↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
38/53

第34話 母のアルバム

「あの子、また新しい猫耳カチューシャを作ったのかしら」


陽光が優しく差し込む東条家の本宅。母は、昔のアルバムを膝の上に開きながら、静かに温かいお茶をすすっていた。


頁をめくると、そこには幼い頃の詩織の写真が並んでる。いつも兄(いつき)の後ろに隠れて、大きな瞳を不安そうに潤ませていた小さな女の子。人一倍繊細で、大きな音や知らない人の視線に怯えては、私や兄の服の裾をぎゅっと握りしめて離さなかった。


「詩織は、この広い東条家で生きていけるのかしら……」


かつて、本家の評価で『社交性ゼロの6位』と告げられた時、私の胸を締め付けたのは冷たい不安だった。過保護なまでに守ろうとする兄の気持ちも、私には痛いほどよく分かっていたのだ。


けれど、今の詩織はどうだろう。


先日、ロンドンから帰国した紫苑様との華やかなダンスパーティーの映像を、息子(いつき)が誇らしく見せてくれた。そこに映っていたのは、かつてのように誰かの服の裾を握りしめる少女ではなかった。


特別誂えの猫耳ティアラを頭の上に戴き、堂々と、けれどあの子らしい柔らかく優しい笑顔で、パーティーの主人公である紫苑様の手を取って美しく舞う姿。


「いつの間にか……あんなに遠くに歩いていけるようになったのね」


母はアルバムを閉じ、窓の外の庭園に目を向けた。


思い返せば、詩織が変わったきっかけは、あの一見すると風変わりな『猫耳』だった。最初は、「そんな目立つものを着けて大丈夫かしら」と心配もした。けれど、詩織にとってあの猫耳は、自分を偽るための仮面ではなく、『人見知りで臆病な自分のまま、一歩前に出るための魔法のお守り』だったのだ。


自分の弱さを隠さず、素直な自分を愛せるようになったからこそ、あの子の周りには温かい仲間が集まった。


老舗和菓子店のお嬢さんの春日さん、素敵なコーディネートで彩ってくれる義理の娘(樹の奥さん)、詩織を本気で大切に思ってくれる西園寺家の御曹司、不器用に詩織を慕ってくれる華小路家の麗華さん、そして東条家の新世代を背負う本家の紫苑様まで。


みんな、詩織の『素のままの優しさ』に惹かれて集ってきたのだと、母にはよく分かっていた。


「お母さん、ただいま!琴音さんと作った新しいお菓子、持ってきたよ!」


玄関から、弾んだ声が聞こえてくる。


部屋に入ってきた詩織の頭の上には、初夏の装いに合わせた爽やかな猫耳カチューシャがちょこんと乗っていた。おどおどしていた昔の面影を残しつつも、その瞳はまっすぐに私を見つめ、心からの幸福感に満ち溢れている。


「おかえり、詩織。……今日も、とてもよく似合っているわ」


そう言って優しく頭をなでると、詩織は嬉しそうに目を細めた。


どれだけ社交界での評価が高まっても、本家の評価が『2位』になっても、私にとって詩織は愛おしい娘のまま。けれど、もう誰かの服の裾を握りしめることはなさそうね。


「お母さんにも、ひとつ食べてほしいな。お抹茶淹れるね!」


嬉しそうに台所に向かう娘の後ろ姿を見送りながら、胸の奥でそっと感謝を捧げた。


詩織に自分らしさという魔法を与えてくれた『小さな猫耳』と、あの子の大切な仲間たちへ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。