第6話 崩された平穏
「ねえ、これって……東条さんだよね?」
大学の講義室。席に着いた途端、先日友達になったばかりの春日さんが、どこか慌てた様子でスマホの画面を見せてきた。
画面に映し出されていたのは、あの日、桜並木の下で本を開いていた私の写真だった。
満開の桜を背景に、着物姿で猫耳カチューシャをつけ、柔らかく微笑んでる姿。画面の上には『街で見かけた和服猫耳美人がリアル天使すぎる』という投稿文が添えられ、信じられない数の『いいね』とリツイートがついていた。
「バズってるよ……!ほら、コメント欄もすごいことになってる」
頭の中が真っ白になった。
あの日は、お気に入りのカチューシャをつけて、ただゆるゆると散歩を楽しんでいただけなのに。まさか誰かに撮られていて、こんな風に拡散されているなんて。
その日を境に、私の静かだった日常は一変した。
キャンパスを歩けば、「あ、あの写真の子じゃない?」「普段は猫耳つけてないんだ」「意外と地味かも」といったヒソヒソ声が背中に突き刺さる。遠くからスマホを向けられる視線を感じ、怖くなって足早に歩く日々に戻ってしまった。
「詩織ちゃん、大丈夫?」
心配したお兄ちゃんとお義姉さんから頻繁に連絡が来るけれど、私は「大丈夫だよ」としか答えることが出来なかった。二人がくれた温かい思い出の猫耳が、こんな形で世間の好奇の目に晒されているのが、何よりも悲しかった。
大学の帰り道、私はすっかり影を潜めた桜並木通りを、深くフードをかぶって俯きながら歩いていた。
(私のゆるゆるした大好きな日常は、もう戻ってこないのかな……)
胸がギュッと締め付けられ、視界が涙で滲む。
その時、鞄の中でスマホが震えた。お義姉さんから着信だった。
「詩織ちゃん、今どこ?……ううん、言わなくていいよ。今ね、樹さんと一緒に例のカフェにいるの。とびきり甘いケーキを用意して待っているから、逃げておいで」
スマホ越しに来見える変わらない優しい声に、溢れそうだった涙がついにこぼれた。
私が守りたかった日常は、そして私を守ってくれる魔法は、SNSの画面の中なんかじゃない。ちゃんとここにあるんだ。そう思い直し、私はフードを少し上げて、温かな二人が待つ場所へと走り出した。
https://53016.mitemin.net/i1270889/
こちらが『街で見かけた和服猫耳美人がリアル天使すぎる』と投稿された写真となります




