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第43話 レンズの向こうの熱気

入学式や卒業式、著名人の講演やクラシックコンサートのような場面でしか使われない、キャンパスで最大1000人収容の大ホール。


第3回を迎えた『現代サブカルチャーと伝統文化の融合論』の会場は、開講1時間前から超満員の熱気に包まれていた。


今回は、噂を聞きつけた全国ネットの報道番組『ニュースステーション』が、この講座を取り上げるということで、系列の地元民放TV局の報道スタッフが大挙動員されていた。会場の後方には巨大なTVカメラが何台も並び、ディレクターや音声スタッフが忙しく行きかっている。


「東条助手、リハーサルなしでいきますので、普段通りの『和み』を見せてくださいね!」


馴染みとなったTV局のプロデューサーにそう声をかけられ、緊張で肩を小さくすくませながら、舞台袖に向かった。


「詩織、緊張してる?」


舞台袖では、過保護なマネージャーと化したお兄ちゃんが、専用タブレットでTV局側の中継回線や通信セキュリティを厳重にチェックしながら、優しく私の背中に手を添える。


「……うん。でも、大丈夫。今日はみんながいてくれるから」


今日のために仕立てられた『落ち着いた藤色の訪問着』に、秋の新作である『真珠とつむぎ織のキャンパス用猫耳カチューシャ』が頭の上に乗っている。猫耳をそっと触り、大きく深呼吸をした。


見学席には、西園寺さんが『西園寺グループ広報部』を従えて最前列に待機。さらには紫苑様と麗華さんも『東条家と社交界の名誉のための視察』と称して優雅に座り、お義姉さんと琴音さんたち同好会のみんなも後方から温かい眼差しを送っていた。


「それでは、第3回講義を始めます……!」


私が壇上に現れると、1000人の受講者とTVカメラが一斉に注がれた。


今回のテーマは、『世界に届くカワイイと伝統ーー和装・現代ファッションの境界線』。


第1回・第2回の成功を経て、少しづつ人前で喋ることに慣れてきた私だったが、全国放送という緊張感に最初は言葉が詰まりそうになった。


だが、スライドに映し出されたのは、かつてお義姉さんと作った思い出の猫耳カチューシャや、仲間たちと囲んだ『ねこみみ練り切り』の写真だった。


「私は……伝統という言葉を、ずっと『私とは遠い、厳しくて怖いもの』だと思っていました」


静かで透明感のある声が、マイクを通して大ホール全体、そしてTVカメラの向こうへ届いていく。


「でも、自分の『好き』である猫耳をそっと重ねたとき、伝統は私を守り、温かく包んでくれる『お守り』に変わりました。敷居が高いと思われがちな伝統工芸も、今の私たちの『好き』という気持ちと結びつくことで、国境や世代を超えて広がる魔法になるんです」


講義の後半、私の合図でステージ上のスクリーンに、受講生たちが前回作った『自分だけの猫耳和菓子』の写真が何十枚もモザイクアートとなって映し出された。


「伝統を作るのは、特別な誰かではありません。今日、ここで『可愛い』『面白い』と感じてくれた、皆さん一人ひとりなんです」


その瞬間、1000人の大ホールから割れんばかりの拍手が巻き起こった。


TVカメラマンも思わずレンズ越しに目頭を熱くさせ、モニターを見つめていた馴染のプロデューサーは「完璧だ……!企画の意図を遥かに超えた本物のドキュメンタリーだ!」と拳を握りしめた。


講義終了後の特別インタビュー。


リポーターの女性がマイクを差し出す。


「東条助手!今や『社交界の新たな寵児』として、そして『世界から注目される新世代のアイコン』として大反響ですが、今後の野望はありますか?」


カメラが一斉に寄る中、私は少し困ったように頬を緩め、頭の上の猫耳をぴこぴこさせながら、素直に答えた。


「野望なんて、そんな……。私はこれからも、お兄ちゃんや大好きな仲間たちと離れの縁側でお茶を飲んで……みんなで『ゆるゆる』過ごしていけたら、それだけで幸せです」


その飾り気のない、どこまでも素直な答えに、リポーターの女性もカメラクルーも、そして後方で見学席にいた全員が温かい笑顔に包まれた。


「……ハッ、相変わらず欲のない返答ですわね。ですが、それが詩織さんの『強さ』ですわ」と扇子を鳴らす麗華さん。


「ふふっ世界中がその『ゆるゆる』に魅了されているのだから、大成功ね」と紫苑様も満足そうに頷く。


その日の夜、全国放送された特集は異例の高視聴率を記録。『詩織助手』『猫耳お守り』『ゆるゆる文化』というワードがSNSのトレンドを席巻することになるのだった。


どれだけスポットライトを浴びても、どれだけ世界が大きくなっても。東条詩織の温かくて愛おしい『ゆるゆるな日常』は、これからも変わらず紡がれていくのだった。

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