第25章 十四点を取りに行く
神崎の赤ペンは、もう机の上になかった。
薄い指の間には残っている。けれど色が抜け、線を引いても紙には何も残らない。
蓮は、自分の赤ペンを持った。
百五十一点の答案を五教科に分ける。国語、数学、英語、理科、社会。その上に、次の模試で取る点を書いた小さな付箋を置いた。
国語、二点。
数学、四点。
英語、三点。
理科、二点。
社会、三点。
合計十四点。
「少ないな」
神崎が言った。
「百六十五点までの十四点だから」
「難問を一問解けば、もっと取れるぞ」
「解ければな」
「逃げるのか」
以前なら、そこで腹を立てた。
蓮は数学の答案を神崎へ向けた。
「逃げる。今は」
関数の後半。正答率の低い問題。前回はそこへ時間を使い、後ろの作図と証明を落とした。
「俺は、解けるようになりたい問題と、次に取る問題を分ける」
神崎がサングラスの奥で笑った。
「では質問じゃ。なぜ、その十四点なんじゃ」
答えは、答案の中にあった。
*
国語の二点は、説明文の記述から取る。
蓮はこれまで、本文に線を引けば読む準備ができたと思っていた。今は、設問が求めるものへ先に印をつける。
理由を二つ。
対比を用いて。
三十字以内。
要求を分け、必要な根拠だけを本文から拾う。
数学の四点は、大問一と二、作図、証明。
計算の速度を測った。符号を落とした箇所を分類した。作図は条件を声に出し、証明は骨格を白紙から再現した。
英語の三点は、単語と長文。
知らない単語をゼロにはできない。中一、中二の語彙を、見れば分かる状態から、文の中ですぐ出る状態へ近づけた。長文では全部を日本語にせず、主語、動詞、接続語を取る。
理科の二点は実験。
変えた条件。そろえた条件。観察結果。三列の表にする。
社会の三点は資料。
地図、統計、年代を別々に覚えない。一つの問題でどれを使うか、混ぜて練習した。
「失敗したら、どうする」
神崎の二つ目の質問だった。
「どこが計画と違ったか見る」
「全部外れたら」
「次の計画を作る」
「ワシの計画へ戻らんのか」
蓮は赤ペンの蓋を閉めた。
「戻らない」
*
十一月の県内模試の数学は、嫌な順番で出た。
基礎計算を終えた後、関数の問題が目に入った。
途中までは分かる。あと少し考えれば式が出そうだった。
あと少し。
試験中、その言葉ほど時間を食うものはない。
蓮の頭の中で、問題用紙が巨大な扉に変わった。関数のグラフが鉄格子のように立ち、向こう側へ四点が見える。
以前なら、体当たりした。
今は時計を見る。
予定より二分遅い。
神崎は教室の後ろにいた。腕を組み、何も言わない。答えを知っている顔さえしなかった。
蓮は関数問題の左上へ、小さな三角をつけた。
飛ばす。
ページをめくる。
作図。条件を一つずつ確認する。
証明。対応する辺の順序を崩さない。
難問の扉を開けなかったことで、後ろにあった小さな入口へ手が届いた。
最後に二分余った。
関数へは戻らない。先に符号と単位を見直す。
難問を捨てるとは、考えることをやめることではなかった。
取ると決めた問題を、最後まで守ることだった。
*
国語の説明文では、線を引きたくなる文がいくつもあった。
蓮は設問へ戻った。
理由を二つ。
本文中の同じ言葉を探すのではない。筆者が対比させた二つの考えを拾う。
線は二本で止めた。
英語長文には、知らない単語が出た。
喉の奥が狭くなる。
その単語が分からなければ、一文が分からない。一文が分からなければ、その先も全部分からない。
四月の蓮なら、そこで英文へ腹を立てた。
今は、知らない語を丸で囲み、前後を見る。
主語。動詞。逆接の接続語。次の文の代名詞。
単語一つが空白でも、文章全体まで白紙にはならなかった。
理科の実験問題は、条件が文章の中に散っていた。
蓮は余白へ三列の表を書いた。
変えたもの。
そろえたもの。
結果。
社会の資料問題では、地図と統計と年代が一度に出た。以前なら「習っていない出し方」と文句を言っただろう。
知識は別々に覚えた。
問題は、それをつなげろと言っている。
県の位置。産業。交通。年代。
一つずつ、使う理由を確かめた。
五教科とも、完璧には解けなかった。
英語の最後は時間が足りない。数学の関数は戻れない。国語の記述も、自信は半分しかない。
それでも、試験を終えた蓮は、解けなかった問題より先に、取ると決めた問題を思い出した。
*
返却の日。
知念は五枚の答案を机へ並べた。
蓮は合計点を隠した。
「何してる」
「先に見る」
国語の記述。丸。
数学の作図。丸。証明。丸。基礎計算は一問落とした。
英語長文。狙った設問のうち二つ取れた。
理科の実験。丸。
社会の資料問題。想定より取れている。
国語三十六。
数学三十五。
英語三十。
理科三十二。
社会三十五。
蓮は数字を足した。
もう一度足した。
「百六十八」
声が大きくなった。
自習室の生徒が振り向く。
「百六十八!」
今度は隠さなかった。
四月の百点。秋の百五十一点。そして百六十八点。
目標より三点多い。
神崎が横から答案を覗いた。
「三点、余ったな」
「余ってない。取った」
「計画より取れた」
「そう」
「計画が外れたとも言う」
蓮の喜びへ水を差す言葉だった。
それでも、以前ほど腹は立たない。
理科は計画より一点多い。社会は二点多い。数学の基礎は一問落とした。英語は予定通りではない取り方をした。
百六十八点は、計画の完全な成功ではない。
計画し、実行し、外れ方まで確認できる場所へ来たという結果だった。
「先生」
「何じゃ」
「百六十五、超えた」
「見れば分かる」
「もっと喜べよ」
「ワシの点ではない」
神崎はそう言ってから、わずかに口元を上げた。
*
百六十八点の話は、すぐ広がった。
陽向が最初に答案を見た。
「数学、何で関数を飛ばせたの」
「後ろに取る問題があったから」
拳は数学の答案だけを取り上げた。
「この関数、解けるけど」
「今はお前の自慢を聞いてない」
「でも作図、俺は落とした」
海斗は英語の勉強表を見た。
「単語、何個ずつやった?」
凛は時計を見ながら、社会の資料問題を開いた。
「十五分でできるやつある?」
奏太は、蓮の得点設計表を指した。
「次、俺は何をやればいい?」
机の上へ、六人分の答案が広がった。
同じ教室で、同じ模試を受けた。
それでも、空白の場所が違う。
拳は数学の難問を解き、英語の基本語で落とす。
陽向は学校範囲には強く、初見の選択で迷う。
海斗は例題があれば進めるが、最初の手順を作れない。
凛は理解する前に、帰宅時間が来る。
奏太は、次の課題を自分以外の誰かへ決めてもらおうとしている。
蓮は、自分の十四点表を人数分コピーしかけた。
神崎が何も言わずに見ている。
蓮はコピー用紙から手を離した。
「まず、自分の答案出して」
「何するの」
「何を落としたか、分ける。次に、何点取るかは自分で決める」
奏太が困った顔をした。
「決められない」
「じゃあ、選択肢は一緒に出す。でも最後は奏太が決めろ」
神崎の赤ペンは薄いままだった。
蓮の赤ペンは、六枚の答案の中央にある。
百六十八点を取った方法は、百六十八点を取った蓮にしか、そのままでは使えなかった。
神崎の赤ペン補講
第25回 目標点を「取る問題」まで分ける
1.合計点だけでは行動できない
「次は165点を取る」という目標だけでは、今日何を練習するか決まりません。
・現在点
・目標点
・差
・教科別に増やす点
・どの種類の問題で取るか
まで分けます。
2.得点源を選ぶ
優先しやすいのは、
・正答率が比較的高い
・一度学んだ範囲
・復習で改善可能
・配点と学習時間の釣り合いがよい
問題です。
難問を学ぶ価値がないという意味ではありません。期限内に合格点を作るときの優先順位です。
3.捨て問を決める
試験中は、すべてを同じ熱量で解きません。
・時間を使いすぎる問題
・現在の学力では再現性が低い問題
・後ろに取りやすい問題が残っている場合
には印をつけて飛ばします。
余った時間で戻ります。
4.五教科で増点方法は違う
国語:
設問要求と根拠、記述要素。
数学:
基礎正答率、処理速度、作図、証明、問題選択。
英語:
語彙の取り出し速度、文構造、長文処理。
理科:
用語、実験条件、因果、計算。
社会:
用語、地図、資料、年代、因果。
同じ「三点」でも、必要な練習は違います。
5.計画は外れる
予定した教科で取れず、別の教科で伸びることがあります。
結果が目標を超えても、
・何が再現できたか
・何が偶然だったか
・どこで計画と違ったか
を確認します。
6.成功法をそのまま配らない
同じ点数でも、原因は異なります。
・知識不足
・処理速度
・時間不足
・学習環境
・課題選択
・自分で始められない
他人の成功例は参考になりますが、答案を見ずに同じ計画を使わないことが重要です。




