第29話 平穏な時間
「う~ん……やっぱり、お抹茶にはこれが一番合う気がする!」
3月の温かな春の日差しが差し込む『秘密基地』の縁側。
私は、焼きあがったばかりの『猫の手クッキー』を嬉しそうにお皿へ並べながら、満足そうにうなづいた。
今日は、大学の講義も大きなイベントも、本家からの呼び出しも、何もない完全な『オフの日』。
頭の上には、一番お気に入りの、ふわふわした毛並みのグレーの猫耳カチューシャがちょっこと乗っている。
「詩織さん、これ、ほんとにサクサクで美味しい!肉球のところがイチゴジャムになっているのがたまらないね」
隣に座る琴音さんが、クッキーを一口かじった頬を緩める。後輩たちが「会長、写真撮ってもいいですか!」「私にもレシピを教えてください!」と賑やかに笑いあっていた。
庭の木陰には、高級スーツを脱ぎ捨て、腕まくりして落ち葉を掃いている西園寺 蓮の姿があった。
「西園寺さん、そんなに躍起になって掃かなくても……」
ノートパソコンを膝に乗せて、セキュリティの巡回チェックをしていたお兄ちゃんが苦笑すると、蓮は真剣な顔で竹ぼうきを握り直した。
「いえ、東条殿。詩織様が過ごされるこの庭に、一枚の無駄な落ち葉もあってはならないのです。これが我が『西園寺家・庭清掃プロジェクト』の使命……」
「相変わらず重いなぁ、情熱が……」
そんな二人にお茶を運んできたお義姉さんが、「ふふっ男の人たちも楽しそうで良かったわね」と私の隣に腰掛ける。
「あっ西園寺さん、お兄ちゃん!お茶を淹れたから、一休みしよ?」
私が声をかけると、蓮は「詩織様からのお茶のお誘い……!」と目を輝かせて駆け寄り、お兄ちゃんも呆れつつパソコンを閉じて縁側へ集まってきた。
遠くで川のせせらぎが聞こえる。
「ねえ、琴音さん。私ね、今が一番幸せかもしれない」
温かいお湯呑みを両手で包み込みながら、ポツリと呟いた。
「前はね、自分のことが嫌いで、どこにいても怖かった。でも今は……猫耳をつけて、みんなとこうして笑っていられる。それだけで、胸がいっぱいになるの」
琴音さんは優しく微笑み、私の猫耳をそっと撫でた。
「詩織さんが勇気を出して一歩を踏み出したから、この場所が出来たんだよ。……ほら、みんな詩織さんのことが大好きなんだから」
見渡せば、クッキーの味について盛り上がる後輩たち。相変わらず私の言葉に感動して泣きそうになっている蓮、それを警戒しつつ優しく見守るお兄ちゃん。そしてニコニコと写真を撮ってるお義姉さん。
「うん……!みんな、今日もゆるゆるいこうね!」
「「「おー!」」」
賑やかな歓声と温かな笑い声が、ひだまりの離れに溶けていく。
どんなに世界が広がっても、どれだけ有名になっても。
この小さな縁側で紡がれる『ゆるゆるな日常』こそが、私と仲間たちにとって、一番大切で愛おしい場所なのだった。




