第37話 静寂の茶室と小さなお守り
「……これより、東条家夏季定例親族会議を執り行う」
本家の奥深くにある格式高い茶室。重厚な静寂が満ちるその空間には、東条家の歴史を支えてきた頑固一徹の長老たちがずらりと居並んでいた。伝統と格式を重んじ、少しの不備も許さない老重鎮たちの放つ威厳は、まさに息が詰まるほどの威圧感だった。
父と伯父の密談通り、この茶室の『おもてなし』を任されたのが私だった。
「詩織、準備はいいかい?」
茶室の裏手では、お兄ちゃんが長老たちの心拍数や室内温度を環境センサーでモニタリングしつつ、固い表情で妹の肩を抱いていた。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん」
本日身に纏ってるのは、お義姉さんが仕立てた落ち着いた濃紺のシックな訪問着。そして頭の上には、長老たちの目を配慮しつつも譲らない、極上の黒絹で作られた上品な『和風猫耳カチューシャ』がちょこんと乗っていた。
「……、フン、噂の分家の娘か」
「親族会議の茶席で、そのような奇抜な飾りをつけてくるとは……東条家の格式も地に落ちたものだな」
案の定、茶室内に一歩足を踏み入れると、最前列に座る長老・権三郎をはじめとする重鎮たちから、冷ややかな視線と容赦のない言葉が飛んできた。
かつての私なら、その一言で足がすくみ、泣き出していただろう。
私は頭のお守りにそっと触れると、すぐに背筋を伸ばした。深く一礼し、静かな動作で長老たちの前へ進み出る。
「本日、皆様のために特別なお茶とお菓子をご用意いたしました。どうぞお納めくださいませ」
詩織の手によって運ばれたのは、『かすが』の店主である琴音さんのお父様たちと夜を徹して仕上げた極上の『白菊の練り切り』。一見すると伝統的な美しい白菊の形をしているが、黒文字をスッと入れると、中に包まれた餡が『小さな猫耳』の形になって現れるという、職人の遊び心が施されていた。
「ほう……この細やかな舌触り、そして控えめながら深い甘み……。老舗『かすが』の餡か」
「ただの奇をてらった菓子ではないな。伝統の技が完璧に息づいておる……」
一口食べた長老たちの表情に、驚きと感嘆の色が浮かぶ。そこへ、心を込めて点てた温かいお抹茶を一人ひとりに丁寧に差し出した。
「私は人前に出るのが苦手で、ずっと自分の殻に閉じこもっていました」
膝の上で手を重ね、静かに、けれどブレない声で語り始める。
「でも、この小さな猫耳のお守りと出会い、伝統を大切にする仲間たちと出会えたことで、自分の足で立つ勇気をもらいました。東条家の素晴らしい伝統を今の時代のたくさんの人に『温かいお守り』として届けること……それが、私なりの東条家へのご恩返しです」
飾り気のない、けれど真摯な言葉が、頑なだった長老たちの胸を静かに打った。
「……フン」
一番厳格だった権三郎が、ふっと表情を緩め、お茶を飲み干した。
「自分らしさを失わず、伝統を尊び、新たな客を引き寄せる。……当主の言っていた『第2位』の評価、伊達ではないようだな」
「その猫耳とやらも……まあ、お前にはよく似合っておるわ」
長老たちの間で、ふっと温かな笑い声が広がった。
上座で見守っていた伯父様は満足そうに頷き、父は胸を撫でおろし、モニター越しで見守っていた樹は泣きそうな顔で「詩織……よく頑張ったな……」と画面に語りかけていた。
巨大な東条家の最後の砦であった長老たちすらも、その『等身大の優しさ』と魔法で魅了してしまった。
茶室を吹き抜ける爽やかな風とともに、詩織の確固たる立ち位置とゆるやかな未来が、いよいよ揺るぎないものとなったのだった。




