第25話 本家の思惑
本家の広大な和室。静けさが満ちるその部屋で、東条家の現当主である重蔵は、手に持った一枚の『血縁図覧』をじっと見ていた。
東条の家系には現在、わが娘を筆頭に、結婚適齢期を迎えた女性が7人いる。伝統ある東条家にとって、彼女たちの縁談や将来は、家名の格式や政財界との繋がりを左右する重要な手札であった。
少し前まで、詩織の評価は惨憺たるものだった。我が娘が文句なしの『1位』なのは当然として、詩織は『外見こそ悪くないが、極度の人見知りで社交性ゼロ。まともな社交界デビューすら危うい』として7人中の『6位』ーー下から2番目という冷酷な烙印を押されていたのだ。
ちなみに7位の女性は、高校生になったばかりの遠縁の娘で、まだ評価のしようがないため暫定にすぎない。見るべき長所が発現すれば6位の詩織など抜いてしまうだろうというのが、大勢の意見であった。
しかし、ここ最近の『変貌』である。
「……ふむ」
重蔵はデスクに置かれた和装専門誌『きものと暮らす』の表紙に目を落としてた。そこに映るのは、伝統の振袖を優雅に纏い、堂々と、かつ柔らかに微笑む詩織の姿。
かつて両親や兄の後ろに隠れていたはずの少女は、今や自らの意思で『猫耳同好会』を主宰し、SNSやテレビの狂騒を乗り越え、老舗和菓子店を再生させ、果てには海外の若者ともつながり、マスメディアを通しての発信力は目を見張るものがあった。
過剰な自己主張ではなく、『芯のある優しさ』で周囲をいつの間にか味方につけていくその手腕。
現在、本家における詩織の評価は怒涛の急上昇を遂げ、我が娘に次ぐ『評価2位』へと跳ねあがっていたのだった。東条家としても、もはや彼女を単なる『インドアな分家の娘』として軽視することは完全に不可能になっていた。
(あの娘が、これほどまでの価値と影響力を持つようになるとはな……)
茶を一口すすり、深く腕を組んだ。
本家の当主としての算盤が弾かれる。詩織を強引に当主の道具として意に添わぬ縁談に放り込めば、今や彼女を慕う多方面の人脈や、東条の鬼才と呼ばれる優秀なセキュリティエンジニアの兄の反発を招き、かえって東条家に損害がでることが予想できた。
(詩織のあの『猫耳』とやらは……我が家の伝統を現代の形で輝かせる、特別な才能ということか)
重蔵の口元に、薄く、しかし確固たる満足げな笑みが浮かぶ。
(彼女の自由な選択を保障し、本家が全面的な後援に回る。それこそが、東条家にとって最大の利益となるだろう)
詩織本人が知る由もない本家の思惑。
(今度の社交界デビューで、どんな活躍を見せ、どんな評判を得るかが楽しみだ)
かつて冷遇されていた少女は、自分らしくあるための『小さな魔法』と仲間の存在によって、知らず知らずのうちに本家の評価すらも完全に塗り替えてしまったのだった。




