第41話 教授の執務室と、新しい講義
「東条さん、少し時間をいいかね?」
VOGUEの世界デビューから少したった頃。大学の講義が終わった後のゼミ室で、私は文化人類学・比較文化論の権威である神楽坂教授に呼び止められていた。
白髪交じりの厳しい表情で『学内一の厳格な頑固者』と恐れられる教授の指名に、「ひ、ひゃいっ!」と肩を小さく跳ねらせ、おどおどと教授の前に立った。
「……君の最近の活躍、そして今回の海外誌での論文並みの洞察力に富んだインタビューを読んだよ。伝統文化を『保存対象』としてではなく、若者や現代社会のコミュニケーションにおける『身体的装飾』として再解釈する視点……見事というしかない」
教授は眼鏡の奥を光らせ、真剣な面持ちでデスクの上の資料を差し出した。
「実は、後期から開講する特別講座『現代サブカルチャーと伝統文化の融合論』で、私の『助手』をつとめてはもらえないだろうか」
「えっ……私、私が、教授の助手に……!?」
思いもよらない打診に、私の目は丸くなった。
「もちろん、単位や報酬も出す。だがそれ以上に、君が実際に体現している『自分らしさと伝統の共存』を、大人数講義の場で学生たちに直接示してほしいのだ。君のその……『猫耳』の哲学も含めてね」
パニックになりかけた私は、その日の放課後、すぐさま離れの『秘密基地』に駆け込んだ。
「学内助手……!素晴らしいではありませんか、詩織様!」
話を聞いた西園寺さんは、いつもの情熱で即座に賛同した。「西園寺グループの教育事業部から、講義用のスライド作成プロフェッショナルチームを派遣いたします!」
「過剰だよ西園寺さん」
ノートパソコンを叩いていたお兄ちゃんが冷ややかにツッコミを入れつつ、画面を私に向けた。
「でも詩織。神楽坂教授の過去の論文や講義評価をデータ解析してみたけれど、彼は本気で君の『実践的な視点』を買っているよ。危険な要素もないし、大学側も東条家との連携を歓迎しているようだ」
「でも……講義なんて、大勢の学生さんの前で喋るなんて……」
不安そうに頭の猫耳カチューシャをギュッと握りしめる。そこへ、茶請けの和菓子をもってきた琴音さんが優しく微笑みかけた。
「詩織さん。教壇に立つんじゃなくて、いつもの『秘密基地のお茶会』をそのまま講義室に持っていけばいいんじゃないかな?詩織さんがいつも私たちに教えてくれる『好き』の楽しさを、みんなに分け与えるみたいに」
「お茶会……?」
さらに話を聞きつけた麗華さんから電話が入り、「私が講義資料の監修を手伝ってあげてもよろしくてよ!」と心強く応援してくれる。
みんなの温かい後押しに、私の胸にあった不安が、ゆっくりと『挑戦したい』という小さな勇気に変わっていく。
(私は、立派な先生にならなくていい。ただ……私らしく、大切なことを伝えられれば……)
講義当日。
数百人が収容できる大講義室は、噂の『東条詩織』が助手を務めるとあって超満員だった。
「……み、皆さん、こんにちは……」
最初はマイクを持つ手が震え、声が小さくなってしまった。だが、最前列にはノートパソコンを開いて見守ってくれるお兄ちゃん、見学に来た琴音さんや麗華さんの姿が見える。そして頭の上でそっと寄り添う『教授公認の講義用・シックな猫耳カチューシャ』の存在を感じると、すっと深呼吸ができた。
「私は……伝統文化の専門家ではありません。ただの、人見知りで、猫耳が大好きな学生です」
素直で透明感のある声が、静まり返った講義室に響く。
「でも、格式高い和菓子や着物に、自分の大好きな『猫耳』を重ね合わせたとき、遠く感じていた伝統が、私を守ってくれる『温かいお守り』になりました。伝統とは、昔のままを閉じ込めるものではなくて、今の私たちの『好き』と結びついて生き続けるものだと思うんです」
過去に私が考案した『ねこみみ練り切り』のスライドがスクリーンに映し出されると、学生たちから「可愛い……」「そういう考え方、なんか分かる」と感嘆の声が漏れ始めた。
最初はガチガチだった講義は、いつの間にか彼女らしい温かくて穏やかな『大お茶会』のような空気へと変わっていった。
講義終了後。鳴りやまない拍手の中、神楽坂教授が満足そうに頷いた。
「見事だったよ、東条助手。これほど学生の目が輝いている講義は久しぶりだ」
「教授……!ありがとうございました」
教壇を降り、お兄ちゃんの元へ駆け寄った。
「完璧だったよ、詩織助手」
「ふふっ、お兄ちゃん……私、ちょっとだけ自分に自信がついたかも!」
学内での新しい肩書き「詩織助手」を得て、彼女の『ゆるゆるな魔法』は、キャンパスの若者たちへも優しく広がっていくのだった。
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初講義のイメージ画像です 教授を横に入れようとしましたが、うまくいかなかったです。。




