第20話 春日さんの秘密
「……あっごめんね詩織さん。ちょっとボーっとしちゃって」
離れでの同好会のミーティング中、いつもなら一番にアイデアを出してくれる春日さんが、ふと寂しげな顔で外を見つめていた。
お茶を出しながら隣に座ると、春日さんは申し訳なさそうに眉を下げた。
「あのね、詩織さん……私、来月で大学を休学して、地元に帰らなきゃいけないかもしれないの」
「えっ……休学!?」
驚く私に、春日さんはゆっくりと理由を語り始めた。
実は彼女の実家は、地方で長年続いている老舗の和菓子店だった。跡継ぎ問題や職人の高齢化、近くにできた大型ショッピングセンター内の洋菓子店に顧客を奪われつつある現状で、資金繰りが行き詰まり、店をたたむかどうかの瀬戸際に立たされているのだという。
「私、あの店が大好きだったの。でも……私にはお店を救うような力なんてないし、結局何もできなくて」
いつもの太陽のように明るく、人見知りだった私の背中を何度も押して助けてくれた春日さん。その彼女が、一人でこんなにも大きな悩みを抱えていたなんて。
「そんなことないよ。春日さん!」
私は思わず彼女の手を強く握りしめた。
「私に一歩を踏み出す勇気をくれたのは、春日さんなんだよ。一人で抱え込まないで。今度は私たちが、春日さんの大切な場所を守る番だよ」
ちょうど離れに差し入れを持ってきてくれたお兄ちゃんとお義姉さんも、ドアの向こうで話を聞いていた。
「老舗和菓子店のブランディングなら、僕の会社のマーケティングチームも協力できるよ」とお兄ちゃんが頼もしく微笑み、お義姉さんも「和菓子の大好きな詩織ちゃんならいいアイデア出せるでしょ」と目を輝かせて励ましてくれた。
春日さんの瞳に、ぽろぽろと大きな涙が溢れ出す。
「みんな……ありがとう……!」
「さあ、そうと決まれば作戦会議だよ!私たちの魔法で、絶対にお店を復活させようね」
私が自分の猫耳カチューシャを直しながら言うと、春日さんは涙をぬぐい、いつもの眩しい笑顔を取り戻した。
「春日さんのご実家……『和菓子処 かすが』を救うための鍵は、伝統と私たちの『猫耳』の融合だよ!」
お兄ちゃんがマーケティングのプロの視点から「伝統ある和菓子の味はそのままに、若者や海外層に響くデザインとストーリー性を持たせること」を提案。お義姉さんは「女性目線と子供目線を意識して、和菓子の入る箱の見た目を可愛らしくアップデートすること」を提案した。
試行錯誤を繰り返して数日……生まれたのが、春日さんご実家の上生菓子技術を活かした新商品『ねこみみ練り切り』と、季節の餡を包んだ『おまもり猫耳大福』だ。
この商品を、詩織たちのSNSや大学のネットワークを使ってPRし、まずはオンラインショップでの完全予約販売からスタートさせようーーという作戦がまとまった。
だが、最大の壁が立ふさがった。大量注文に対する設備投資や、一括での原材料の購入資金が足りなかったのだ。
「私の貯金と、同好会の予算だけじゃ……やっぱり厳しいな……」
春日さんが少し肩を落とした、その時だった。
「その不足分、我が東条家がパトロンとして全額支援しよう」
離れの襖がすっと開き、姿を現したのは……なんと本家の伯父様だった。
「お、伯父様!?なぜこちらに……」
驚く私たちに、伯父様はどこか誇らしげに髭をなでながら語り始めた。
「お前たちがここ最近何をしているかは知っておる。以前の手紙の件以来、我が家のルーツについて調べ直してな。かつて東条家が窮地に陥った際、春日殿のご先祖である和菓子職人に大変な世話になったという記録が出てきたのだ」
伯父様は木箱から古い台帳を取り出し、春日さんに向き直った。
「東条の家名にかけて、恩ある春日家の大事を見過ごすわけにいかん。資金援助はもちろん、我が家の伝承にある『猫耳のお守り』の意匠を正式にその和菓子の商標として使う許可を与えよう……これで文句はあるまい」
「伯父様……!」
厳格だった伯父様からの、まさかの『救いの手』。時を超えて繫がった両家の絆に、春日さんは「ありがとうございます……」と何度も深々と頭を下げた。
本家の強力なバックアップと、お兄ちゃんのマーケティング、お義姉さんのデザイン力、そして私たちの情熱。すべてが合わさった『和菓子処 かすが 再生プロジェクト』は、こうして最高の形で始動したのだった。




