25【浮上】
ミスティック・エリュシオン号から逃げ出した人外同盟こと、俺、CB、ハイペリオン、エルクを乗せた小型ジェット機は凄まじい速度で宇宙を駆けた。
「外宇宙から出るにはスピードが必要だ。君達、しっかりとベルトを装着したまえ!」
ハイペリオンはコックピットの操縦桿にしがみつき、必死に舵をとりながら叫んだ。
「それは分かったけれど……! ハイペリオン、どこを目指しているんだ!?」
「ひとまず、外宇宙を脱出して、彼等の手が届かない宇宙領域まで逃げよう! ……行き先は、君達の方にあてがあるんじゃないのかい?」
「あてと言っても……」
リュウとのクルーズで目指していた星は、異星人が入り交じる、文化的に発展した豊かな星だった。その星を改めて目指し、降り立つのが最善の策なのだろうが、生憎、今現在宇宙のどこに自分達がいるのかさっぱりわからない。そもそも、外宇宙とは宇宙のどこだったのだろう? 現在位置が分からないと、目指しようがない。その星の場所についての情報が圧倒的に足りないのは明白で、そこを目指すのは多大な労力が掛かりそうだ。
「……多分、そこへ向かうのは現実的じゃない」
「……となると、新しい目的地を決めないと。大前提ですが、ヒューマノイドが呼吸可能な星に降りたいですね。それから、ある程度文明が栄えている星……未開の星に降りてしまうと、アンドロイドはともかく俺とアイザックさんは生きていけないから」
CBの言うことも一理ある。宇宙に数多存在する星々の中で、ヒューマノイドが棲める星は、実はごく限られているのだ。とりわけ文明が未発達で衣食住が整っていない星で暮らすのは、好き嫌いの多いCBには堪えるだろう。俺も以前なら我慢できていただろうが、エンブラントの飯を味わってしまった以上、飯が不味いのに耐えられる自信が無い。
「さぁ、見てごらん! 外宇宙の境界だ! ここから内宇宙へ戻れる! 皆、揺れるよ!!」
前方の宇宙空間に、淡く発光した薄いベールのようなものが揺らめいている。あれが宇宙空間を隔てる境界線らしい。ジェット機が突入すると、凄まじい衝撃が宇宙船を襲った。境界は、機体の質量を受けてたゆみ、筒のように形を変えた。その柔らかい造形とは裏腹に、まるで全方向から外装を削り取られているような、強い揺れだ。
「……ん?」
何かを察知したハイペリオンが焦り出す。
「……なんだ、これ!? おかしいよ、このワープホールは意図的にどこかへ繋げられている!」
「意図的に? 一体誰が?」
「分からない! ……そんな、ありえない! 星だ! ボクらは、誰かの意思でどこかの星へ堕とされている!!」
正体不明の誰かによって、俺達は導かれているというのか。一体誰が、何のために? その疑問を熟慮する暇は無かった。俺達は、宇宙の文法の外にいる。
ワープホールを通過し、ある星の近くに飛び出した宇宙船は引力に従って隕石の如く地上へと墜ちていった。空力摩擦が発生して、宇宙船は凄まじい熱と衝撃に襲われた。
「制御不能! このままじゃボク達……壊れちゃうよ! あぁ……ここで終わりか……。エルク、僕に掴まってて!」
「承知しました。ハイペリオン様」
ハイペリオンは操縦桿を投げ出して、涼しげな表情のエルクを庇うように抱きしめた。この宇宙船は、軽作業用の船だ。星に着陸するにはそれなりの装甲を必要とするが、激しく揺れるこの船も、いつ空中でバラバラになるか時間の問題だろう。
目的も達成できずに、俺達はここで死ぬのだろうか。
CBを見ると、不安気な目で俺を見ていた。俺達は、ユートピアに着く前に星屑にもなれないまま野垂れ死ぬ。……CBの目は、死を覚悟していたに違いなかった。
「アイザックさん……」
CBは俺の手を握りしめた。俺がその手を握り返すと、彼はすっぽりと覆うように俺を抱き締めた。彼は、俺やアンドロイドと違い、只のヒューマノイドだ。四人の中で最も脆くか弱い生命体に位置する彼が、俺の事を身を挺して守ろうとしている。……これが、愛。
クルーズ船でリュウが俺にしてくれたように、紛れもない愛がここにある。――じわりと温もっていく心が、ある決心を固めさせた。いざとなったら、ルルイェの真なる姿に戻り、三人を守るのだ。たとえ身体が燃え尽きようとも、俺の愛する人々を守ることは俺の使命なのだ。もう大事な人を失うわけにはいかない。
「あら。これは何でしょう。あぁ、窓に……!」
どこからかひらりと現れた黒い炎が、窓のガラスに張り付いている。それどころか、黒い炎は瞬く間に燃え広がり、宇宙船を包み込んだ。まるで膜を張るようにぴったりと、宇宙船全体を覆っている。まるで、護っているように。
すると、驚くべきことに、次第に揺れが安定してきたではないか。
呆気に取られているうちに、宇宙船はどんどん地上に接近してゆく。……間もなく青色の大地に衝突する!
その距離約三キロ。
「皆! 衝撃に耐えろ――」
"青い大地"に衝突し、派手な水柱が上がった。どうやら俺達が落下したそれは、青い地面ではなく驚くべき深さの水だったのだ。船は、バラバラに砕けて、気泡と共に静かに水底に沈んでいこうとする。その中に、ハイペリオンとエルクの姿がかすかに見えた。アンドロイド二人はその重量のせいか、破片と共に底の方へと沈んでいく。CBは、水中に散乱した瓦礫の隙間でもがいている。
迷っている暇は無かった。俺は、人の姿を放棄し、真の姿に戻った。掌で思い切り、水を掻く。この水は塩っぽいくせに、なぜだか身体に馴染んで、とても動きやすい。ぐんぐんと進んでいける。
沈みゆくアンドロイド二人を抱きかかえ、最後にCBを捕まえる。俺は三人を抱き抱え、明るい方へとひたすら泳いだ。
「****!」
そして水面から顔を出して気が付いた。――呼吸ができる!
肺いっぱいに空気を吸い込んで、周囲を見渡す。青い空に、どこまでも広がった水。……ため池にしてはあまりに広大だ。
俺は上陸できそうな場所を探した。目を凝らすと、少し遠くに緑色の植物に覆われた巨大な建物が霞んで見える。以前ハイペリオンが言っていた言葉を思い出した。緑がある場所には、土があり、大地がある筈だ。俺は三人を抱き抱えながら、その建物を目印に無我夢中で泳いだ。
――どれほど泳いだか分からない。俺はようやく目的の島に這い上がって、人の姿に戻ると、どっと疲労が押し寄せた。三人を、陸に横たえる。
「アイザック……有り難う。ボク、カナヅチなんだ」
「何だそれ。……無事そうで何よりだよ」
一時はどうなるかと思ったが、ハイペリオンは軽口を叩く余裕があるようで、安心した。エルクも無事らしく、むくりと起き上がって水を吐いていた。
島だと思っていたのは、石造りの街だった。人気は無く、びっしりと貝や水草に覆われている。不思議なことに、まるで、水底から今しがた浮かび上がってきたかのように、あちこち水浸しだ。街の中心には、一際大きな建物があった。城だ。その城の麓に、同じ石の素材で作られた建物がいくつも並んでいる。そして最も不可解なのは、この街は、波が寄せて返すたびに。同じように揺られていることだ。まるで、水の上に浮かんでいるかのように。
晴れやかな気分だ。思わず、笑いが込み上げた。
「はは……あはははははっ! 空気も、建物を建てる文明もある! アタリじゃないか? ……なぁ、CB!」
横たわるCBの身体を揺するが、反応が無い。
一拍おいて、ようやく異変に気が付いた。CBの胸に耳を当てると、ゴボゴボと、液体の渦巻く音が濁って聞こえた。
俺はようやく理解する。彼は命の危機に瀕していた。
「……CB? ……CB? なぁ、起きてくれよ……」
「大変だよ、アイザック! CBのバイタルがどんどん弱くなってる!」
CBは、あまりにも沢山水を飲み込んでしまったらしい。ヒューマノイドは、たったそれだけで死に至るのか――? 俺は愕然とした。
「嫌だ、嫌だよCB……! これから新生活が始まるって言うのに!」
俺に知識があったらどれだけ良かっただろう。為す術も無く、CBを揺するしかできなかった。
「アイザック……もう……バイタルは……」
ハイペリオンが俯く。それが何を意味するのか、脳が理解を拒んでいた。このまま死なせて堪るか。CBには、俺を幸せにする使命がある。俺を置いて死ぬなんて、許せない。
咄嗟に、水面を漂っていた宇宙船の破片を拾いあげ、俺は自らの手の甲に傷を付けた。滲み出た血を中指に滴らせ、CBの口に垂らす。
「アイザック様、何をなさるおつもりですか?」
エルクが物珍しそうにCBの口元を凝視する。
「ルルイェ信仰の伝承では……ルルイェの民の純血には、不思議な力があると言われているんだ。……呪い(まじない)に過ぎないかもだけど」
藁にもすがる思いで子供騙しの呪いを掛けてみただけだった。その思惑は大きく上振れたらしい。
CBの身体が激しく痙攣する。ボコボコと彼の身体の表面が沸騰するように泡立った。
「まさか、そんな非科学的な……!」
「あらゆるデータを照合しても、前例がありませんね」
二人は目の前で起こっている現象に戸惑った。裏腹に、俺は何かが起こると確信していた。それは奇蹟に相違ない。
「伝承は本当だったんだ! 頼む、頼む。神よ、悪魔よ、誰でもいい! CBを救ってくれ! 家族なんだ! 俺から奪わないでくれ!」
祈りは届けられた。
泡立ちは次第に緑色を帯びていった。その色味には見覚えがある。俺の、真の姿の深みに似ていた。そして、泡がしぼんで収まってきた手足の末端部が、緑色に染まり、指の間に膜が張られ、爪は鋭く変貌していた。
「ヴ、ヴヴ……」
CBが僅かに呻いた。
頭部の皮膚を突き破り、より太く、長く伸びていく頭髪。滑りを帯びたそれはまるで、触手のようだ。首元の皮膚には鈍色に光る鱗がびっしりと生えそろって肌を覆い、頭頂部には硬質な鰭が生えた。その変わり果てた姿は、水棲生物とヒューマノイドを足して二で割ったような奇妙さだ。
――そして彼はパチンと目を覚ました。黄色く濁った眼で俺を捉えると、むくりと起き上がった。
「*****?」
「……あぁ、CB! CB! 良かった!」
喜びのあまり、思わず抱きついた。ぬるついたうろこがひんやりとしている。CBはギョロリとした目で自身の身体を観察した後、何かを察したらしく、爪が刺さらないよう、そっと俺を抱きしめ返した。
「なんだか俺と似ている。……ヒトの姿にもなれるんじゃないか? 丹田に意識を集中して、ほら――」
CBは初めは戸惑っていたが、少しすると、CBは見慣れたヒューマノイドの姿に戻った。顔に残った鱗も、いずれ消えるだろう。
「生きている。なんて、甘美な祝福……もう元には戻れない。原初の血が、俺に奇蹟をもたらした。……あんたのお陰で助かったんですね、俺」
俺のお陰と彼は言うが、本当にCBが蘇るとは思っていなかった。彼の身体に、ルルイェの血が適合したのだろう。
「多分ね。でも、君……随分と人間離れしたな……」
CBは明らかに、ヒューマノイドの域を超えてしまった。水棲生物のような姿になるヒューマノイドなんて、聞いたことがない。
「凄いよ、CB! 君のバイタルは既に止まっているのに、動けるんだね! これは本当に凄いことだ! これだからヒューマノイドの観測はやめられない!」
ハイペリオンが興奮気味に叫んだ。
「そんなこと、どうでもいい」
CBは冷たくあしらうと、俺の頬に手を添えた。
「前よりも、ずっと、あんたのことを愛おしく感じます。側で生きていけることが、こんなにも嬉しいことなんて……」
すり、と滑らせた手にどきりとした。
「そ……そう?」
目の前が滲む。感動が勝るはずなのに、なんだか気恥ずかしい。彼との精神世界での繋がりが一層深くなったような……。このまま、彼と心ゆくまで交われたら、どれほど幸せだろう。その手に甘やかされる、甘美な妄想が湧き上がった。それを打ち破ったのはハイペリオンだった。
「ねぇ! 皆助かったことだし、これからのことを考えようよ! 見て、あのお城! ボクらの物にしちゃおうよ!」
ハイペリオンの指さす方角には、巨大な城が一際高く聳え立っている。確かに、生活の拠点は必要だが、あそこまで立派な住居は身に余る。
「どなたかの住み処なのではありませんか?」
「そもそも、この星は何だ? ヒューマノイドは居るのかな? 友好的な種族だったらいいけれど……」
「この星はとっくの昔に遺棄された星だね。ボクらのものにしたって、構わないさ。ここの原住民が友好的かどうかなんて、些細な問題でしょ。ボクら……ルルイェ人と、邪教徒と、アンドロイド。人ならざる者にとって幸福な国を作ろうよ!」
「人のこと、邪教徒って呼ぶなよ」
CBが突っ込むと、自然と笑みがこぼれて、和やかな空気が流れた。この空気感も、久しぶりだ。
「事実じゃないの。……君はもうヒューマノイドの域をとっくに超えてしまった。それにだよ。例えば……ルルイェ信仰がこの星で布教されたら、それはもう邪教じゃないよ!」
「屁理屈じみているけど……言えてる」
「俺は別にルルイェの信仰を広めたいわけじゃないんだけどな」
宇宙の片隅で、ひっそりと信仰が紡がれる。それだけで十分だと思っていた。
「ちっちっちっ。分かってないな、アイザック。人類が"分かり合える"最も効率的な手段は、同じ神を崇めさせることだよ。宗教とは支配の道具に他ならないのだから」
「そういうものかな。でも、どうやって? 女神信仰が根付いているんだとしたら、ルルイェ信仰はなかなか受け入れて貰えないと思うけど」
「ボクに考えがある。見て、あのお城のてっぺん。あそこから僕が電波を発信しよう。この星のヒューマノイドの脳を、ボクらに共鳴するようにじっくり書き換えるんだ! 脳の奥深くにルルイェの信仰を刻み付けよう! ……それには、アイザック。君の夢が必要だよ」
「夢?」
「そう。夢、理想。……どうだい? 君の描く理想郷は?」
ユートピア。俺がずっと追っていたもの。改めて、頭の中に描き出す。
ひもじさに怯えること無く、暑さや寒さに苦しまなくてもいい。それから、暴力を振るわれることが無くて――何よりも、愛する人と幸せであり続けること。
「理想……そうだな。俺達が幸せであり続けられて……邪魔するものが居ない世界……かな」
「それは素敵ですね」
「うん、良いんじゃないですか」
俺達は顔を見合い、頷いた。
「決まり! 君の理想を電波に乗っけよう! そして、この星のヒューマノイドにボクらの信仰を植え付けるんだ! さぁ、始めよう! アイザック、君は今から神だ!」
ハイペリオンの髪が逆立ち、強力な電波が放出され始めた。見えない何かに産毛が逆なでされて背筋がぞわぞわした。
「おっ。あそこに先住民がいるよ。試しに彼らを洗脳してみよう。……お前達はルルイェ信仰の原初から、今現在更新している事柄を死ぬまで記録し続けるんだ……手を止めることは許さない」
――水で覆われた、緑豊かな青い星。浮上した都市には邪神とその眷属が棲むという。我々にとっての幸せを追求しよう。皆で幸せになろう。
「そうだ、この場所の呼び名を考えましょうよ」
それならば、この都市にふさわしい名前を付けようじゃないか。
「そうだな。この都市の名は――ルルイェ」
さぁ。邪神の都市を、築くのだ。




