↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/42

第22章 合格できる学校、払える学校

 蓮の母は、授業料の欄を最後に見た。

 最初に目へ入ったのは、入学する前に払う金だった。

 受験料。入学手続時の納付。制服。体育着。教材。端末。施設に関する費用。毎日の交通費。学校行事。模試。必要なら講習。

 白い封筒から出した一覧を、電卓へ一つずつ打ち込む。

 授業料には支援制度がある。案内にも、大きな字でそう書かれていた。

 けれど、「授業料を支援する」と「高校生活に金がかからない」は、同じ文章ではなかった。

 どの費用が対象なのか。いつ申請するのか。学校へ払う日と、支援が反映される日は同じなのか。入学金を先に納める必要はあるのか。特待は何人で、三年間続くのか。

 分からない箇所へ線を引くほど、安心できる箇所が減った。

 母は給与明細と、家賃、光熱費、食費を並べた。

 電卓の液晶に出た数字を消す。

 もう一度足す。

 結果は変わらなかった。

 台所へ来た蓮の足音がして、母は封筒を裏返した。

「何でもないよ」

 自分でも、聞き覚えのある嘘だった。

     *

「昨日の封筒、何」

 翌朝、蓮が聞いた。

「学校でもらった資料」

「見せて」

「受かってから考えればいいさ」

 母は笑った。

 蓮も笑い返そうとしたが、食卓に電卓が残っている。メモ用紙には、強く消した数字の跡があった。

「払えないの」

「そういう話じゃない」

「じゃあ、どういう話」

「まだ受かってもいないでしょう」

 それは正しかった。

 蓮の現在地は百五十一点。琉星学院を語る前に、合格点へ届かなければならない。

 だからこそ、今は金の話をしなくていい。母はそう考えている。

 蓮には、別の意味に聞こえた。

 期待して落ちたとき、使わなかった金の心配までした自分が馬鹿に見える。母はそれを避けたいのかもしれない。

 あるいは、受かったときに初めて、行けないと言うつもりなのかもしれない。

 分からないことは、悪い方へならいくらでも増えた。

     *

「特待を取ればよい」

 神崎は簡単に言った。

 放課後の自習室だった。

「琉星学院は当日点を重く見る。上位特待を狙えば、費用の問題も軽くなる」

「何点で取れる」

「上位へ入る点じゃ」

「何人」

「年度で違う」

「一年で成績落ちたら、どうなる」

「学校の規定次第じゃ」

「入学金は」

「確認せい」

「いつまでに払う」

「確認せい」

 蓮は神崎を見た。

「何も知らないじゃん」

「受験戦略と学校の会計は別じゃ」

「母さんがいつ現金払うかも知らないだろ」

「知らん」

「先生、家賃払ったことある?」

「生前はあるわ。ワシを何じゃと思っとる」

「今は払わないじゃん」

「霊に家賃を請求する大家がおるか」

 笑いそうになった。

 だが、笑った後に残ったのは、神崎にも分からないという事実だった。

 神崎は東京の有名塾で、多くの受験を見てきた。偏差値も、問題も、合格確率も知っている。

 それでも、この家の口座に、入学手続の日までいくら残るかは知らない。

「特待を取れ、で終わらせたくない」

 蓮が言うと、神崎は赤ペンを回した。

「なら、取れなかった場合まで書け」

     *

 その夜、母は封筒を蓮の前へ置いた。

「先に言うけど、諦めろって話じゃないよ」

「うん」

「行けるって約束でもない」

「うん」

 母は数字を一つずつ説明した。

 授業料には制度があること。申請が必要なこと。授業料以外にも負担があること。学校独自の特待には条件があること。交通費は毎月続くこと。入学時には短い期間に支払いが重なる可能性があること。

「このくらいなら、今の生活を大きく崩さず払える」

 母が線を引いた。

「ここを超えると、貯金を使う。さらに超えるなら、ほかの方法を探さないといけない」

「じゃあ、受けない」

 言葉は、考える前に出た。

 母が首を振った。

「それも違う」

「だって、無理なんだろ」

「無理かどうかを調べるために見せてるの。あんたに遠慮させるためじゃない」

「でも」

「私が黙って、最後に駄目って言う方がいい?」

 よくなかった。

 母が全部背負い、蓮は勉強だけしていればいい。そう言われた方が楽ではある。

 けれど、それは美咲が親から与えられた志望校を、自分の希望だと思おうとした形と似ていた。

「何を調べればいい」

 母は、費用一覧の余白へ書き始めた。

 特待の人数。判定方法。継続条件。入学金の扱い。延納や分納が可能か。公的支援の対象。申請時期。制服や教材の概算。通学方法。特待を失った場合。

「多いな」

「高校三年分だからね」

「合格するより難しくない?」

「合格はあんたの担当。払う方法は一緒に考える」

 その分け方なら、蓮にも持てる気がした。

     *

 知念に相談すると、答えではなく、問い合わせる先を渡された。

「支援制度は年度で変わる。学校独自の費用や特待も違う。古い口コミだけで決めるな」

「塾で全部分からないんですか」

「分かったふりをするより、学校へ聞いた方が正確だ」

 神崎が小さく咳払いをした。

 蓮は質問表を作った。

 合格できるか。

 通い続けられるか。

 二つを別の列にした。

 志望校判定。特待。入学時に必要な額。毎年の負担。交通費。通学時間。部活動。補習。特待を失った場合。合わなかった場合の選び直し。

 母が横から一項目加えた。

「昼ごはん」

「そこ?」

「毎日のことが、いちばん積み重なるの」

 神崎は表を見ながら言った。

「ワシの受験表には、なかった項目じゃな」

「だから先生、生徒の生活見えてなかったんじゃない」

 蓮は冗談のつもりで言った。

 神崎は笑わなかった。

「そうかもしれん」

 内申面談の夜に触れた何かが、まだ神崎の中に残っている。

     *

 母は、琉星学院の受験を認めたわけではない。

 反対したわけでもない。

「この条件を調べて、それでも行きたいなら、次を考えよう」

 結論を先に渡さなかった。

 蓮は費用一覧を自分のファイルへ入れた。模試の成績表と同じ場所だった。

 合格点を取ること。

 払える方法を探すこと。

 通い続けられるか考えること。

 どれか一つだけを隠せば、進路は希望か現実のどちらかに潰される。

     *

 同じ頃、黒瀬は美咲と母親の前へ、一枚の資料を置いていた。

 琉星学院の合格可能性。大学進学実績。特待の見込み。学校環境。卒業後の選択肢。

 数字は整然としていた。

「宮城さんには、届く力があります」

 黒瀬は美咲ではなく、母親だけに話しているわけではない。二人を等しく見ていた。

「ここで志望を下げることにも、損失があります」

 美咲の母は頷いた。

 美咲は資料を見た。

 数字は嘘をついていない。

 だからこそ、その数字が自分の代わりに結論を出すことが怖かった。


神崎の赤ペン補講

第22回 高校の費用は「授業料」だけではない

制度確認日:2026年7月27日

制度は改定されるため、申請時には文部科学省、都道府県、学校の最新案内を確認してください。

1.授業料支援

2026年4月から、高等学校等就学支援金制度は所得制限が撤廃されました。私立高校全日制の支給限度額は月38,100円、年換算457,200円です。

ただし、申請手続きが必要です。また、学校の授業料が支給限度額を上回る場合や、授業料以外の費用は別に確認する必要があります。

2.授業料以外の支援

高校生等奨学給付金は、授業料以外の教育費負担を軽減する制度です。対象、金額、申請方法は都道府県等で異なります。沖縄県にも私立高校生向けの案内があります。

3.確認する費用

・受験料

・入学金、入学手続時納付金

・授業料

・施設費等

・制服、体育着

・教材、端末

・交通費

・行事費

・模試、講習

・昼食など日々の費用

4.確認する時期

支援を受けられることと、入学時に現金が不要であることは同じではありません。

・学校へ払う期限

・支援の申請時期

・支援が反映される方法

・延納、分納の可否

を確認します。

5.特待制度

・何を基準に判定するか

・対象人数

・免除される費目

・期間

・継続条件

・成績低下時の扱い

・途中で失った場合の負担

「特待を取る予定」だけで三年間の家計を決めないことが重要です。

6.家庭で共有すること

子どもへ家計の全責任を負わせる必要はありません。一方、何も知らせず、合格後に選択肢を閉じることも避けたいところです。

・家庭が負担できる範囲

・利用できる制度

・不足する場合の方法

・併願校

・通学を続けられる条件

を、年齢に応じて一緒に整理します。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。