第21話 『和菓子処 かすが』復活の日
「すごーい!まるで本物の芸術品みたい……」
『和菓子処 かすが』の工房に、詩織たちの歓声が響き渡った。
本家からの強力な資金援助によって新たな製造ラインが整い、いよいよ新商品『ねこみみ練り切り』の試作が最終段階を迎えていた。
工房の作業台では、春日さんのお父さんが職人技で餡を包み、繊細なヘラ使いで上品な猫耳のフォルムを描き出していく。その仕上げとして、春日さんがピンク色のグラデーションをつけた小さな桜の羊羹をチョンと乗せると、食べるのがもったいないほど愛らしい和菓子が完成した。
「琴音、素晴らしいセンスだ。若い感性と伝統がこんな形で重なるとはな……」
頑固一徹だった春日さんのお父さんが、感極まったように娘の頭を撫でる。春日さんは少し照れくさそうに、けれど誇らしげに微笑んでいた。
そのころ、うちの離れは『マーケティング&配送準備本部』と化していた。
お兄ちゃんが構築した特設のECサイトは、オープン前から話題沸騰。以前取材してくれた民放テレビ局の公式SNSが『東条家と老舗和菓子店の時を超えたコラボ』として取り上げたことで、事前予約のアクセスが殺到していたのだ。
お義姉さんがデザインしてくれた箱は、アンティークな和柄に繊細な猫耳モチーフが施された、飾っておきたくなるような美しさだった。同好会の後輩たちも『春日先輩のお店のためなら!』と、手際よく特典のメッセージカードを添えていく。
そして、オンライン販売開始のカウントダウン。
「3、2、1……オープン」
お兄ちゃんの合図とともにサイトがが開設されると、画面上の注文カウンターが猛烈な勢いで回りはじめた。
「100箱突破……500箱……!嘘、たった3分で完売!?完売です‼」
春日さんの叫び声に、離れにいた全員から大歓声が上がった。
注文データの中には、なんと本家の伯父様からの『親戚一同用に50箱』という密かな大量注文まで混ざっており、私とお兄ちゃんは思わずクスッと笑いあってしまう。
「詩織さん……本当に、ありがとう……!」
涙をぽろぽろとこぼす春日さんを、私は力いっぱい抱きしめた。
「お礼を言うのは私のほうだよ、『琴音さん』。みんなで力を合わせれば、どんな困難だって乗り越えられるんだね」
(はじめて親友を名前で呼んだので、緊張していたのは秘密です)
『ねこみみ練り切り』の初回販売から数週間後。
「……こんなにたくさんのお客様が、うちの和菓子を求めて並んでくださるなんて」
インターネットでの爆発的な反響を受け、私たちは琴音さんのご実家『和菓子処 かすが』の店舗で、一日限りの特別イベントを開催していた。
お店のまえには、開店前から長蛇の列。地元のお年寄りから、SNSで知った中高生、そして観光客や留学生といった、幅広い年代の人々が楽しそうに開店を待っている。
「琴音さん、準備はバッチリだよ!」
私の声に、看板娘として和服に猫耳カチューシャをつけた琴音さんが深々とうなづく。
「うん、私たちの『美味しい魔法』を、たくさん届けようね」
開店の暖簾をかけると、店内はあっという間に笑顔で溢れかえった。
お祝いにかけつけてくれたお兄ちゃんとお義姉さんは、手際よく接客と梱包をサポートし、同好会の後輩たちも明るい声で店内を彩る。お店の奥からは、琴音さんのお父さんが焼き上げる香ばしい餡の匂いが漂っていた。
そして午後、混雑が少し落ち着いた頃、お店に思わぬお客様が訪れる。
黒塗りの高級車から降りてきたのは、なんと本家の伯父様だった。周囲の目を少し気にしながらも、堂々と店内に入ってきた伯父様は、カウンターに置かれた『おまもり猫耳大福』をじっくり見つめる。
「伯父上……!お越しくださったのですね」とお兄ちゃん。
伯父様は少し咳払いをすると、琴音さんのお父さんに向かって静かに頭を下げた。
「店主殿。我が家のお気に入りの菓子として、非常に重宝させてもらっている。これからも東条家と『かすが』の絆として、この味を守り続けてくだされ」
「……はい!東条家の家名に恥じぬよう、心を込めて作り続けます」
琴音さんのお父さんが力強く答えると、伯父様は満足そうにうなづき、大福を一つ買い求めて店をあとにした。
夕暮れ時。すべての商品が完売し、完売御礼の札を掲げた店舗で、私たちは大きな達成感に包まれていた。
「詩織さん、私ね……大学を休学しないで済むことになったの」
片付けを終えた夕焼けの店内。琴音さんが涙ぐみながら、眩しい笑顔で報告してくれた。
「お店の経営も持ち直して、これからはオンラインと店舗の両方で全国に販売を続けられるようになったの。私、これからも詩織さんと一緒に同好会を続けられるよ!」
「琴音さん……、本当によかった……!」
私は琴音さんに飛びつき、二人で泣きながら笑いあった。
数日後、すっかり秋が深くなった離れで。
「さあ、危機も去ったことだし……いつもの『ゆるゆるなお茶会』を再開しようか!」
お義姉さんが立ててくれたお茶と、琴音さんの特製『ねこみみ練り切り』を囲み、みんなで縁側に腰かける。
困難を乗り越えるたびに、絆はもっと強く、もっと優しくなっていく。
頭の上の猫耳をそっと触りながら、私は愛おしい仲間たちと一緒に、また新たな一歩を踏み出していくのだった。




