第03話 桶狭間に舞う可憐な乙女
「人間、五十ぅ~~年……。」
強く降りしきり、屋根を盛んに叩く雨。
時折、雷鳴が轟き、灯明に照らされた薄暗い部屋に明るく照らす。
雨音に負けじと、ポンポンポーンと鳴り響く鼓の音に合わせ、私は扇子を舞わせて踊った。
身にまとうのは、甲冑と赤い陣羽織。
我ながら、カッコ可愛すぎる。
「恋せよ、乙女たちぃ~~~……。」
やってきました、永禄三年五月十九日。
西暦に直すと、1560年6月12日。
そう、本日は織田信長が躍進する契機となった、桶狭間の戦いだ。
五月十二日、駿河と遠江を治める今川義元は、二万五千の兵力を率いて出陣した。
それに対して、織田家はどんなに集めても五千の兵力しかない。
当然、織田家は上を下への大騒ぎになった。
「キマシタワーを、ここに建てるのだぁ~~~……。」
しかし、桶狭間の戦いだ。
勝ちは確定している。
あとは雷雨に紛れ、桶狭間の地でバカ面を晒しているお歯黒を倒せばいい。
今日も勝者は、やっぱり可愛いお市ちゃん。
戦が終わったら、女の子たちがキャーキャー言って、私を取り合うに違いない。
やばい。早くも、期待に私の乙女回路がキュンキュンと濡れてきた。
「湯漬けを!」
「ははっ!」
扇子を勢いよく投げ捨て、両手を差し出す。
左右から進み出た柴田勝家と木下藤吉郎が跪く。
どちらも完全武装の甲冑姿だ。
恭しく差し出された箸と碗を受け取り、立ったまま湯漬けを一気にかき込む。
「可愛い、それは正義!」
「お市様、バンザイ!」
「お市様、バンバンザイ!」
そして、空になった碗を床に叩きつけて割る。
パリーンと砕け散る音が響き渡り、そこへ被せるように雷鳴が轟く。
私は目をくわっと見開いた。
「出陣せよっ!」
「せんわっ!」
だが、廊下をドタドタと全力で駆ける音が響く。
部屋の前で急停止するも、勢い余って少し滑った信長が、怒鳴った。
「えーー……。どうしてぇ~~?」
実を言うと、肝心の信長は消極的だった。
この清州城で籠城し、美濃の斎藤家の援軍を待つつもりらしい。
そんなへっぴり腰だから、いつも私に負けるのだ。
「帰蝶も! 何、雰囲気出して、鼓を打っている!」
「ふふっ……。だって、面白そうじゃない?」
しかも、私に勝てないものだから、今度は姉さんに矛先を向ける始末だ。
私は知っているんだぞ。
昨夜、大決戦を前に、きっと夫婦で燃え上がっているに違いないと、私は姉さんの痴態を覗きに行った。
『帰蝶……。京で、俺と団子屋をやらないか?』
その情事の直後に、信長がこんなことを言ったのだ。
もうね。バカかと、アホかと。
信長、お前ね。ボーナス確定の虹演出が出てるのに、ブルってんじゃねえよ。
私に負け続けたせいで、敗北主義に染まってしまったのだろうか。
余談だが、姉さんはとても素敵だった。
たまには、一人で楽しむのも悪くないと思った。
いつか、姉さんとも仲良くなりたい。
「兄上ってさ。ずいぶん丸くなったよね?」
「……何だと?」
私が白い目で煽ると、信長は眉をピクッと跳ねさせた。
「ちょっと前まで、触れる者を皆、傷つけるくらい尖ってたのに……。」
「あーあ、前の方がギラギラして格好よかったなー……。」
「……姉さんも、そう思わない?」
よし、食いついてきた。
私はやれやれと肩を竦め、姉さんに援軍を求めた。
「まあ……。少しだけ」
姉さんは信長をちらりと見て、私に苦笑しながら頷いた。
昨夜、敗戦後の行方を誘ったとおり、信長は姉さんをとても大事にしている。
私以上に影響力を持つ。
「ぐぬぬっ!」
信長が唸り声をあげる。
『もう一押しかな?』と思った、その時だった。
再び、廊下をドタドタと全力で駆ける音が響く。
「お市様、全て整いました! お下知を!」
「犬、お前まで……。
……というか、帰っていたのか」
完全武装の前田利家が現れ、跪きながら、戦意みなぎる強い眼差しを私に向けた。
「是非もなし! 出陣せよ!」
改めて、私は高らかに命じた。
柴田勝家が法螺貝を吹き鳴らし、木下藤吉郎が陣太鼓を盛んに叩く。
清州城全体が、一気に緊迫感で満ちあふれる。
「分かった、分かった! やってやる、やってやるよ!
だが、奇襲するんだろ!
せめて、静かにやれ! 奇襲にならんわ!」
信長はドンと板間を踏んで鳴らし、やけっぱちな怒鳴り声を轟かせた。
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「ああっ! 奇襲でも目立ってしまう自分の可愛さが憎い!」
「女っ!?」
「だが、誰の許しを得て仰ぎ見る! この下郎が!」
「何をっ……。儂を義元と知っての言葉か!
海道一の弓取りと言われた、儂の力を見せてやる!」
「えっ!? 弓? 刀じゃん?」
「さっさとやれ! 援軍が来るだろうが!
それに、弓取りというのは武士を意味するのだ! うつけめ!」




