18.はなうたが
「同じ歌?」
加州と安定は同時に言って、次に顔を見合わせた。
「はい、念のため何度か確認しましたが、この偽史の核であった夢の断片を観測中に、皆さんがよく歌っているはなうたと、まったく同じものが聞こえるんです」
こんのすけは言う。
「おそらく中に残っている一振り目の面影は、基本的に眠っているのだと思います。たまに目が覚めたとき、歌っているのではないかと」
加州はもう一度安定と顔を見合わせた。
「でもこの歌ってうちの主が作った歌じゃん。それをどうして一振り目が?」
加州が聞くと、こんのすけは答えた。
「一振り目は、強襲調査で1600年前後を担当した本丸と合流していました。おそらくそこで歌を覚えたのでしょう」
今度は安定が聞く。
「その本丸でも、僕たちの主の歌を歌ってるってこと? どういう状況?」
「それは分かりませんが、誰かに教わらないと歌えないでしょうし」
こんのすけは困り顔だ。
「本丸の分身……ではないだろうか」
面影が言う。
「なんらかの原因で分離してしまった、表裏一体、本来ひとつであるべき存在……」
「分身に心当たりでもありそうな言い方だな」
そう言って則宗は面影を見た。
「もしや、お前さんにそっくりなあの黒い奴か?」
面影はうつむきがちになって言った。
「……あれは、先行調査中に一振り目の私から抜け落ちてしまったもう一人の私だ」
「強襲調査の騒動を大きくした、夢を斬ってつなぐ能力を持っていたという分身か。一振り目が回収し、自分ごと封印した」
則宗が聞くと面影は「そうだ」とうなずいた。
顎に指を添えて考え込んでいた南海が言う。
「そちらの本丸も確かこちらと同じく、主である審神者は本丸襲撃を受けて以来何年も行方不明という話だったね。そしてまったく同じ歌……なるほど、本丸の分身。ありえるかもしれない。というより、それしか考えられない」
「すごい発見ですよ! さすがです、こんのすけ」
前田は大喜びでこんのすけを褒めた。
こんのすけはちょっと胸を張って
「これでもこんのすけの端くれですから」
と誇らしげにしている。
「でも本丸の分身って、どういうわけでしょう?」
前田が不思議そうに首を傾げる。
こんのすけは言う。
「おそらくですが、本丸襲撃のとき審神者は皆さんを守りたいという願いや祈りの中に本丸を隠し、全滅を避けるために分割したのではないでしょうか。分割して隠すのに甚大な霊力を使ってしまい、姿を保てなくなったのかもしれません」
「本丸を分割して隠した?」
そう言って加州は目をぱちくりさせた。
「おそらくと言いましたが、決してあてずっぽうではありませんよ」
こんのすけは説明を始めた。
「時の政府がこの本丸ともう一つの本丸の観察を始めたのは二年ほど前からです。それまでは観測できなかった。それが二つとも同時に、政府の観測網に突然現れたり消えたりし始めたので、政府も正体をはかりかねて観察を始めたのです。本丸襲撃という緊急事態の中で審神者がとっさに隠して、意図的ではなかったにせよ政府との連絡まで遮断されたのだとしたら、この状況の説明がついてしまうんです」
ここでこんのすけはまた困り顔になった。
「ただ……隠す力が、審神者の霊力が弱まってきたために時の政府が捕捉できるようになったのだとしたら……この本丸の存在がどんどん不安定になってきているのも説明がついてしまうのですよね」
「それって、放っておいたら主はどうなっちゃうの?」
加州が聞く。
「最悪、本丸を維持できないようであれば、皆さんを政府直属にすることもできます」
「そうじゃなくて、主は?」
「……大変申し上げにくいのですが、この推測が合っていれば、もうじき消えると思います。本丸を分割して隠すなど前代未聞。二つの本丸を統合すれば審神者は戻れるかもしれませんが、その方法は分かりません。審神者本人にも元に戻す力は残っていなかったのでしょう。二つの本丸は長年そのままだったのですから」
こんのすけの話を聞いて何振りかは「そんな…」とつぶやき、つらそうに頭を抱えてしまった。
面影がふと言った。
「いや、方法はある」
「……どうやって?」
頭を抱えていた安定が面影を見た。
「一振り目の私には、夢を斬りつなぐ特殊能力がある。その力でもう一つの本丸の者たちを夢の断片から帰した。主の願いや祈りの中に同じように二つの本丸が隠されているなら、こちらを一振り目の力でもう一つの本丸とつなぐことは可能なはずだ」
「そうか、一振り目の面影を回収できれば……こんのすけ、一振り目との接触は可能か?」
則宗が尋ねるとこんのすけは残念そうに首を横に振った。
「政府との交信は絶望的です。こちらに報告に来る前に何度か試してみたのですが、経路を開くことはできませんでした。内部から本人が道を開こうとすれば別でしょうけど」
「でもはなうたは聞こえるんでしょ? こっちからのはなうたも届くってことじゃないの?」
安定が言うとこんのすけは顎に前足を当て、うなずいた。
「なるほど。試してみますか?」
こんのすけは宙に浮く操作パネルを開いた。パネル上に表示されている図形や数値を両方の肉球で素早く調整し、こんのすけは言った。
「夢の断片の外殻に歌を届けてみます。どなたか、あのはなうたを歌ってみてください」
みな一瞬顔を見合わせ、加州は安定を指さし、他は全員加州を指さした。
「俺ェ?!」
「清光がふだん主のラジオ独り占めしてるんだからさ~」
安定は口をとがらせながら言う。
「だから独り占めしてないって! 誰も触ってないときに持ってるだけだっつの!」
「ほれ坊主、もったいぶらんと一振り目の面影にお前さんの美声を聞かせてやれ」
則宗にけしかけられた加州は
「ちょっとぉ、緊張させんなよ」
と文句を言い、咳払いした。
加州がはなうたを歌いはじめると、操作パネルに表示された波形が波打った。雑音を排除する機能が働き『音声分離中』という表示が明滅している。
歌の途中で、パネルの端に拡大を繰り返す円形が点滅し始めたのを見てこんのすけは言った。
「反応ありです!」
パネルを囲んで覗き込んでいた皆は明るい顔になった。
こんのすけがパネルを操作しながら言う。
「でも増幅しないと経路を開くには至りませんね……祠の転移装置と連動してみましょう」
皆は笑顔を見合わせてうなずいた。
「ただ、経路は一時的にしか開けません。はなうたが鍵になるなら、接触がうまくいかなかったときに帰路を開くためには誰かこちらに残らないといけません」
こんのすけは操作パネルをいったん閉じながら言った。
「また、私は道を開くだけで内部まで同行できません。政府との通信が長く途切れると、私たちこんのすけは存在を保てなくなりますので」
加州たちは誰が夢の断片の内部へ行くかを相談し、面影と加州と前田と南海が行くことに決まった。
「先生、絶対みんなと一緒にいろよ。迷子になるなよ。迷惑かけんなよ。面白そうなものを見つけてもフラフラするんじゃねぇぞ」
肥前の小言に南海はのらりくらり「分かっているとも」と生返事する。
「前田、先生と手をつないでやってくれ。ぜっっったい離さないよう頼む」
肥前は前田に念押しし、前田は苦笑しながら「はい、分かりました」と答えた。




