第31章 計画どおりにいかない
四十二個の仕事は、三日で渋滞した。
月曜に終わらなかった英語長文が火曜へ移り、火曜の理科復習が水曜へ押し出された。水曜には学校行事の準備が入り、数学の見直し演習が木曜へ逃げた。
計画表には、右向きの矢印が増えた。
「借金みたいだな」
蓮が言う。
「違うところは、利子まで自分で書き込んどることじゃ」
神崎は口を出さず、矢印の先だけを眺めていた。
蓮は一日二時間半で組んでいた。しかし英語長文一題は、解いて終わりではない。丸付けをして、知らない単語を確認し、間違えた理由を書くと五十二分かかった。予定は三十分だった。
理科の検索練習にも、答え合わせの時間が入っていない。
計画の中の蓮は、丸付けをせず、疲れず、学校行事にも呼ばれない。
現実の蓮より、ずいぶん優秀だった。
木曜の夜、蓮は時間を作った。
睡眠から。
日付が変わっても、机には単語帳と理科の一問一答が開いていた。
「あと三十個」
「明日に回せ」
「また借金になる」
「今、誰から借りとる」
「明日の俺」
「そいつは返済能力が低いぞ」
蓮は聞かなかった。
翌朝、前夜に覚えた単語を白紙へ書こうとして、十二語目で止まった。数学では符号を二つ落とし、授業中に指名されても問題文の場所が分からなかった。
喉が少し痛い。
「睡眠から借りた時間は、翌日の頭から利子付きで取られる」
神崎が言った。
「昨日は覚えた」
「覚えた気になった。今、取り出せん知識を、本番でどう使う」
蓮は答えず、計画表の金曜日へまた矢印を書いた。
週末、美咲との確認日が来た。
二人は塾の空いた机で、それぞれの計画表を開く。
蓮は来る直前、未達の項目を薄く書き直していた。予定していた問題数を十問から五問へ変えれば、五問完了になる。
美咲は紙を窓の光へ傾けた。
「ここ、消した?」
「予定を修正した」
「いつ?」
「さっき」
「終わったあとに?」
蓮は黙った。
「私に見せるための計画なの?」
「違う」
反射的に否定してから、消しゴムのかすを払う。
「……ちょっとは」
同じ高校を目指すと言った。四十二点を仕事に変えた。そんな自分が、最初の一週間で半分近く残したとは見せたくなかった。
美咲は自分の手帳を開いた。難問演習の欄が三つ空いている。
「私も終わってない」
「美咲でも?」
「その言い方、嫌い」
「ごめん」
「私が見せたいのは、できた私だけじゃない」
美咲は蓮の消し跡を指した。
「失敗を隠したら、来週も同じ時間で組むでしょう」
二人は決めた。
確認するのは達成数ではない。予定と実績の差。その理由。来週変えること。
互いの計画を管理しない。できなかったことを、罰にもしない。
「でも、嘘はなし」
「それは、お互いな」
美咲がうなずいた。
蓮は三十四項目を数えた。
終わったのは二十。
二十割る三十四。五十八・八パーセント。
「半分以上はやった」
「半分近く残した、とも言える」
「どっちだよ」
「数字は同じじゃ。使い方を決めるのはお前じゃ」
蓮は新しい紙を出した。
「全部、組み直す」
「何を守る」
「計画」
「守るべきは予定か、得点か」
赤ペンは動かなかった。
蓮は三十四項目を分けた。
残すもの。英単語の検索練習。数学の基礎問題。理社の想起。初見テスト。睡眠。
減らすもの。難問。きれいなまとめ。同じ問題の過剰な反復。
移すもの。英単語の確認は学校の昼休み。社会の一問一答は塾の開始前。
体調が悪い日にもゼロにしない最低単位を決めた。英単語十語。数学基礎五問。理社は一項目を白紙へ書く。
「少なくない?」
蓮が聞く。
「最低じゃからな。元気な日の目標と混ぜるな」
さらに週に二枠、何も予定を入れない時間を作った。遅れを戻すための空白だった。
「空白があると、さぼってるみたいだ」
「予定を詰めると安心する病気じゃ」
神崎は鼻で笑った。
「勉強した気になる病気より、少しだけ上等じゃがな」
蓮は古い計画表を破りかけた。
中央まで折り、止めた。
失敗した計画を捨てれば、次も同じ自分を基準にしてしまう。
予定三十分。実績五十二分。
予定二十問。実績十二問。
予定就寝十一時。実績午前零時四十分。
赤い予定の横へ、青で実績を書いた。
新しい計画は二十四項目になった。
三十四から十も減ったのに、逃げた感じはしなかった。初めて、現実の自分が実行する紙になった。
一週間後、英語の初見テストを受けた。
百点満点で四十六点。
前回は四十三点。
「三点しか上がってない」
答案を裏返したくなる。
「三点の場所は?」
美咲が聞いた。
単語問題が二点。整序が一点。長文後半は、また時間切れ。
「三点しか、じゃないよ」
「三点も、って慰める?」
「違う。どこが三点になったか分かるって言ってる」
蓮は答案を戻した。
次に測るのは、長文前半を読む時間。単語で止まった回数。設問一問あたりの処理時間。
三点は成功ではなかった。
ただ、次に動かす場所を示す数字にはなった。
「まだ基礎?」
背後から声がした。
知花颯真が、校外模試の成績表を持って立っていた。上位者欄に名前がある。
「入試まで何か月だと思ってる。今さら単語とか、大問一とかやってる時間ないだろ」
馬鹿にした口調ではなかった。
本気で、間に合わないと思っている顔だった。
「俺は過去問を回す。出る形を全部潰す」
颯真は成績表を畳んだ。
「基礎に戻って順位を落とす方が怖い」
蓮は反論できなかった。
四十六点の答案と、颯真の上位成績。
今の数字だけを見れば、正しいのは颯真だった。
神崎の赤ペン補講 計画を守るより、計画を直せ
一 計画錯誤
人は、課題に必要な時間を実際より短く見積もりやすい。問題を解く時間だけでなく、準備、丸付け、誤答分析、休憩まで含めて記録する。
二 実績時間
最初から正確な計画を作ることは難しい。予定時間と実際にかかった時間を並べ、次週の見積もりへ使う。失敗した計画も重要な資料になる。
三 睡眠
睡眠を削ると学習時間は増えたように見えるが、注意力、判断、記憶の取り出しが落ちる可能性がある。就寝時刻も学習計画の一部として固定する。
四 最低実行単位
疲労や行事で通常の課題ができない日にも、完全なゼロを避ける小さな単位を決める。ただし最低量だけで合格できるわけではない。習慣を切らさないための下限である。
五 予備時間
一週間を予定で埋めない。遅れ、体調、学校課題へ対応できる空白を先に確保する。空白は怠けではなく、計画の耐久性である。
六 達成率
達成率百パーセントが必ず良いとは限らない。簡単すぎる計画なら達成できる。未達の数だけでなく、得点につながる重要課題が実行できたかを見る。
七 三点の中身
点数変化が小さくても、どの問題で増減したかを確認する。偶然、同じ問題の記憶、初見で使える力を区別し、次の行動を決める。




