第2話 お兄ちゃんの許嫁
女の子を見送った後、胸の奥が少しだけキュッと締め付けられるような感覚を覚えた。
あんなに楽しそうに昔話を語ったけれど、実はあの思い出には、少し苦くて甘い続きがあった。
あの日、家族で桜を見に行った帰り道。お兄ちゃんが突然「実はね」と切り出したのだった。
「詩織ちゃん、実はね。僕、将来お嫁さんになる約束をしている人がいるんだ」
まだ幼かった私は、その言葉の意味を理解した瞬間に頭が真っ白になった。大好きで、いつだって自分のヒーローだったお兄ちゃんが、自分以外の誰かのものになってしまう……言葉にならないショックと寂しさで、私はそれまでのご機嫌が嘘のようにその場にしゃがみ込み、再び塞ぎ込んでしまった。
その時だった。
「ふふ、可愛いい子猫ちゃんが泣いちゃってる」
柔らかくて優しい声とともに、私の前に一人の女性がかがみ込んだ。お兄ちゃんの許嫁だという、お姉さん本人だった。彼女は上品な着物を風になびかせながら、私の顔を覗き込むと、自分の巾着から小さな袋を取り出した。
そして「はい、お揃い」と言って、自分の頭にぽんと乗せたのだ。
「お兄ちゃんをひとり占めしたくなっちゃったの、ごめんね。でもね、これからは私が、詩織ちゃんのお義姉ちゃんになって、もっと楽しい魔法をいっぱいかけてあげる。だから……お揃いの猫耳で、一緒に桜を見よう。ダメかな?」
優しく微笑むお姉さんの姿は、まるで本物の猫の妖精みたいにしなやかで美しくて。頭を優しく撫でられた瞬間、それまで胸の中にあったモヤモヤした嫉妬や寂しさは、春風に溶けるように消えていってしまったのだった。
「……ふふっ、あのときのお義姉さん、本当に素敵だったなぁ」
膝の上の本に舞い落ちた桜の花びらを指で払いながら、私は呟いた。
2年前に結婚した今でも、お兄ちゃんとお義姉さんは仲良しで、たまに私にお揃いの和雑貨をプレゼントしてくれる。
お守りの猫耳カチューシャにそっと触れる。そこには、大好きなお兄ちゃんの優しさと、お義姉さんのぬくもりが、今も変わらず宿っていた。




