レベル10
ジョブについての動画を見てから、一週間が経った。
つまり。
週二回にも渡って繰り広げられている覚醒者養成プログラムが、五週目に入ったということだ。
数字にするとちょっとびっくりする。
もうそんなに経ってたのかよ、ってなる。
最初の頃は、いちいち施設へ来るたびに「でかいな」とか「国のやることって感じだな」とか思っていたが、さすがにここまで来ると少し慣れてきた。
少しだけだが。
いや、完全には慣れない。
そりゃそうだろ?
普通の高校生活の合間に、週二回だけ急に覚醒者としての訓練が入ってくるのだ。
慣れる方がどうかしてる。
ただ。
その「どうかしてる」側に、俺の感覚がじわじわ寄ってきているのは否定できなかった。
対人演習。
基礎訓練。
中級組メンバーとの距離感。
そのへん全部が、最初よりはずっと自然になっている。
少なくとも、会議室に入って「アウェーすぎるだろ……」と内心で呻いていた頃よりはマシだった。
まぁマシなだけで、友達が増えたとかそういう話じゃない。
「知らない顔」が「見覚えのある顔」に変わった程度だ。
だがそれだけでもだいぶ違う。
ちなみにプログラムが始まってからの数週間、当然実績も狙っていた。
ただ問題は、今の俺が普通の日常で取れそうな実績が思ったより限られていることだった。
ダンジョン内でどうこう。
モンスター相手にどうこう。
特定の環境でどうこう。
そういう条件は、そもそも外にいる時点で無理だ。
なら外で取れるものは何か。
そう思って実績欄を探してみると、一応それらしいものはあった。
【C:90日連続で、自身のステータスを確認する 現在:53日】
【B:10種類の実績を獲得する 現在:7/10】
【C:跳躍動作を累計1万回行う 現在:842/10000】
【B:戦闘中に、一定以上の衝撃を受けても姿勢を崩さず耐えることを累計1000回達成する 現在:117/1000】
この辺りは、地味に進めている。
まず、90日連続でステータス確認。
これはまあ分かる。
分かるけど、長い。
一日でも忘れたら終わりだと思うと普通に緊張感がある。
ちなみに今のところは53日。
次に、10種類以上の実績を獲得するやつ。
これはもう実績を取るための実績だ。
メタいな。
いや、でも分かりやすい。
まだ取っていない実績を10個取ればいい。
今は7個。
あと3個。
近いようで遠いよな。
というか、取れる実績を片っ端から取っていった結果が今の7個なので、ここから三つが中々にきつい。
そして跳躍動作を累計10万回。
現在842回。
もう一度言う。
目標が10万。
遠い。
普通に遠すぎるだろ。
家でちょっと跳んだくらいでは、焼け石に水どころか焼け石に霧吹きくらいの感覚だった。
最後は、戦闘中に一定以上の衝撃を受けても姿勢を崩さず耐えることを累計1000回。
これは多分、姿勢制御+と相性がいい。
相性はいい。
実際、対人演習中に何度かカウントは増えている。
現在117回。
ただし、条件的に衝撃を受ける必要がある。
つまり、誰かに殴られるか、蹴られるか、吹っ飛ばされかけるか。
そういう状況を1000回やれと言っている。
実績欄、たまに俺を殺そうとしてくるだよな。
つまり、この数週間で分かったことは一つ。
こういう長期的な実績は、確実にコツコツやってった方がいいってこと。
どこの誰までが実績に気づいて、実践してるか分からない以上、こっちは無難に積み重ねていくしかないわけだ。
おっとだいぶ話が逸れたな。
いや、別に誰とも話してないんだけど。
まぁそれはそうとして、
今日のメニューは対人演習らしい。
要は組手。
初日に俺が理央とやり合ったやつだ。
「よろしくね、蓮くん」
俺は目の前の相手を見て、思わず小さく息を吐いた。
いや、まぁここ最近の流れからして、そんな気はしていた。
していたのだが。
藤ヶ谷理央。
またお前か。
いや、まぁそろそろかなとも思ってた。
実際この五週、一度も当たってなかったわけだし。
というかやっぱりコイツが中級っておかしくない?
だってレベル10超えてるんでしょ?
ジョブあるんでしょ?
ダンジョン遠征も現在進行形で行ってるらしいし。
らしいというか、実際プログラム中も遠征行ってきますとか言ってたし。
という気持ちは当然ある。
あるが、もちろんそんなことは言えない。
「……よろしくお願いします」
俺がそう返すと、理央はいつもの柔らかい笑みを浮かべた。
「蓮くん、レベル10そろそろ?」
「はい。まさにそんな感じです」
理央は「おお」と少しだけ目を丸くした。
「いいね」
「そうですか?」
「うん。ちゃんとジョブ獲得できたら、その時はお互い本気でぶつかり合おうね」
「あー……機会があれば」
機会があれば。
便利な言葉である。
でも内心は完全にこうだ。
絶対嫌だ。
いやマジで。
こんなバケモンとお互い本気でぶつかり合ったら、死ぬ未来しか見えない。
前回だって途中で止められたからよかったものの、あのまま続いてたらマジでどうなってたか分からない。
いや、多分死んでたな。
理央はそんな俺の本心など知ってか知らずか、普通に楽しそうだった。
「あぁ〜楽しみだなぁ」
と呟く理央を「そう思ってんのはアンタだけだよ」なんて思いながら、俺はふと周りを見渡す。
周囲でも、同じように二人一組になって対人演習の準備が進んでいた。
前回みたいに、みんなの視線がこっち一択というほどではない。
それぞれがそれぞれの相手と向き合っている。
ただ、それでも何人かはちらっとこっちを見ている。
なんなら「あそこの戦い、終わってからやろうよ」なんて声も聞こえてきた。
ちょっと勘弁してほしい。
あんまり人から注目されるのに慣れてないからな。
「じゃあ各自、好きなタイミングで始めてくれ」
中級の指導担当、佐伯の声が飛び、それぞれが構えをとる。
俺も理央を見ながら、軽く息を吐いた。
これはあくまで対人演習。
別に命を取り合おうってわけじゃない。
それでも。
この男が目の前に立つと、それなりに圧がある。
他の中級の人がポメラニアンやチワワだとしたら、この人はシベリアンハスキーみたいな。
いや、例えが悪いな。
我ながら何言ってんだと思う。
「じゃ、軽くいこうか」
「はい。わかりました」
と、返した次の瞬間。
理央が踏み込んできた。
速い。
でも、前回ほどじゃない。
たぶん本当に軽く、なんだろう。
いや、一般的には全然軽くないが。
でも少なくとも、俺の知っている理央の中では軽い方だった。
迫る拳を避け、次の攻撃を掌で弾き、半歩退き、次の攻撃に備える。
そこまでやったところで、俺は少しだけ驚いた。
あ、これ。
前より見えてる。
もちろん理央の攻撃が遅くなったわけじゃない。
むしろ体感では十分速い。
でも。
前回みたいに「見えた」「死ぬ」「次」「重い」「無理」と脳内が圧迫される感じが、少しだけ減っていた。
敵性観測。
姿勢制御+。
接触感知。
そのへんが前より自然に噛み合っている。
あと単純に、理央の動きに少し慣れたのもあるかもしれない。
「お」
理央が小さく声を漏らした。
「いいね」
「何がですか」
「前よりずっと捌けてる」
「そんなことないですよ」
「いや、あるある」
会話しながら拳が飛んでくる。
やっぱり変だわ、この人。
でも、その変な人相手に、前回よりは会話できている自分にも少し驚く。
強くなったかと言われると、正直まだよく分からない。
でも少なくとも、慣れてきている。
それは間違いない。
「今更ですけど」
「うん?」
「理央先輩のジョブって、何なんですか?」
俺は理央の攻撃を掌で流しながら、ふと聞いてみた。
「ああ、言ってなかったっけ」
「聞いてないです」
理央は軽く首を鳴らし「そうだっけ?」とか言いながら、当然みたいに答えた。
「まぁ一応、剣士かな」
「……え、剣士なんですか?」
「うん」
踏み込んでくる。
拳が伸びる。
躱す。
続く蹴りを腕で受け流す。
「まぁそうなんだけど、僕としてはこうやって素手で戦う方が好きなんだよねぇ」
「どうしてですか?」
「だって武器とか卑怯じゃん?」
「そんなことないと思いますけど」
いや、それを卑怯と言い始めたら、大抵のRPG主人公や物語の勇者とかは卑怯ということになる。
じゃあ魔法とかもっと卑怯じゃん、とも思う。
てかさぁ、
この人、剣士のポテンシャルでこんな素手強いの?
普通に引くんだけど。
ちょっと戦闘民族すぎて怖いし、なんなら育ちとか気になってきた。
だって最近だよな。
覚醒者になったのって。
もしかして、この人だけ生まれつきそうなんじゃないか?
なんて思ったところで、
「蓮くんさぁ」
「はい」
「多分今、心の中で失礼なこと考えてるよね」
「……気のせいじゃないですか?」
「僕、だいたい目を見れば分かるんだよね。相手の考えてること」
理央はそう言って、優しく微笑んだ。
くそ。
怖いって。
よくそんな攻めながら笑えるよな!
「でも蓮くん、ここ数週間でまた強くなったね」
「そんなことないですよ」
「いや、あるよ。前より自分の体の使い方、分かってきたでしょ」
「……まあ、前よりは」
「うん。そういうの、大事」
また攻撃が来る。
今度は少し踏み込みが深い。
俺は半身になってそれを流し、逆に距離を詰めた。
腹を狙って打つ。
理央は腕で受けたが、それでも少しだけ重さは通ったらしい。
今日初めて、理央が後ろに下がった。
「おお。今のは危なかった」
「いや、なんで嬉しそうなんですか」
「そりゃ嬉しいでしょ。成長してるんだから」
なんだこの人。
ほんとに。
でもまあ、悪い人じゃない。
悪い人じゃないどころか、実はかなりいい人なんじゃないかと最近は思うようになってきた。
ちょっと面倒くさいだけで。
そう思った直後のことだった。
視界の端が、ぴくりと震える。
嫌というほど見慣れた、あのウィンドウの感覚。
え。
まさか。
次の瞬間、俺の視界に表示が走った。
【レベルが上がりました】
おっと来たぞ。
一瞬、心臓が跳ねる。
でも理央の拳は待ってくれない。
慌てて躱しながら、意識の端で次の表示を追う。
【レベル10に到達したため、ジョブを解放します】
うわ、マジで来た。
【アクティブスキルを付与します】
【発動スキルを付与します】
その文字が出た瞬間。
俺の口元が、どうしようもなく緩んでしまう。
「……っ」
理央がその変化に気づいたのか、わずかに目を細める。
「ん、どうしたの?」
「いや」
俺は理央の拳を受け流しながら、小さく息を吐いた。
「ちょっと、面白くなってきただけです」
そうして俺は次のウィンドウ――つまりジョブ内容が表示された画面に、目を奪われることになった。




