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間章<キャンパスの女王から見た東条詩織>

「キャンパスの女王」


いつからか、周りは私のことをそう呼ぶようになった。


完璧なメイクに、トレンドを押さえたハイブランドの服。完璧な成績と、大勢の学生を引き連れたキャンパスの中央通り。それが私、白石美月(しらいしみづき)の『鎧』だった。誰も私をバカに出来ないように、誰も私の隙を見つけられないように、いつも完璧な自分を演じ続けていた。


だからこそ、あの子のことが許せなかった。


2回生の東条詩織。


地味で、人見知りで、大人しくて。

大学経営家の東条家出身で入学当時は少し騒がれたものの、いつも人の影に隠れているような女子学生。

そんなあの子が、頭に猫耳カチューシャなんていう『痛い』飾りをつけて、夏に行われた和文化フェスティバルに出て、テレビにまで取り上げられて注目の的になった。


(バカバカしい。そんな奇抜な目立ち方をして、何が面白いの?)


最初はただの嫉妬だったのかもしれない。完璧に装う私を通り越して、あんな『ゆるい』女がちやほやされているのが気に食わなかった。


私は確かめてやるつもりで、噂の『秘密基地』ーー川沿いにある東条家の離れへと足を進めた。

私の完璧な論理で、あのぬるま湯みたいな同好会と東条詩織の化けの皮を剝がしてやろうと思って。


しかし、離れの門をくぐった瞬間、私は言葉を失った。


手入れされた美しい庭園、歴史を感じさせる静謐(せいひつ)な和風建築。そして庭園に面した縁側には、和服に身を包み、楽しそうにお茶を点てる東条詩織の姿があった。


「あ……あの、白石先輩……?」


私に気づいた彼女は、案の定「ひゃいっ」と肩をすくませビクビクしていた。相変わらず情けない姿。でも、私が冷たい視線を向けても、彼女は逃げ出さなかった。


「あの、よければ……お茶、飲んでいきませんか?今日は琴音さんの実家から届いた、美味しい和菓子もあるんです」


おどおどしながらも、彼女はまっすぐに私の目を見て、そう言った。


その頭に乗った猫耳カチューシャ。安っぽいおもちゃのはずなのに、不思議と彼女の着物姿に調和し、どこか誇らしげに見える。。。


渡された湯呑みから立ち上がる、優しいお茶の香り。一口含んだ瞬間、胸の奥でピンと張りつめていた緊張の糸が、ふっと緩むのが分かった。


「……あなた、怖くないの?」


思わず口をついて出た。


「テレビに出たり、変な人に絡まれたり……周りからどう思われるか、怖くないの?」


彼女は少し驚いたように目を見開いたあと、自分の頭の猫耳にそっと手を添えて、柔らかく微笑んだ。


「怖いです。今でも人の前に立つと、足が震えます……。でも、この耳をつけると、ほんの少しだけ『自分を好きでいていいんだ』って思えるんです。完璧じゃなくても、私のままでいいんだよって魔法をかけてくれるみたいに」


その言葉が、私の、『鎧』の隙間にすーっと沁み込んでいった。


完璧でいなきゃならない。誰よりも美しく、誰よりも優位に立っていなきゃ価値がない。そうやって自分を追い詰め、窮屈な鎧を着込んでいたのは、私の方だったんだ。


彼女の強さは、攻撃的な強さじゃない。自分の弱さをそのまま受け入れ、周りの人たちと笑いあえる『しなやかな強さ』だった。


「……ふん。お茶、美味しかったわ」


私は素直になれないまま立ち上がり、バックから手鏡を取り出して髪を整えた。


「でもね、次に来るときは、もっと私に似合う美味しいお菓子を用意しておきなさいよ。それから……」


ちらりと彼女の頭を見つめる。


「……その猫耳、ちょっとだけ、可愛いじゃない」


「え……?あ、ありがとうございます……!」


顔を真っ赤にしてパッと華やぐ彼女の笑顔を見て、私は少しだけ敗北感を味わいながら、でも悪くない気分で離れをあとにした。


キャンパスの女王なんていう重たい冠は、もう脱ぎ捨てていいのかもしれない。


今度ここに来る時は、もっと軽い服を着て、あの小さな魔法の猫耳のことを教えてもらおう。秋風に吹かれながら、私は久しぶりに自然に笑っていた。




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