第23話 妹の魔法と、僕の役目
「お兄ちゃん、このプログラムのここ……どうやって動いているの?」
幼い頃、僕の部屋でパソコンの画面を不思議そうに覗き込んでいた小さな妹。少し大きな声や知らない人に怯え、いつも僕や両親の服の裾をぎゅっと掴んでいたのが、僕の妹ーー詩織だ。
セキュリティエンジニアとして働くようになってからも、僕の最優先事項は変わらない。『詩織が安心して過ごせる世界を守ること』。それが長年僕の中にあった絶対のミッションだった。
だから彼女が大学で『猫耳同好会』なんてものを始めたと聞いたときは、正直少し心配だった。人前に出るのが何より苦手な詩織が、目立つような真似をして傷つきはしないかと。
けれど、それは僕の思い過ごしだったと思い知らされることになる。
あの日、オンラインでのバッシングや本家の怒りという大きな波が詩織に押し寄せた時。僕が技術的・法的な防壁を展開する横で、詩織は逃げ出さなかった。頭にちょこんと乗せた猫耳カチューシャにそっと触れ、震える足でまっすぐに自分の想いを言葉にしていたのだ。
「この猫耳は、私にとって自立するための魔法のお守りなんです」
その姿を見た時、胸が熱くなると同時に、寂しさと誇らしさがこみ上げた。
あんなに小さくて守られるだけだった妹が、自分の足で立ち、自分の言葉で人の心を動かしている。
彼女がつけている『猫耳』は、単なる飾りや奇抜なファッションじゃない。一歩を踏み出すための勇気であり、彼女の周囲に優しい人々を引き寄せる、本当の魔法なのだ。
親友のご実家を救った老舗和菓子店とのコラボや、和装専門誌でのモデル撮影。次々と舞い込む大きな出来事に驚きつつも、詩織は少しずつ、けれど確実に強くなっていった。あの頑固だった本家の伯父上すらも、詩織のまっすぐな優しさに毒気を抜かれてしまったのは痛快ですらあった。
「お兄ちゃん、今日のお茶うけ、琴音さんが新作を持ってきてくれたよ!一緒に食べよ?」
離れの秘密基地。妻と一緒に差し入れを持って訪れると、縁側で詩織が満面の笑みで手を振っていた。隣には温かな仲間たちがいて、風鈴が涼やかな音を鳴らしている。
「ああ、今行くよ」
詩織がどれだけ有名になっても、どれだけ大人になっても、僕の役目は変わらない。
彼女が安心して『ゆるゆるな日常』を楽しめるように、陰からそっとシステムと環境を守ること。
妹の頭の上で揺れる猫耳を眺めながら、僕は今日も頼もしい『お兄ちゃん』として、彼女の笑顔を見守っている。




