第22章 合格できる学校、払える学校
蓮の母は、授業料の欄を最後に見た。
最初に目へ入ったのは、入学する前に払う金だった。
受験料。入学手続時の納付。制服。体育着。教材。端末。施設に関する費用。毎日の交通費。学校行事。模試。必要なら講習。
白い封筒から出した一覧を、電卓へ一つずつ打ち込む。
授業料には支援制度がある。案内にも、大きな字でそう書かれていた。
けれど、「授業料を支援する」と「高校生活に金がかからない」は、同じ文章ではなかった。
どの費用が対象なのか。いつ申請するのか。学校へ払う日と、支援が反映される日は同じなのか。入学金を先に納める必要はあるのか。特待は何人で、三年間続くのか。
分からない箇所へ線を引くほど、安心できる箇所が減った。
母は給与明細と、家賃、光熱費、食費を並べた。
電卓の液晶に出た数字を消す。
もう一度足す。
結果は変わらなかった。
台所へ来た蓮の足音がして、母は封筒を裏返した。
「何でもないよ」
自分でも、聞き覚えのある嘘だった。
*
「昨日の封筒、何」
翌朝、蓮が聞いた。
「学校でもらった資料」
「見せて」
「受かってから考えればいいさ」
母は笑った。
蓮も笑い返そうとしたが、食卓に電卓が残っている。メモ用紙には、強く消した数字の跡があった。
「払えないの」
「そういう話じゃない」
「じゃあ、どういう話」
「まだ受かってもいないでしょう」
それは正しかった。
蓮の現在地は百五十一点。琉星学院を語る前に、合格点へ届かなければならない。
だからこそ、今は金の話をしなくていい。母はそう考えている。
蓮には、別の意味に聞こえた。
期待して落ちたとき、使わなかった金の心配までした自分が馬鹿に見える。母はそれを避けたいのかもしれない。
あるいは、受かったときに初めて、行けないと言うつもりなのかもしれない。
分からないことは、悪い方へならいくらでも増えた。
*
「特待を取ればよい」
神崎は簡単に言った。
放課後の自習室だった。
「琉星学院は当日点を重く見る。上位特待を狙えば、費用の問題も軽くなる」
「何点で取れる」
「上位へ入る点じゃ」
「何人」
「年度で違う」
「一年で成績落ちたら、どうなる」
「学校の規定次第じゃ」
「入学金は」
「確認せい」
「いつまでに払う」
「確認せい」
蓮は神崎を見た。
「何も知らないじゃん」
「受験戦略と学校の会計は別じゃ」
「母さんがいつ現金払うかも知らないだろ」
「知らん」
「先生、家賃払ったことある?」
「生前はあるわ。ワシを何じゃと思っとる」
「今は払わないじゃん」
「霊に家賃を請求する大家がおるか」
笑いそうになった。
だが、笑った後に残ったのは、神崎にも分からないという事実だった。
神崎は東京の有名塾で、多くの受験を見てきた。偏差値も、問題も、合格確率も知っている。
それでも、この家の口座に、入学手続の日までいくら残るかは知らない。
「特待を取れ、で終わらせたくない」
蓮が言うと、神崎は赤ペンを回した。
「なら、取れなかった場合まで書け」
*
その夜、母は封筒を蓮の前へ置いた。
「先に言うけど、諦めろって話じゃないよ」
「うん」
「行けるって約束でもない」
「うん」
母は数字を一つずつ説明した。
授業料には制度があること。申請が必要なこと。授業料以外にも負担があること。学校独自の特待には条件があること。交通費は毎月続くこと。入学時には短い期間に支払いが重なる可能性があること。
「このくらいなら、今の生活を大きく崩さず払える」
母が線を引いた。
「ここを超えると、貯金を使う。さらに超えるなら、ほかの方法を探さないといけない」
「じゃあ、受けない」
言葉は、考える前に出た。
母が首を振った。
「それも違う」
「だって、無理なんだろ」
「無理かどうかを調べるために見せてるの。あんたに遠慮させるためじゃない」
「でも」
「私が黙って、最後に駄目って言う方がいい?」
よくなかった。
母が全部背負い、蓮は勉強だけしていればいい。そう言われた方が楽ではある。
けれど、それは美咲が親から与えられた志望校を、自分の希望だと思おうとした形と似ていた。
「何を調べればいい」
母は、費用一覧の余白へ書き始めた。
特待の人数。判定方法。継続条件。入学金の扱い。延納や分納が可能か。公的支援の対象。申請時期。制服や教材の概算。通学方法。特待を失った場合。
「多いな」
「高校三年分だからね」
「合格するより難しくない?」
「合格はあんたの担当。払う方法は一緒に考える」
その分け方なら、蓮にも持てる気がした。
*
知念に相談すると、答えではなく、問い合わせる先を渡された。
「支援制度は年度で変わる。学校独自の費用や特待も違う。古い口コミだけで決めるな」
「塾で全部分からないんですか」
「分かったふりをするより、学校へ聞いた方が正確だ」
神崎が小さく咳払いをした。
蓮は質問表を作った。
合格できるか。
通い続けられるか。
二つを別の列にした。
志望校判定。特待。入学時に必要な額。毎年の負担。交通費。通学時間。部活動。補習。特待を失った場合。合わなかった場合の選び直し。
母が横から一項目加えた。
「昼ごはん」
「そこ?」
「毎日のことが、いちばん積み重なるの」
神崎は表を見ながら言った。
「ワシの受験表には、なかった項目じゃな」
「だから先生、生徒の生活見えてなかったんじゃない」
蓮は冗談のつもりで言った。
神崎は笑わなかった。
「そうかもしれん」
内申面談の夜に触れた何かが、まだ神崎の中に残っている。
*
母は、琉星学院の受験を認めたわけではない。
反対したわけでもない。
「この条件を調べて、それでも行きたいなら、次を考えよう」
結論を先に渡さなかった。
蓮は費用一覧を自分のファイルへ入れた。模試の成績表と同じ場所だった。
合格点を取ること。
払える方法を探すこと。
通い続けられるか考えること。
どれか一つだけを隠せば、進路は希望か現実のどちらかに潰される。
*
同じ頃、黒瀬は美咲と母親の前へ、一枚の資料を置いていた。
琉星学院の合格可能性。大学進学実績。特待の見込み。学校環境。卒業後の選択肢。
数字は整然としていた。
「宮城さんには、届く力があります」
黒瀬は美咲ではなく、母親だけに話しているわけではない。二人を等しく見ていた。
「ここで志望を下げることにも、損失があります」
美咲の母は頷いた。
美咲は資料を見た。
数字は嘘をついていない。
だからこそ、その数字が自分の代わりに結論を出すことが怖かった。
神崎の赤ペン補講
第22回 高校の費用は「授業料」だけではない
制度確認日:2026年7月27日
制度は改定されるため、申請時には文部科学省、都道府県、学校の最新案内を確認してください。
1.授業料支援
2026年4月から、高等学校等就学支援金制度は所得制限が撤廃されました。私立高校全日制の支給限度額は月38,100円、年換算457,200円です。
ただし、申請手続きが必要です。また、学校の授業料が支給限度額を上回る場合や、授業料以外の費用は別に確認する必要があります。
2.授業料以外の支援
高校生等奨学給付金は、授業料以外の教育費負担を軽減する制度です。対象、金額、申請方法は都道府県等で異なります。沖縄県にも私立高校生向けの案内があります。
3.確認する費用
・受験料
・入学金、入学手続時納付金
・授業料
・施設費等
・制服、体育着
・教材、端末
・交通費
・行事費
・模試、講習
・昼食など日々の費用
4.確認する時期
支援を受けられることと、入学時に現金が不要であることは同じではありません。
・学校へ払う期限
・支援の申請時期
・支援が反映される方法
・延納、分納の可否
を確認します。
5.特待制度
・何を基準に判定するか
・対象人数
・免除される費目
・期間
・継続条件
・成績低下時の扱い
・途中で失った場合の負担
「特待を取る予定」だけで三年間の家計を決めないことが重要です。
6.家庭で共有すること
子どもへ家計の全責任を負わせる必要はありません。一方、何も知らせず、合格後に選択肢を閉じることも避けたいところです。
・家庭が負担できる範囲
・利用できる制度
・不足する場合の方法
・併願校
・通学を続けられる条件
を、年齢に応じて一緒に整理します。




