第32話 女王の凱旋
「ごきげんよう、詩織。あなたが噂の『猫耳お嬢様』ね」
まもなく桜の開花宣言が出されようとする3月の終わりに、『秘密基地』の庭に響き渡ったのは、鈴を転がすような、けれど圧倒的な気品を纏った声だった。
イギリスの名門オックスフォード大学への留学から帰国したばかりの、東条家『直系の一人娘』ーー東条 紫苑だった。
本家の評価ランキングにおいて不動の第1位を誇る、名実ともに東条家最高の『本物の女王様』だった。美しいブロンド混じりの髪を揺らし、最高級のセヴィル・ロウ仕立てトラッドスタイルに身を包んだ紫苑の登場に、その場にいた全員の緊張が一気に跳ね上がる。
かつて社交性ゼロとして6位に甘んじていた詩織と、圧倒的トップの紫苑。
東条家の1位と2位による、事実上の直接会合だった。
「紫苑様……おかえりなさいませ」
西園寺さんがうやむやに挨拶を交わし、縁側の隅ではお兄ちゃんが「本家の紫苑様か……念のため、西園寺グループのサーバー経由で紫苑様のロンドンでの動向ログを確認しておくか」と静かに端末を操作する。すっかり常連となった麗華さんも、「まさか紫苑様が直接お越しになるなんて……」と扇子を握りしめていた。
「本家でお父様から聞いたわ。あなたが伝統に新しい風を吹き込み、さらには西園寺の御曹司や麗華まで懐柔したって。……どんなすごい策士かと思って来てみれば」
紫苑は、詩織の目の前まで歩み寄ると、その強い意志が感じられる美しい瞳でじっと見つめた。
詩織は「ひや……ひゃい!」と肩をすくませて、案の定おどおどと足元を揺らす。だが、頭に乗せたお気に入りの和柄の猫耳カチューシャにそっと手を添えると、意を決して乗っ直ぐに紫苑の目を見返した。
「あ、あの……!紫苑様、お疲れではありませんか?イギリスからお戻りになったばかりなら、お腹も空いているんじゃないかと……」
彼女が差し出したのは、重箱に入った『ねこみみ練り切り』と、琴音さんのご実家特製の『和風アフタヌーンティーセット』ーー餡バターのスコーンや、緑茶の和風サンドイッチだった。
「……何よ、これ」
紫苑がフッと眉をひそめる。場に緊張が走る。しかし、紫苑は気品ある仕草でスコーンを一つ手に取ると、優雅に口へと運んだ。
「……素晴らしいわ。和の素材とスコーンの油脂部分が完全に調和している。……それに、この可愛らしい猫耳の造形。イギリスのロイヤル・アフタヌーンティーでも、これほどのストーリー性と愛らしさを両立させたティーフードは見なかったわ」
「ほ、本当ですか……!?」
「ええ、今ロンドンでは『カワイイ文化』と伝統の融合が大きなトレンドになっていたけれど……あなたのやっていることは、まさにその最先端にして本質ね」
紫苑はふっと表情を緩めると、自ら縁側にストンと腰掛けた。格式や礼儀作法を重んじる本家の人間とは思えない、あまりにもしなやかで自由な振る舞い。
「お父様たちがあなたを『2位』に評価し直した理由が分かったわ。あなたは東条家の権威に頼らず、自分自身の足と、その小さな『お守り』で世界を広げたのね。……合格よ、詩織」
「紫苑様……!」
「ただし!」
紫苑はすっと立ち上がると、詩織の頭の猫耳をイタズラっぽく指さした。
「次は私のために、英国王室御用達の紅茶に合う『最高の猫耳和菓子』を開発しなさい。東条家の1位としてのオーダーよ。いいわね?」
「はいっ喜んで作ります!」
完璧な女王にして、誰よりも柔軟でグローバルな視野を持つ紫苑。
紫苑という最高の理解者を得たことで、詩織の評価と人脈は、本家の枠を飛び越えてさらに確固たるものになっていく。
心地よい春風が吹き抜ける離れの縁側で、1位の女王様と2位の猫耳お嬢様は、楽しそうに紅茶と和菓子のペアリングについて熱く語り合うのだった。
詩織さんは現2回生で今春3回生と変更させていただきます。紫苑様は大学院生で、オックスフォード大学での共同研究を一区切りつけて帰国しています。




