第31話 予期せぬお茶会
「……は?」
完璧な煽り文句と、冷徹までの社交界の洗礼を用意してきた麗華の思考は、完全に停止していた。
目の前にいるのは、政財界を裏から操ろうとする悪女でも、計算尽くされた悪魔的なお嬢様でもない。ただだ人見知りで、猫耳カチューシャをぴこぴこさせながら「あ、あの……熱いので気をつけてくださいね」と、一生懸命にお茶の湯飲みを差し出してくる可憐な少女だった。
「わ。私をどなただとお思いですの!?華小路家のーー」
「あっ華小路様ですね!伯父様からお話は聞いています。すごくおしとやかで、お茶もお花も完璧なすごいお嬢様だって……!」
彼女は心底感心したように瞳を輝かせ、ぽんと手を叩いた。
「私、ずっとお会いしてみたかったんです!私みたいな不器用じゃなくて、自分をちゃんと持っていらして、憧れちゃって……」
「あ、憧れ……!?」
不意打ちのストレートな称賛に、麗華の頬がカッと熱くなる。マウンティングを取る気満々で乗り込んできたのに、毒気を抜かれるどころか、完全に自分の土俵を失ってしまった。
そこへ、庭の奥から竹箒を持った西園寺 蓮が歩み寄ってきた。
「やあ、華小路さん。まさかこんなところでお会いするとは。……申し訳ないが、今は庭の手入れの最中なんだ。詩織様のお茶会の邪魔はしないでいただきたい」
「さ、西園寺様!?なぜそのようなお姿で……」
さらに、奥の部屋からはノートパソコンを片手にした樹が、すっと現れ、冷ややかな視線で麗華をロックオンする。
「華小路家のお嬢様ですね。妹に何か御用でしょうか。……ちなみに、当敷地内でのあらゆる音声・映像は記憶されておりますのでご容赦を」
「だ、誰が怪しい者ですの!?」
圧倒的な『詩織防衛システム』と、当の詩織の『底抜けな無害さ』に挟まれ、麗華は完全にペースを乱された。
「もう結構ですわ!お茶なんて……お茶なんて、いただき……」
言おうとした瞬間、彼女の隣にいた少女(春日琴音さん)が、出来立ての『ねこみみ練り切り』をすっと皿に盛って差し出した。
「華小路様、これ、詩織さんと一緒に作った新作なんです。お口に合うといいのですが……」
ふわっと漂う上品な和菓子の香りと、あまりにも愛らしいピンクの猫耳フォルム。伝統文化を嗜んできた麗華の目が、職人技の精巧さに釘付けになる。
「……ひ、一口だけですわよ!一口だけ!」
プライドを振りかざして上品に黒文字を入れ、練り切りを口に運ぶ麗華。次の瞬間、上品な白あんの甘みと柑橘の爽やかな香りが口いっぱいに広がり、麗華の目が見開かれた。
「な……なんですの、この洗練されたお味は……。伝統の技法を踏襲しつつ、この現代的な軽やかさは……!」
「本当ですか!?嬉しい……!華小路様みたいな本物の方に褒めていただけるなんて」
彼女がパッと顔を輝かせ、心から嬉しそうに微笑んだ。
その純粋な笑顔を見た瞬間、麗華の胸の奥でカリカリと燃えていた嫉妬や焦りが、すーっと消えていくのを感じた。
(この方は……計算でやっているんじやない。本当に、ただただ真っすぐに、自分の『好き』と向き合って、周りを幸せにしているだけなんですの……?)
「……西園寺様」
「なんだい、華小路さん」
「貴方のお気持ちが、ほんの少しだけ……本当にほんの少しだけ、理解できましたわ」
「そうだろう。詩織様は素晴らしい女性だ」
「……貴方が自慢気な顔をするのは意味が分かりませんわ」
いつの間にか、麗華の『ライバルとしての襲来』は、賑やかなお茶会に昇華していた。
完璧な令嬢として常に気を張っていた麗華にとって、この風が吹き抜けるゆるやかな縁側と、詩織の包み込むような優しさは、図らずも最高の癒しの場所になってしまったのだ。
「あの……華小路様。よければ、また遊びに来てくださいますか……?」
別れ際、不安そうに裾をぎゅっと握りながら尋ねる彼女に、麗華はフッと華やかな笑みを浮かべ、背筋を伸ばした。
「当然ですわ。貴女のその甘いお点前、私がビシビシ指導して差し上げますから!……それと、その『猫耳』の職人様を紹介しなさい。私の着物に合うものを特別に誂えさせますわ!」
「はいっ喜んで!」
また一人、『ゆるゆるな魔法』に魅せられた、ツンデレで強力な味方(?)が増えた瞬間だった。




