9【エンジニア】
別日、ハイペリオンの言葉を鵜呑みにして、俺は一階へと向かっていた。とはいえ、彼に会える確証はない。彼の普段の仕事場所が一階だという、ただそれだけの情報が頼りだ。
しばらく廊下を歩くと、吹き抜けへと到着した。宇宙船の三階層を階段で繋いでいる様子が分かりやすく見える。その吹き抜けから一階のフロアを見下ろした。一階は、二階や三階と違って薄暗く、人気がない。一階に広がる廊下の壁を照らす非常灯の赤い明かりが、不気味に奥で光っている。たった数メートルしか高低差は無いはずなのに、暗いせいか、随分と深く見える。
だが、もしリュウが潜伏するとしたら、人目を避けるためにこのような場所を選ぶ可能性が高い。そう思い至ることができたのは幸運だった。一度調べてみる価値はありそうだ。
俺は、これくらいなら良いだろうと思い、階段を下りた。一段ずつステップを踏み締める度に、鉄製の階段がカン、カンと鈍く音を響かせ、その度に不安が増幅する。最後の一段を下りずに、フロアをぐるりと見渡す。何か文句を言われても、「いやいや。降りきってないでしょう」と言い訳ができると浅知恵を働かせたのだ。一階は、この吹き抜けを中心として迷路のごとく通路が張り巡らされている造りになっているようだ。ごうごうと機械音が絶え間なく響き渡る。三階の自室まで響いてきていたのは、この重低音だった。ここにずっといると、おかしくなりそうだ。
目を凝らして暗がりを眺めていると、幸運にも廊下の奥からお目当ての人物が歩いてくるのを見つけた。身に纏うジャンプスーツに見覚えがあった。腰に工具が入った袋をぶら下げているから、業務中なのだろう。
「ここは立ち入り禁止ですよ」
彼は俺を見つけるや否や、眉をひそめてぴしゃりと注意した。
「あなたの来る場所ではありません。早く帰りなさい」
「ちょっと待って」
立ち去ろうとするジャックスを引き留めようと、何とか会話を繋ぐ。
「なぁ、君はジャックスだよな? 一階には何があるんだ?」
「……大したものではありません。エンジンルームとかウェポンルームくらいです。貴方に全く関わりのない設備です。……これ以上は仕事に差し支えるので、お引き取りください。船長に言いつけますよ」
「分かった、分かった。じゃあ君のことを聞かせてくれ。……俺は、アイザック。ルルイェの出身。ご存じの通りインサージェントの疑いをかけられている。……君は? どんな仕事を?」
食い下がる俺に呆れて諦めたのか、彼は溜め息をついた。
「……ジャックス。エンジニアです」
「よろしく。実は、君と直接話がしたかったんだ。……君は以前、会議の時にこの船には二人インサージェントがいると言っていただろ。そのことについて詳しく聞きたいんだ」
「あの時は……インサージェントだと断言はしていませんよ。アノマリー反応が二つだと言ったんです」
「どうして分かったんだ?」
「……格式の高い宇宙船には、ヒューマノイドとそれ以外のアノマリーを検知する免疫システムが組み込まれています。普段使用することは殆どありませんが、使わざるを得ない状況だったのでね。まぁ、その免疫システムのおかげで、人ならざるものが何体潜伏しているのか数が分かったといったところです」
「それって、アノマリーの明確な場所は分からないのかな?」
「不可能です。場所までの特定はできません。……ところで、あなたは何故そんな事を気にするんですか? 容疑者とはいえ外野なのですから、我々の問題に首を突っ込む事では無いでしょうに」
ジャックスは、俺に疑念の目を向けた。この男の疑り深さは筋金入りらしい。とはいえ突然現れた異星人に警戒心を抱くのは当たり前の事である。尚更、相対しているのが、世間的に危険視されている人種ならばそうなるのも無理は無い。
俺は彼から情報を引き出すために、切り札を出した。
「……実は、もう一体のインサージェントに心当たりがある」
「……なんですって?」
案の定、ジャックスは食いついた。俺のことを快く思っていなかったうえに、インサージェントを強く問題視している彼ならば、この話には興味を持つと踏んでいた。このまま彼と話題を広げて、なんとしてもリュウの居場所のヒントを引き出してみせようと息巻いた。
「君は知っているだろうが、俺がこの船に救助されるきっかけは、クルーズ船の事故だったんだ。俺は漂流しているところを君たちに助けてもらった。事故にあった時、友人のルルイェ人と一緒だったんだよ。彼は意識を失うまで一緒にいたし、宇宙空間に放り出された時、はぐれないよう手を繋いでいた。つまり、俺が漂っていた周辺の宇宙域に彼もいた筈だ。……彼のことも救助してくれたんだろう? ……アノマリー反応は彼に違いないよ」
「…………」
「なぁ、教えてくれ。俺の友人も……助けてくれたんだよな?」
「……俺は、誰を救助したのか詳しくは知りません。確かにあの時、指示を受けて船を停止させましたが、貴方を宇宙で救助したという話も、後で聞かされました。……ご友人も拾ったかどうかは、ボスならご存じかもしれません」
「シドは、俺が救助される場面に居合わせたのか」
「えぇ。そう聞いています」
「……そうか」
やっぱり、と思った。やはりシドはリュウの事を知っている。ただ、彼に聞いたところで先日のように答えをはぐらかされるのだろう。彼は何を知っていて、何を隠しているのか。明らかにする手段はないものだろうか。
「でも心中お察しします。きっと大切な方だったんですよね?」
「……あぁ。俺の、半身のような存在だ」
ジャックスは俺から視線を逸らした。
「見つかると良いですね。アノマリー反応の件は、興味深かったですよ」
「……有り難う」
肩を落としながら自室へ戻る。リュウに関しての情報が中々集まらない事に焦る一方で、次第に、決定的な情報を得られないことに慣れてしまっている自分がいた。
海賊のクルー達が嘘をついている可能性も十分考えられるが、リュウの潜伏が上手くいっていると捉えることもできる。潜伏先の候補である一階を調べてみるべきなのだろう。皆が寝静まった夜、闇に紛れれば、調査するのはさほど難しくない。
俺は、決心を固めた。今夜、決行する




