第45話 熱狂の広がり
世界同時講義のニュース報道やTV特集の反響は、ついに大学のキャンパスすら飛び出し、日本のエンターテインメント界の最前線にまで波及していた。
今や、Z世代を中心に絶大な影響力を持つトップアイドルや、チャンネル登録数100万人を超える大人気VTuberたちの間で、詩織の提唱する『猫耳お守り論』と『ゆるゆるスタイル』が空前の大トレンドとなっていたのだ。
「みんなー!今日の配信は、あの東条詩織様リスペクトの『和風ねこみみ3D衣装』でお届けするよ~!自分の『好き』を大事にするって、マジで救われるよね!」
超人気VTuberが生配信で詩織の講義アーカイブを絶賛すれば、SNSでは「#詩織助手」「#猫耳お守り」のハッシュタグが連日トレンド1位を独占する。
さらには、若手トップアイドルグループのメンバーが「テレビ番組の本番前に緊張したときは、詩織様の練り切りを食べて『猫耳ポーズ』をして心を落ち着かせています!」と雑誌で語り、彼女たちのファンがこぞって聖地として『かすが』の和菓子や猫耳カチューシャを買い求める現象まで起きていた。
「……お、お兄ちゃん……これ、どういうこと……!?」
離れの秘密基地で、タブレット画面に映し出される万単位の「いいね!」とアイドルたちのSNS投稿を見つめながら、私は顔を真っ赤にして目を白黒させていた。
「すごい反響だね、詩織」
お兄ちゃんは冷静に画面をタップしながら、マネジメント仕様のデータを表示した。
「主要アイドル事務所や大手VTuber事務所から、コラボレーションや和菓子パッケージの共同開発、さらにはライブの『和装猫耳衣装監修』の依頼が、現時点で100件以上届いている。セキュリティと詩織のメンタルケアを最優先にして、僕の方で9割はフィルタリングしておいたよ」
「100件……!」
「まあ、当然の帰結ですわね」
庭の縁側で優雅に日傘を畳んだのは、麗華さんだった。
「時代の先端を走るエンターテイナーたちこそ、表舞台のプレッシャーと他人の評価にさらされ、一番『自分を守るお守り』を求めていらっしゃるのですから。完璧を演じるのではなく、弱さを受け入れて自分らしく立つ詩織さんの姿勢は、彼女たちにとって救いそのものですのよ」
「麗華の言う通りね」
紫苑様も、イギリス王室御用達の紅茶を嗜みながら微笑む。
「芸能界や配信界という熾烈な競争社会にいる子たちが、詩織の『ゆるゆる』に癒されているのね。東条家のブランディングとしても、これ以上の広がりはないわ」
そんなある日、事務所の厳重な警戒のもと、密かに『秘密基地』に訪れたのは、現役トップアイドルの少女だった。
「詩織様……!私、いつも人の目を気にして、完璧なアイドルでいなきゃって押し潰されそうだったんです。でも、詩織様の講義を見て……自分の『好き』を諦めなくていいんだってすごく救われました……!」
涙ぐむ少女に驚きつつも、静かに自分の淹れた温かい緑茶と『ねこみみ練り切り』をそっと差し出した。
「私なんて、本当にただの人見知りで……何も完璧じゃないんです。でも、この猫耳があるから、大好きな仲間がいるから、少しだけ勇気が出せるようになりました」
頭の上の『秋の新作・つむぎ織猫耳』を優しく撫でながら、素直な笑顔を向けた。
「一ノ瀬さんも、きっとすごく頑張っていらっしゃるんですね。完璧じゃなくても……そのままのあなたで、十分魅力的だと思います」
その一言に、少女は「うう……っ」と涙をこぼし、差し出された練り切りを美味しそうに口に運んだ。
彼女の帰り際にお守りとして、お気に入りの猫耳髪飾りを一つ譲ってあげた。
数日後。
人気音楽番組の生放送で、あのトップアイドルが新しい和風ドレスと『あの日の猫耳髪飾り』を纏い、今までで一番輝くような笑顔で歌い踊る姿があった。
「詩織ちゃん、見て!テレビで詩織ちゃんから譲られた猫耳髪飾りのこと、話してるわよ!」
お義姉さんが嬉しそうにテレビを指さし、琴音さんが「あ、あの和菓子、うちの新作練り切りだ~!」と声をあげる。
画面の向こうで輝くアイドルやVTuberたち。どれだけ華やかな世界で自分の名前がささやかれても、東条詩織は変わらない。
「ふふっみんなが笑顔になってくれて……良かったな」
スポットライトの真ん中に立つ人々に勇気を与える『影のカリスマ』となっても、その頭の上の猫耳は、今日もひだまりの縁側でぴこぴこと愛らしく揺れているのだった。




