久々の実績、そして決着?
戦闘中、相手の肉体に掌で触れていく意味不明な実績を終えた後、
【世界初達成報酬を付与します】
【パッシブスキル:接触感知を獲得しました】
新たなスキルが刻み込まれた。
接触感知?
なんだその絶妙に地味なネーミングは。
と詳細を知る間もなく、理央がもう一歩踏み込んでくる。
やばい。
そう思った時には、俺の手が先に動いていた。
思わず掌で受け止める。
もう実績も終えたのに、ついだ。
だが掌で触れた、その瞬間だった。
今までなら腕の奥まで響いていたはずの重さが、するりと横へ抜けた。
「……っ?」
正面から受けたはずなのに、衝撃がまともに残らない。
消えたわけじゃない。
理央の力がどこから来てどこへ向かっているのか。
それが掌越しに伝わってくる。
拳の角度。
腕の張り。
肩の入り方。
踏み込んだ足の重心。
全部がはっきり見えるわけじゃない。
でも触れた瞬間に「あ、こっちへ流せる」と分かった。
俺は理央の右を正面から受け止めず、掌で外へずらす。
すると腕ごと持っていかれるはずだった衝撃が、芯を外されたみたいに流れていった。
続く左も同じだ。
拳に掌を合わせた瞬間、力の向きが分かる。
真正面で受けるんじゃない。
ほんの少し横へ逃がす。
それだけで理央の攻撃は俺の体を砕くものではなく、俺の横を抜けていくものに変わった。
そこでようやく分かった。
接触感知。
これ、相手の未来が見えるとかそんな大層なスキルじゃない。
ただ、触れた瞬間に力の流れが分かる。
重心の傾きが分かる。
次の動きに移るための、小さな起点が分かる。
地味だ。
見た目はびっくりするくらい地味。
でも――
これ、地味なまま強いやつだ。
理央の攻撃を右へ流し、左へ流す。
そしてわずかに空いた懐へ、
次はこっちの打撃を差し込んだ。
浅い。
だが初めてだった。
守ることしかできなかった状況から、攻めに転じれたのは。
「おっ」
周りから小さく声が漏れた。
大きな歓声はない。
周囲もこの試合に集中しているのがすごく伝わってきた。
理央も一歩だけ下がる。
大きなダメージじゃない。
でも、さっきまでとは明らかに違う。
理央の目が少しだけ細くなる。
「……へぇ」
なんというか、感嘆のこもった「へぇ」だった。
いや、楽しそうになったという方が正しいか?
「今のは、良かったね」
「どうも」
「何か掴んだの?」
「まあ、ちょっとだけです」
「そっか」
そう言いながら理央がまた踏み込んでくる。
速い。
さっきと同じくらい、いや、少しだけ速くなったか?
でも今度は、ただ押されるだけじゃなかった。
さっきまでなら守るのが精一杯だった理央の攻撃。
それが今は、触れた瞬間に少しだけ意味を持つ。
この拳は押し込むためのもの。
この肘は次へ繋げるためのもの。
この踏み込みは、俺の退路を潰すためのもの。
分かる。
全部じゃない。
でも、今までよりずっと分かる。
「……おい、なんか変わったぞ」
「さっきまで押されてたよな?」
「こんなのが中級なら、俺、ついていけねぇよ」
周囲のざわめきが少しずつ変わっていく。
最初は完全に理央有利だった。
それは事実だ。
でも今は違う。
押されてはいる。
それでも、一方的ではなくなった。
「すごいな」
「何がですか?」
理央は少しだけ距離を取った。
「……本当に高一?」
「そこですか」
「うん。ちょっと信じにくい」
「こっちだって、そっちが高二なの信じにくいですよ」
「それはお互い様かもね」
言いながら理央がまた構える。
そしてここでなんとなく空気が変わった。
「じゃあ、もう少しだけ速くするよ」
いや、今まででも十分速かったんですが。
そう思った次の瞬間、本当に速くなった。
視界の端を拳が走る。
避けた、と思った次の瞬間にはもう次が来ていた。
理央の攻撃は止まらない。
速いし、重いし、そのうえ一発ごとの繋ぎに無駄がない。
受けるだけでも精一杯。
そこへ掌を差し込み、接触感知で力の向きを拾い、なんとか威力を逃がす。
触れれば流れは分かる。
だが、触れる前に打ち抜かれたら意味がない。
触れた瞬間には次の攻撃がもう始まっていることもある。
強い。
接触感知を得ても、理央は普通に強い。
むしろこのスキルを得たからこそ分かる。
理央の攻撃は、単に速いだけじゃない。
一発一発が、次の一発のために置かれている。
正面の拳を流したと思ったら、流した先にもう次の攻撃がある。
逃げ道を塞がれている。
受け流しているはずなのに、少しずつ追い込まれていく。
それでも、今はまだついていけていた。
理央の右が伸びる。
俺はその軌道に掌を合わせた。
触れた瞬間、力の流れが掌に走る。
外へ流せる。
そう判断して、右へ逃がす。
その直後、理央の左肩がわずかに前へ出た。
来る。
中段の右フック。
敵性観測で、来る方向は読めている。
接触感知で、触れた拳の芯を外せる。
姿勢制御+で、崩れかけた重心も戻せる。
でもそれだけじゃ足りない。
ただ受け流すだけでは理央には届かない。
必要なのはここで一歩踏み込むこと。
流した右の反動で、理央の懐がほんのわずかに空いた。
怖い。
普通に怖い。
でも、ここしかない。
俺は半歩だけ内側へ入る。
理央の右フックが、すぐ横を通り抜けた。
風が頬を掠める。
近い。
近すぎる。
でも、その分だけ俺の左も届く。
不馴手の一撃。
俺はそのスキルが乗った左を最短で振り抜いた。
狙うのは、今一番隙ができた横腹。
鈍い手応えが拳に残る。
理央の体がぶれ、足が一歩、二歩、三歩と後ろへ下がっていく。
入った。
ちゃんと入った。
いつもより、はっきりと手応えを感じた。
坂上戦で獲得した急所補正が効いてるのかもしれない。
だが――
理央は倒れない。
崩れない。
呼吸を乱すでもなく、ゆっくりと顔を上げる。
その様子を見た瞬間、背筋に冷たいものが走った。
……いや、待て。
これ、ほとんど効いてねぇ顔してるぞ。
ぞわりと粟立つ。
目の色が変わっていた。
さっきまでの理央とは違う。
柔らかいとか爽やかとか、そういう表面のものが一枚剥がれて、その奥にある何かが見えた気がした。
「……ははっ、いいね」
理央が、小さく笑う。
でもその笑みは、さっきまでの柔らかいものじゃない。
楽しそうなのに、妙に怖い。
「最高すぎるよ。君が相手なら、もう少しだけギアを上げてもよさそうだね」
やばい。
それは直感だった。
理屈じゃない。
明らかに何かが変わった。
理央の中の眠っていた何かが目覚めた。
それが今まさに、目の前で具象化されたような感覚だった。
「そこまでだ!」
佐伯の鋭い声だった。
さっきまでとは明らかに違う、止めるための声。
「それ以上はやらせん」
ホールが、一瞬だけ静まり返る。
理央はその場で止まり、数秒だけ黙っていた。
それからふっと息を吐くと、さっきまでの危うい空気を引っ込めるみたいに肩の力を抜いた。
「理央、本気を出すなと言っただろ?」
「……あ、はい。すみませんでした」
その顔には、また元の理央っぽい柔らかさが戻っていた。
でもさっき見えたものが気のせいじゃなかったことだけは、はっきり分かる。
佐伯さんが一歩前に出る。
「勝敗はここまでにする。引き分けだ」
引き分け。
最前線の相手と互角に渡り合えた。
なんて実感はない。
いや、持てるはずがない。
理央は本気じゃなかった。
あれよりも上の力を秘めていた。
多分あの人が本気を出したら、俺なんてイチコロだっただろう。
「いやぁ、参った参った」
理央はそう言ってこっちへ歩いてくる。
そのまま自然に手を差し出してきた。
「久しぶりに楽しかったよ」
「それはどうも」
俺も息を整えながら、その手を取る。
理央はそこで少しだけ声を落とした。
「でも本当にすごいね、蓮くん」
「……そう言われても素直に喜べないんですけど」
当然だ。
本気じゃない理央と互角とか、実質負けたも同然みたいなところあるからな。
「いやいや蓮くん、君の実力はどう考えても上級寄りだと思うよ。ダンジョンが封鎖されている今の時点でこれは相当ヤバいって」
「です、かね」
そこで佐伯が一歩前に出る。
「よし、二人とも下がって休憩してろ。次、手合わせしたい人はいるか?」
その提案で、この場が静まり返る。
誰も手を挙げようもせず、むしろ佐伯と目さえ合わそうとしない。
今の見て、戦いたくなくなったんだろうな。
色んな意味で。
なんてふと思った。
「……ね、また時間できたらさ、僕とゆっくりお話でもしようよ」
部屋の中央から壁際に向かう途中、隣にピタリと並ぶ理央がそう言ってきた。
「いやいや、野郎二人で何話すんですか」
「はは、野郎二人だなんて。物騒な言い回しだなぁ、蓮くんは」
と笑いつつ、理央は俺と同じように、壁に背を預けてその場で座り込む。
えっと、改めてなんだこの人。
人懐っこい犬みたいに寄ってくるんだが。
一応先輩だから言葉は選ぶとして、変な人に目をつけられたもんだわ。
俺は内心深くため息をついた。
* * *
その日の夜。
施設の一室では、九条雅臣が一人、机の上の書類に目を通していた。
今日の初回オリエンテーションの簡易報告。
参加人数。
振り分け人数。
初級、中級、上級、それぞれの所感。
九条は順に目を通していく。
その中で、ノックの音がした。
「入れ」
短く返す。
入ってきたのは中級の指導者、佐伯だった。
「あまり先輩が残業してると、後輩の私たちが帰りにくくなるじゃないですか」
「お前はいつも早く帰ってるだろ」
九条は書類から目を離さないまま、佐伯の軽口を返す。
「で、何だ」
「今日の中級組の件で少し」
その言葉に、九条はようやく顔を上げた。
「何かあったのか」
「ええ。おもしろいことがありまして」
おもしろいこと。
佐伯の口からそう聞いたのは、十年来の仲の九条でさえ初めてのことだった。
「藤ヶ谷理央と手合わせさせたある高校生がいたんですが」
「理央と?」
「はい」
「……で?」
「互角以上でした。止めなければ、どう転んでいたか分かりません」
一拍、間が空いた。
九条は佐伯を見たまま、何も言わない。
「ジョブスキルは、使ったのか?」
九条が低く言う。
「いえ、使う手前で私が止めました。が、あのままだと、おそらく使うことになっていたでしょう」
ジョブスキル。
レベルが10に上がった時、覚醒者にはそれぞれのジョブとジョブスキルを得られる。
例えばオリエンテーションで振り分けを担当した柏崎ゆら。
彼女のジョブは鑑定士。
そしてジョブスキルは鑑定。
こういったもののことを言う。
「週末は、国の精鋭連中と一緒にダンジョンに入ってる理央が、ジョブスキル発動にまで追い込まれるとはな」
「はい」
佐伯は短く頷く。
「名前は?」
「氷室蓮。高校一年生です」
九条はそこで初めて、報告書の名前欄に視線を落とした。
「……氷室蓮」
短くその名をなぞるように呟いてから、九条は小さく息を吐いた。
「やはり覚醒者養成プログラムの開催は、正解だったようだな」
ぽつりと、九条はそう言った。




