第30話 お嬢様の焦り
都内屈指の歴史を誇る名門・華小路家の屋敷。その豪華絢爛な客間の一角で、華小路 麗華は、届いたばかりの社交界の定期情報誌をテーブルに叩きつけた。
「……また東条詩織様のお名前ですの!?」
麗華は、幼少期から『完璧な令嬢』として育て上げられた深窓のお嬢様だった。
華道、茶道、社交ダンス、語学ーーすべてにおいて隙がなく、東条家の『直系の一人娘』と並び、次世代の社交界を担う華として誰もが疑わなかった存在である。
当然、西園寺グループの御曹司・西園寺 蓮の婚約者候補として、自分の名前が最筆頭に挙がるはずだった。
それなのに。
「西園寺様が東条家の離れに通いつめ、庭の落ち葉を掃いていらっしゃるとは……どういうことですの!?意味が分かりませんわ?」
麗華の焦りはピークに達していた。
噂によると、相手は東条家の分家の娘。かつては人見知りで、社交界の表舞台にも出てこなかった『下から2番目』の評価だったはずの少女だ。それが今や、本家の伯父様から『わが娘に次ぐ第2位』と絶賛され、名だたる伝統誌の表紙を飾り、あろうことかあの完璧主義の西園寺 蓮まで骨抜きにしているという。
(どんな手を使って西園寺様や伯父様方を篭絡したというの……?完璧な教養と格式を持つこの私を差し置いて!)
「お嬢様、車の手配が整いました」
執事の声に、麗華はフッと冷ややかな笑みを浮かべた。
「ええ。噂の『猫耳同好会』とやらの実態、この私の目で直接確かめさせていただきますわ。東条詩織様……私の完璧な社交術で、貴女の化けの皮を剥いで差し上げます!」
数時間後。
川沿い佇む『秘密基地』の門前に、最高級のリムジンが滑り込んだ。
優雅に車から降り立ち、隙のない着物姿で庭へと歩みを進める麗華。その胸中には、『深窓の令嬢としての圧倒的な格式を見せつけてやる』という強いプライドと、どこか拭えない焦燥感が渦巻いていた。
しかし、離れの縁側に足を踏み入れた瞬間、麗華の視界に飛び込んできたのはーー
「あっいらっしゃいませ……?お茶、飲まれますか……?」
頭にふわふわの猫耳カチューシャを乗せ、おどおどとしながらも温かいお茶を出してくれたのは、なんとも可憐で無防備な少女の姿だった。
「……は?」
計算や策略など一切感じられない、あまりにも『ゆるゆる』な空間と詩織の純粋な瞳を前に、麗華の準備していた完璧な威嚇と台詞は、喉の奥で完全にフリーズしてしまうのだった。




