第26話 揺れるドレスと、いつものお守り
「本当に……私が行っても大丈夫なのかな……」
ホテルグランヴィアの豪華な大ホール前。私は、胸元を飾る上品なミッドナイトブルーのドレスの裾をギュッと握りしめていた。
本家の伯父様から直々に招待されたのは、政財界や伝統文化の重鎮が集う『東条家・新春の集い』。かつて社交性ゼロとして低評価にあった詩織にとって、これが事実上の社交界デビューだった。
「大丈夫だよ、詩織。僕がずっと横にいるからね」
タキシードに身を包んだお兄ちゃんが、優しく詩織の肩をポンと叩く。その胸ポケットには、会場内の防犯カメラや通信ログを監視する端末が忍ばせてあり、妹をあらゆる悪意や混乱から守る準備は万端だった。
「ほら、詩織ちゃん。髪型もバッチリよ」
お義姉さんが丁寧に取り付けてくれたのは、こり日のために特別に作られた最高級のシルクとパールで彩られた『和モダンな猫耳カチューシャ』だった。髪飾りのようにドレスに溶け込みながらも、紛れもない私の『魔法のお守り』だ。
「……うん!」
頭の猫耳にそっと触れ、小さく深呼吸をした。
会場の重厚な扉が開くと、一斉に視線が集まる。親族や高名な賓客たちが、注目の『東条家の新しい寵児』を一目見ようと息をのんだ。
「まあ、あの方が……」
「和装専門誌で話題の……なんて可憐で、堂々としたお姿なんだ」
最初は緊張感と向けられた視線の数に足が震えそうになったが、頭の上にある『いつものお守り』が、すっと心を落ち着かせてくれた。
挨拶にやってくる大企業の社長や伝統芸能の家元に対し、無理に自分を飾ることなく、素直で丁寧な言葉を返していく。
「猫耳同好会……?斬新な試みですが、伝統への侮辱とはお考えになりませんか?」
意地悪な質問を投げかけてきた老紳士に対しても、真っすぐに目を見つめ、静かに答える。
「伝統は、守るだけではなく、次の世代へ温かさを伝えるものだと学ばせていただきました。この耳は私にとって、自分らしく誰かと繋がるための『お守り』なんです」
その凛とした佇まいとブレない芯の強さに、周囲からは感嘆の溜息が漏れた。
離れた場所でその光景を見つめていた本家当主の重蔵は、誇らしげに髭を撫でながら、隣の賓客に「我が東条家が誇る、自慢の姪です」と満足そうに頷いてみせた。
「大成功だったね、詩織」
会場のバルコニーで夜風に当たりながら、お兄ちゃんがグラスを渡してくれる。
「ううん。お兄ちゃんとお義姉さんが見守ってくれてたからだよ」
詩織はドレスの裾を少し揺らしながら、夜空を見上げた。
どんな華やかな場所に立ったとしても、自分のやるべきことは変わらない。頭の上の小さな猫耳とともに、これからも大切な人たちと手を取り合って、一歩ずつ前に進んでいくのだった。
そんな彼女の姿に心を奪われた青年がいた。




