと考え始めたから」
なるほど。
それなら分かる。
というか、そりゃ分かるか。
あそこまで露骨に集中切れてたらな。
「じゃあ、佐伯さんに報告だね」
「はい」
そう。
ここではそういう決まりになっている。
レベル10到達、及びジョブ解放時は、その日のプログラム終了後に担当指導員へ報告。
ジョブ名。
アクティブスキル。
発動スキル。
それらをもらった用紙に記入して提出。
他者への開示は自由。
でも指導側への申告だけは必須。
その辺は前に説明を受けていた。
結構大事なところだから、さすがに俺もちゃんと覚えている。
「あとでなんのジョブだったか教えてね」
理央が嬉しそうにそう言う。
「……教えなきゃダメですか?」
「え、なんでそんな露骨に嫌そうな顔するのさ」
「そう、ですね。タイミングがあえば」
嫌とかではないけどさ。
あんまりこうグイグイ来られると、なんというか調子が狂って仕方がない。
こちとら万年帰宅部で先輩との関わりなんて、まともにして来なかったど陰キャなんだぞ。
「まっ、とにかく行っておいでよ」
「そうします」
そうして俺は理央と別れ、佐伯さんのところへ向かうことにした。
ちょうど今日のプログラムはこれにて終了。
まだ完全に人がはけきっていない会議室の一角で、佐伯さんは書類をまとめていた。
俺はその前まで行って、声をかける。
「佐伯さん、報告いいですか?」
「ん?」
佐伯さんが顔を上げる。
そして俺を見るなり、少しだけ目を細めた。
「来たか」
「はい。レベル10に到達しました」
「ジョブも?」
「解放されました」
佐伯さんは「そうか」と短く頷いた。
「レベル10到達時の扱いについては、前に説明した通りだ。一応改めて確認するが、ジョブ名、アクティブスキル、発動スキルを用紙に記入して提出してもらう。いいな?」
「はい」
「それと、レベル10になったからって即上級に上がるわけじゃない。その辺も分かってるな?」
「はい」
「昇格については、現上級組のメンバーと入れ替え戦を行う予定だ。時期が来たらまた案内する」
入れ替え戦。
このプログラム中、そんな説明がチラッとあった。
どんなことをするのか気になるが、今は自分のジョブを知る方が大事だ。
佐伯さんは引き出しから用紙を一枚取り出し、こっちに差し出してきた。
氏名。
現在レベル。
解放ジョブ。
アクティブスキル。
発動スキル。
急に役所みたいな書類である。
俺は近くの机を借りて、ペンを取った。
氏名。
氷室蓮。
現在レベル。
10。
ここまではすらすら書ける。
その次で、少しだけ手が止まった。
解放ジョブ。
俺は一瞬だけ考えてから、書いた。
付与術師。
……うん。
やっぱり字面だけ見ても地味だな。
派手さが一切ない。
アクティブスキル。
付与領域。
発動スキル。
能力付与。
そこまで書いて、用紙を見下ろす。
静かすぎる。
見た目があまりにもおとなしいな。
そう思いながら書き終えた用紙を渡すと、佐伯さんはそれにざっと目を通した。
「付与術師か」
「はい」
「自分ではどう思う?」
「……まだ何とも言えません」
これは本音だ。
良いとも悪いとも言えない。
さっき見た瞬間の第一印象だけならかなり地味の一言だが、俺はまだスキルの詳細を知らない。
なので判断保留である。
「まあ、そうだろうな」
佐伯さんはあっさり言った。
「氷室ほど近接戦闘に長けていれば、剣士のような戦闘系ジョブでなかったことを悔やむ気持ちも多少はあるだろう」
それから、手元の用紙を机に戻しながら続ける。
「だが支援系は支援系で、パーティじゃかなり重要になるはずだ。腐るなよ」
「はい」
腐るつもりはない。
というか、まだ腐るところまで行っていない。
今はただ、地味そうだなという第一印象が頭から離れないだけだ。
「以上」
「ありがとうございます」
俺は軽く頭を下げて、その場を離れた。
* * *
帰り道。
俺はようやくちゃんとジョブ画面を開いた。
【ジョブ:付与術師】
【アクティブスキル:付与領域】
【発動スキル:能力付与】
改めて見ても、やっぱり地味だ。
でもまあ、名前だけ見て判断しても仕方ない。
問題は中身だ。
俺はまず、アクティブスキルの説明を開いた。
【付与領域】
一定範囲内において、付与の成立を可能にする。領域内の対象に対し、能力値上昇を付与できる。対象には使用者自身も含まれる。効果量は使用者の熟練度および能力値に左右される。
……ほう?
俺はそこで足を止めた。
なるほど。
なるほどなるほど。
これはつまり自分の周囲に、付与を成立させるための場を作るスキルってことか。
で、その上で発動スキルの能力付与を使って、実際に何かしらの強化を乗せる。
よし、次だ。
【能力付与】
付与領域内の対象に対し、任意の能力値上昇を付与する。付与可能な能力値は、筋力・敏捷・耐久・魔力に限る。同時に維持できる能力値上昇は一種のみ。
「……いや、待て」
思わずそう漏らす。
これ、普通に面白くないか?
まず範囲型だ。
触れた相手一人だけとかじゃない。
一定範囲内ということは、立ち位置次第で複数にも効かせられる。
しかし同時に維持できる能力値上昇は一種のみ。
「……さすがに全能力値は付与できないわな」
まぁそりゃそうだ。
そんなことできたもんなら、紛れもないチートスキルすぎるし。
そして何より。
対象には使用者自身も含まれる。
その一文が、でかかった。
「……これ、自分にも乗るのか」
そうなったら話は変わってくるぞ。
もちろん、一人で無双する職ではないだろう。
そんなことは説明文からも一目瞭然。
それに効果量は熟練度と能力値に左右される。
つまり最初から何でもかんでも大幅上昇、なんて都合のいい話じゃない。
となると、だ。
付与術師ってのはパーティ内の立ち位置ってのが大事になってくる。
如何に仲間の中心に立ち、バフを付与しながら、自分でもそれなりに戦える。
どう考えても忙しい職だ。
でも。
「だからこそ、面白いな……」
気づけば、口元が緩んでいた。
まぁそうだな。
こういう時は試すが吉だ。
まずは、自分にバフってみるか。




