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8【庭園】


「ガーデン……?」


 ガーデン、つまり庭。ルルイェで庭と言えば、富裕層しか持ちえない贅沢品である。緑が少ない星なので、植物を取り寄せるだけでも多大な費用がかかる。それに、乾燥した気候も相まって、植物の生育はとても難しい。一般庶民は集合住宅に押し込められて暮らしているのでそもそも庭を造る土地も金銭的余裕もない。

 そんな庭が、なんとこの宇宙船にはあるというのだ。三階の中でも小高い場所にあるこの場所は、宇宙船の中で最も高い場所にあたる。

 興味本位でドアの前に立つと、プシュッと音を立ててドアが勝手に開いた。考えなしに、そのドアをくぐるとエアロックになっていた。背後のドアが勝手に閉まる。その途端、壁の両側からミストが噴出して驚いて飛び上がった。白く煙っていく室内。ガス室だったのかと青ざめ、口元を両手で覆った。しばらくして何も起こらないことに気付き、人知れず恥じ入った。……おそらくこのミストは消毒液である。ミストが止むと向かいのドアが自動で開いた。

 その瞬間、室内から流れ出した空気に乗って、ふわりと湿った香りが鼻腔をくすぐった。

 ――どこか懐かしい匂い。嗅いだことの無い香りの筈だが、郷愁の念に駆られる不思議な香りだ。

 奥へ進むと、陶製のブロックで囲われた花壇のような区画に、土が敷き詰められて植物が植えられていた。目が覚めるような鮮やかな緑が、瑞々しく生い茂っていた。背の高い立派な植物もあれば、数センチにも満たない高さの小さな花が土を覆うように咲き乱れている。

 葉の上には、水がまん丸の水滴になってちょこんと乗っかっている。どうやら、先程の柔らかく湿った匂いは、この濡れた土から香っているようだった。俺は、初めて見る可憐な植物達に目を奪われ、しばらくの間その植物達に見入っていた。特に、白い花弁の植物が一際目を引く。甘く華やかな芳香が鼻腔をくすぐった。


「それはガルデニア・ヤスミノイデスだよ」


 赤紫色の鮮やかな髪をした人物がひょっこりと現れた。彼にも見覚えがある。溌溂とした喋り方が印象的なので記憶に強く残っていた。


「ガル……? 何だって?」


「なんというか君って……祝福されてるね?」


「どういう意味だ?」


「ううん。なんでもない」


「……そういうあんたはハイペリオン?」


 俺がそう言うと、男は仁王立ちで自信満々といわんばかりに胸を張った。


「大当たり! 命知らずのロマンチスト、ハイペリオンさ!」


 ハイペリオンはにっと悪戯好きの子供の様に笑って、顔の横でピースサインを作ってみせた。実年齢は分からないが、見た目以上に子供っぽい振る舞いをする不思議な人物だ。とはいっても様々な種類のヒューマノイドがいるので、年齢など物差しとしてあてにならない。子供の見た目なのに既に性的に成熟した種族もいれば、数百歳を超えてなお若々しい見た目を保っている種族もいる。


「君は植物に興味ある? ここは凄いよ、珍しい植物の宝庫なんだ! 見て見て、これはザイクロトル星の植物でね、なんと! 生贄を要求してくるんだ! それでこっちは……」


 頷きながら彼の話を聞いていると、ペラペラとお喋りが始まってしまった。このままでは肝心な質問ができないと思い、強引に話を遮った。


「……今日は遠慮しておく! それよりハイペリオン、聞いてもいいかい? ここは何だ?」


「そのままの意味、庭だよ。ガーデン。菜園だとか植物園と呼ぶ奴もいるけど。ほら。緑色のものって見ると体に良いと言うでしょ? だから客を喜ばせるために、金をかけて作られた船には大概付いてるよ。ウン、これは持論なんだけど、きっと本命はこっち。ヒューマノイドの祖先は地球という星から発生したって言われているんだよね。だから、ゲノムが地球にあったとされる、土や緑を恋しがっているんだと思う。言うなればこの庭は祭壇のようなものだろうね。ヒューマノイド(人類)の起源を表現しているんだよ、きっと。大昔のヒューマノイドも、劇場や船に神を祀る祭壇があったと言うじゃないか! 興味深いよね! うん、うん!」


「あぁ、そう……」


 まるでお喋りなオウムを相手しているようだ。嬉々としてハイテンポで喋るハイペリオンに気圧されっぱなしだ。


「……こんなに鮮やかな緑、初めて見た。君が手入れしているのか?」


「手入れってほどでもないよ。僕、プラントヒューマノイドだから、生きるのに光が必要不可欠なの。だから此処(ガーデン)は僕にとって聖域なんだ。居ついていいからそのついでに植物の管理をしろって船長に言われたんだよねー」


「プラントヒューマノイドだって? 初めて見た」


「珍しいからね。……君ほどじゃないけど。それで、まぁ、管理って言っても管理パネルに決まった数字を打ち込んで、植物たちに給餌したりお水をあげたり。たまにエンブラントが野菜や果物を採取しにくることもあるけど。その手伝いをしたり……あとは……植物たちが健康でいられるようにたまに良い肥料をあげるくらいかな」


「肥料って何だ?」


「いらない有機物とかかな」


 ストックいっぱいあるからねー、有り難いよ、と彼は続けた。生き物の面倒を見るのは、大変な作業だ。彼もエンブラント同様。意外と面倒見がいい性格なのかもしれない。


「へぇ……。凄いな。君は物知りだな」


「そうでもないよ。生き物の研究が趣味なだけ。……君のことも研究してみたいな」


 彼の眼鏡の奥の瞳が、好奇心でギラギラと燃えているのが見えた。


「ねぇ、ルルイェの民の肉体は何で構成されているの? 精神は剥離式? 一般的なヒューマノイドと一緒なの? 遺伝子構造は? 消化液に含まれる酵素は? 歯は何本? ……教えて欲しいな」


 全てを暴かれそうで、恐ろしくなった。彼の研究対象になるのは危なそうだ。


「……いつか手伝えるなら、喜んで」


「ホント? 約束だよ。でもでも、一番興味があるのは……君の故郷のルルイェ星ってどんなところ?」


 ルルイェ星に純粋な興味を持たれるのは新鮮だ。宇宙に蔓延る、ルルイェ星のイメージと言えば、危険な種族の住む荒廃した星という、実にネガティブなものばかりだ。住めば都と言うし、実際に住んでいるとそうでも無いのだが、当事者と第三者では見方が変わるのは仕方が無い。

 俺は、彼に説明するために住んでいた頃の光景を思い出そうとしたが、良いところがまるで見つからない。思い出せることといえば、星を覆う砂の乾いた味や、仕事の重労働のことばかり。


「……ここと正反対の、砂とゴミでできた赤い星さ。遠い昔にヒューマノイドに遺棄された、用済みの星だよ」


「へー、そうなんだ。なんだか……寂しい星だね。ちょっと、僕の故郷と似ているかも」


 ハイペリオンは寂し気に笑った。彼の故郷も、ルルイェ星と同じように棄てられた星なのだろうか。

 実は、そのような星は少なくない。ヒューマノイドは、星を開拓する力を得てからと言うもの、開拓した星の資源が減少し、利用価値が下がると、次々に新しい星を開拓していった。従って、用済みの星として雑に消費されてしまう星が後を絶たない。社会問題にもなっていて、遺棄された星の人権団体が裁判を起こしたというニュースを頻繁に耳にする。もしかしたらハイペリオンも似た境遇なのかもしれない。そう思うと、彼に親近感を覚えた。


「……ところで、なんだかあんたは雰囲気が他の奴らと違うよな? 知的というか……」


 他のクルーは如何にもガラの悪い格好をしているが、このハイペリオンという男からは悪事を好んで働くような類の人柄を感じることができなかった。インテリチックで、人懐っこい様子は海賊のクルーというには似合わない。むしろ無邪気な少年の様である。


「まぁ、皆荒っぽいからねー。ボク、暴力とか争いとか興味ないんだ。仲良くしよ」


「同感。アイザックだ。よろしく」


 変わった奴だが、話もできるし悪い奴ではなさそうだ。そんなことを思いながら彼と握手を交わした。


「ハイペリオンは普段、どんなことをしているんだ? ここの管理だけ?」


「うーん。メインはバイオマス燃料の管理かな。知ってる? バイオマス燃料」


「エネルギーだよな? 聞いたことはあるけど……あんまり知らないな。ルルイェでは原子力エネルギーが主流だったし」


「ふふん、説明しよう! バイオマス燃料とは、生物由来・有機物の燃料なのである! 最近は採用している星も増えたんだけどねー。まぁほら、僕たちヒューマノイドって常にごみを生みながら生きているだろ? 排泄物もそうだし、食事だって生き物を丸々食べているわけじゃない。生体の内臓や骨が残るよね? それを有効利用しようって訳で生まれた燃料なのさ! ……まぁ、エネルギー効率は決して良く無いんだけどね……」


 彼は乾いた笑みを浮かべた。


「へぇ。それが、この宇宙船でも利用できるって訳なのかい?」


「その通り。僕が集めた微生物たちが有機物を分解して良質な燃料に変えてくれているんだよ。百%って訳じゃないけれど、この船は少なからず宇宙環境にいい燃料で飛行しているって訳なのさ。その結果、汚水やゴミの処理などが飛躍的に効率化されたんだ。それの管理担当者が、この僕ハイペリオン!」


 彼はえっへん、と胸を張った。高度なテクノロジーを管理できるということは彼は優秀な人物なのだろう。彼ならばもしかしたら、と思い俺はリュウに関する質問をぶつけた。


「あのさ、ハイペリオン。もう一つ聞きたいんだけど……」


「いいよ。何?」


「俺がこの船に救助されたとき、もう一人ルルイェ人がいた筈なんだ。彼の行方を捜しているんだけど……。この船で、俺以外のルルイェ人を知らないか?」


 ハイペリオンはうーん、と唸りながら答えた。


「……。もう一人のルルイェ人? ……ごめん、僕わかんないや。ジャックスなら知っているかも」


「ジャックス? その人は、どこに行けば会える?」


「ジャックスならセキュリティルームかエンジンルームかなぁ。一階のどこかにはいると思うけど……」


「一階か……」


「まぁ、行くなら気を付けてね。あそこ、暗いから」


「あぁ、有り難う。それじゃ、そろそろ行くよ」


「またいつでもおいで! 僕の話し相手になっておくれよ」


「考えておく」


 俺は、ハイペリオンに見送られながらガーデンを後にした。残念ながら、彼もリュウの情報を持っていなかったが、その代わりにジャックスという人物が何かを知っているかもしれないという情報を得られた。問題は、彼が居る一階への立ち入りをシドに禁じられていることだ。そもそも、何故立ち入り禁止なのかシドは教えてくれない。どうすればジャックスに会えるのか、俺は頭を捻るのであった。

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