でかいチャンス
ジョブが解放された次の日。
水曜の昼休み。
俺と宗介は、校舎屋上の地面に腰掛けて弁当を広げていた。
屋上に吹き抜ける空気もわりと気持ちいい。
うん。
いい時間だ。
悪くないんだけど。
こうして普通に高校の昼休みをやっている今も、俺の頭の中は昨日解放されたジョブのことでいっぱいだった。
付与術師。
付与領域。
能力付与。
どう見ても支援職だし、なんなら一昔前のハズレ職感すらある。
でも、あの説明文を読んだ今となっては話が違う。
一定範囲内。
自身も対象。
同時維持は一種のみ。
制限があるからこそ逆に使い方の幅も分かりやすいし、なにしろ効果量が使用者の熟練度、能力値に左右されるってのもでかい。
ちなみに、昨日の夜に一応試してはみた。
帰ってすぐ、自分の部屋でステータス画面を開いて、付与領域と能力付与を発動する。
最初に試したのは筋力付与だった。
自分にかけた瞬間、腕の中に妙な熱が通ったような感覚があった。
痛みではない。
むしろ、体の奥に力が入りやすくなる感じ。
ステータスを確認すると、筋力の数値が上がっていた。
上昇量は、一割の半分……いや、そのさらに半分くらい。
つまり、ざっくり元の数値の二、三パーセント程度だと思う。
……いや、少なっ。
一瞬そう思った。
思ったんだけど。
それでも、レベルアップ以外でステータスが上がるという時点で普通にかなり大きい。
しかも、これはまだ覚えたばかりのスキルだ。
熟練度や能力値で効果量が変わるなら、今後伸びる可能性もある。
そう考えると、むしろ初期状態で少しでも上がっているだけ十分なのかもしれない。
試しに机の端を軽く持ち上げようとして、すぐにやめた。
いや、怖い。
自分の部屋で家具を壊したら、説明が面倒すぎる。
次に敏捷付与も試した。
これも上昇量はだいたい同じくらい。
一割の半分……の、さらに半分。
数字だけで見れば地味だ。
だが、一歩踏み出した瞬間、思ったより体が前に出て、普通にベッドの角に膝をぶつけた。
痛かった。
付与術師になって最初にやったことが、自室で膝をぶつけること。
だいぶ締まらない。
耐久付与も試した。
こちらも上昇量は同じくらい。
体の表面が少しだけ硬くなるというか、衝撃に対して構えやすくなる感じがある。
ただ、これも本当に効果を確かめようと思ったら、誰かに殴ってもらうか、何かにぶつかるしかない。
嫌だ。
自分の部屋で一人、壁に体当たりする高校生。
だいぶ終わっている。
一応、魔力付与も試した。
これも数値としては上がっている。
ただ、筋力や敏捷みたいに、体がその場で分かりやすく変わるわけではない。
能力付与を発動している時の感覚が少しだけ滑らかになった気はした。
気はしたが、正直まだよく分からない。
この辺りは、もっとちゃんと試さないと分からないだろう。
それに、能力付与は思ったより消耗する。
一回一回はそこまででもないが、維持しようとするとじわじわMPを持っていかれる感覚があった。
これ、調子に乗って使い続けると普通に危ない気がする。
結局、昨日の検証で分かったのは四つ。
自分にもちゃんと付与できる。
付与の効果はステータス上でも確認できる。
初期状態だと上昇量は、一割の半分……いや、そのさらに半分くらい。
そして、家の中で試すには危なすぎる。
以上である。
……いや、もっとちゃんと試したいんだけどな。
あれから寝る前までずっと頭の中でシミュレーションしていたし、朝起きてからも普通にその続きをしていた。
筋力を乗せたらどうなるのか。
敏捷を上げたら、どこまで動きが変わるのか。
耐久は分かりやすそうだけど、それだけで前に立てるのか。
魔力は……いや、今の俺にどれだけ意味がある?
みたいな。
完全に脳内がそっち寄りである。
「いいなぁ、蓮くん」
宗介が、おにぎりを持ったままそんなことを言った。
「何が?」
「ジョブ解放だよ。僕なんて、まだまだ時間かかりそうだからね」
宗介は少しだけ肩をすくめる。
「初級って、対人よりも基礎の方が多いし。経験値が入る機会もそんなに多くないんだよ」
「あーそうなのか」
それはまあ、そうだろうな。
初級はまず安全第一だ。
覚醒したての人間に、いきなり殴り合えってのもおかしな話だし。
「でも別に、焦って上がる必要もないだろ。それに宗介、お前は殴りあったりするの、あんまり好きじゃないだろ?」
「うん、まあそうなんだけどさ」
宗介は苦笑する。
「でも、やっぱ羨ましいものは羨ましいよ。僕も早くそうなれたらな、とも思う。ジョブって、なんか一気に本格的って感じするし」
「まあ、それはちょっと分かる」
実際、俺もそう思った。
いや、ちょっとどころじゃないか。
かなりそう思った。
レベル10。
ジョブ解放。
まだまだ強さに先がある。
それを知った時のワクワク感は、やっぱり俺の中でも大きかった。
「で、結局なんだったの? ジョブ」
宗介がそう聞いてくる。
俺は一瞬だけ箸を止め、それから答えた。
「付与術師」
「……おお」
宗介はちょっと微妙な顔になった。
「おお、って顔やめろ」
「いや、ごめん。別に悪い意味じゃなくて」
「今のは普通に悪い意味あっただろ」
「いや、なんていうか……もっとこう、剣士とか魔導師みたいなの想像してたから」
まあ、分かる。
俺だって最初そう思ったし。
「でも、意外と面白そうではあるんだよ」
「へぇ」
「昨日ちょっと試しただけでも、結構いろいろできそうだったし」
「そうなの?」
「まあ、部屋の中だったから本当に軽くだけどな」
しかも佐伯さんへの報告もあった。
本格的に試せたわけではない。
いや、本当は今すぐ使ってみたい。
使って自分の体がどう変わるのか、どの程度バフが乗るのか、そこを確かめたい。
でも平日にそれをやる場所なんて当然ない。
あぁ……覚醒者って、世知辛い。
「それにしても、付与術師かぁ」
宗介がしみじみ言う。
「パーティにいたら便利そうな名前だけど、一人だとどうなんだろ」
「そこなんだよな」
俺は弁当箱の唐揚げをつまみながら、思わず頷いた。
「普通に考えたら、後ろから味方を支援するタイプだと思う」
「だよね」
「でも、多分それだけじゃないんだよ」
「おっ」
宗介が少しだけ身を乗り出す。
「なんかもう、顔がゲームの話してる時の蓮くんになってきたね」
「どういう顔だよ」
「めんどくさい顔」
「ひどくない?」
「でもちょっと楽しそう」
それは否定できなかった。
実際、めちゃくちゃ楽しい。
まだちゃんと試せてないのに、もう頭の中では色んなことができそうな気がしている。
こういう、一見地味なのに使い方次第で化けそうなやつ。
俺は昔からそういうのが好きだった。
強キャラの最強技より、ハズレ扱いのスキルを組み合わせてゲームバランスをぶっ壊す方が楽しい。
元々そういう性格なのである。
そんな話をしていた最中、
ガチャッと屋上の扉が開く。
「二人とも、早いのね」
聞き慣れた、落ち着いた声。
振り向くまでもない。
壬生彩葉。
俺たちがいつもの教室ではなく、屋上で昼飯を食べるようになった元凶……というと聞こえは悪いが、まあそのきっかけとなった人物だ。
あれはちょうど、いつも通り宗介と教室で弁当を食べていた時のことだ。
『氷室くん、牧野くん。よかったら一緒にお昼食べない?』
そう言ってきたのが彼女、壬生彩葉だった。
学年で一番目立つ女子。
いや、目立つっていうか、もう色んな意味で注目されている人間だ。
成績。
容姿。
覚醒者としての資質。
多分全部高い。
そんなやつが、教室のど真ん中で普通に昼飯へ誘ってきたのだから、そりゃもう空気がざわつく。
あの時の視線は、今思い返してもなかなかのものだった。
痛いなんてもんじゃない。
刺さる。
普通に刺さりすぎた。
俺は別に悪いことしてないのに、なんかこう、教室全体から「お前ら誰だよ」みたいな無言の圧を向けられてる感じがした。
宗介なんて、あの時ほぼ固まってたし。
で、結論として。
屋上で食べることになった。
いいだろ?
目立たなくて。
そして彼女は相変わらずなんの気負いもなくこっちへ歩いてきて、当然のように俺たちの傍に腰を下ろした。
それから俺の顔を見る。
「ジョブ、解放されたの?」
「なんで知ってんの?」
「さっき聞こえてきたから」
「え、盗み聞き? いっけないんだぁ!」
「……」
怖い!
目が冷たすぎて、今にも殺されそう!
くそぅ。
まさかこんなタイミングで、我が妹のノリいいツッコミがほしくなるとは。
「……み、壬生さんもジョブ解放してるんだよね?」
この空気に居た堪れなくなったのか、宗介はそこで少し遠慮がちに口を開いた。
「してる」
「やっぱり、魔導師系?」
宗介がそう聞くと、壬生は短く頷いた。
「魔導師」
やっぱりな。
なんかもう、あまりにもそうである。
壬生が剣士でしたとか言われたら、それはそれで面白いけど、やっぱり一番しっくりくるのは魔導師だ。
「で、氷室くんは?」
壬生が視線をこっちへ戻す。
「付与術師」
「そう」
壬生は驚かなかった。
ただ、少しだけ考えるように目を細める。
「悪くはないと思う」
「え、じゃあいいジョブなのか?」
壬生は少しだけ首を傾げた。
「どう言えばいいか迷うけど」
そして、かなり現実的な声で続ける。
「正直、地味な印象。でもパーティに一人いると助かるタイプかな」
壬生は淡々と言う。
「逆に言えば、一人ではあまり何もできない」
「……厳しいな」
「事実」
まあ、そうなんだろう。
壬生はそういうところで変に言葉を濁さない。
「付与術師って、基本的には前に出るジョブじゃない。後衛か、中衛寄り。味方の近くにいて、支える側」
「なるほど」
一般的にはそう見えるだろうし、多分運用としてもそれが基本形だろう。
まあ想像通りっちゃ通りだ。
「でもいいよなぁ」
俺はふと、そんな言葉が口から漏れた。
「何が?」
壬生が少しだけ眉を上げる。
「壬生はダンジョン遠征とかで、週末はガチガチに戦ってるわけだろ?」
「まあ」
「ジョブのスキルとか、試し放題じゃん」
実際、それはかなり羨ましかった。
付与術師が本当にパーティとして機能するかどうかなんて、こんなの実際にパーティ単位でダンジョンに潜らないと実証できないことだからだ。
学校で一人悩んでいたって限界がある。
俺たちみたいな一般人がダンジョンにもぐれる日は、果たしていつになるのか。
マジでとほほって感じだわ。
「……じゃあさ、来てみる?」
「どこに?」
「週末。ダンジョン遠征に」
俺は一瞬、言葉を失った。
宗介も「えっ」と声を漏らしている。
そりゃそうだ。
だって今この人、とんでもないことを言ったからな。
しかもかなりさらっと。
「見学くらいなら、話は通せるかもしれない」
壬生は続ける。
「あくまで見学だけ。そこは勘違いしないで」
「いや、それでも十分すぎるんだけど」
思わず前のめりになる。
現場。
遠征。
実際の運用。
それを見られるなら、かなりデカい。
「一応聞くだけ聞いてみる」
その言葉に、俺は一瞬だけ黙った。
ここで「頼む」と食い気味に言うのは簡単だ。
でも、それをするのもなんか違う気がした。
壬生はもう、十分すぎるくらいこっちへ便宜を図ってくれている。
それ以上を当然みたいに受け取るのは違う。
「ありがたい」
だから、素直にそう言った。
壬生は小さく頷く。
「まだ決まったわけじゃないけどね」
「分かってる」
分かってるが、少しだけ胸の奥が熱くなった。
地味。
一人では何もできない。
パーティに一人いると助かる。
そういう評価自体は、多分変わらない。
でも、それでも。
付与術師について色々知れるかもしれない。
試せるかもしれない。
それだけで俺の心は、異様なまでの弾みをみせた。
そしてさらには、
もしかしてだけどこれ、久しぶりに実績取れちゃったりもする?
などなど。
色んな思考を巡らせながら、俺は週末をどうしようもないほど待ち遠しく感じているのだった。




