22【邪教徒】
「……CB。ちょっといいかな」
「何か御用ですか」
俺は、CBの自室を訪ねていた。この部屋にも、通い慣れたものだ。あれ以来、CBとは発情時ではない時にも何度か身体を重ねている。だから、俺が普段とは違い、神妙な顔をして現れたことに、彼は何かを察したのか、部屋にすんなりと入れてくれた。
「何なんですか。そんな顔して」
「君に聞きたいことがあるんだ」
「へぇ……。俺に?」
CBはソファにどかっと座った。横に座るよう促されるが、首を横に振った。真面目な話をしに来たのに、このソファに座ると彼との情事が頭をよぎってしまうからだ。
俺は、単刀直入に問う。
「君は……。本当にヒューマノイドなのかい?」
「どういう意味です? 俺がインサージェントだとでも?」
「インサージェント……というよりかは、アノマリー反応の方だよ。実は、ある人に調べてもらったんだ。君は……どうやら俺とも、他の誰とも違うらしいな」
「…………」
「あぁ。いや。否定してくれたって構わない。俺は……君がヒューマノイドじゃなかったとしても、誰にも言わないし、君に対する態度は今までと変わらないよ。ただ……知りたいだけなんだ。納得するために」
「……そうですか」
CBは少し考えたあと、淡々と吐露し始めた。
「もう隠す意味も無い。そうです。俺は目覚めたんです」
「……目覚めた?」
彼の言葉は、俺の予想とずれていた。
「あんたに出会ってから、俺は変わったんです。あの日、口づけを交わした瞬間に、自分の体に流れる血が、体を構成する細胞が……ルルイェに還りたいと言い出したんだ」
CBは俺の手を取り、口付けた。彼の濁った瞳が俺を捉えて離さない。彼の言っていることは、支離滅裂で、まるで妄言だ。彼からルルイェの出自を語られたことは無い。
「……君は何を言ってるんだ? 君はルルイェ人じゃないだろう?」
「ええ、そうですが。俺は月の出身です」
「還るもなにも――無茶苦茶だ」
「そうでしょうか?」
「……ヘリオスを殺したのは、君なのか?」
「えぇ。全てあなたの為ですよ」
CBはあっさりと認めた。
「俺の為?」
「あんたの生きる理由を俺は作ったんです。あんたは、船員殺しはリュウさんがやったと思っていたでしょう? リュウさんが殺したと、あんたが思い込めば、希望を抱いてこの宇宙船から逃げ出さないと思ったんです。まぁ、殺すのは別にヘリオスさんじゃなくても良かったんですけれどね。誰でもよかったんです」
「そんな……」
くらりと眩暈がした。この男は、恐ろしいことを平然と口にするではないか。まさか、ヘリオス殺しの犯人はCBで、俺をこの宇宙船から逃げ出さないよう縛り付けるために、リュウを模して殺した。
正気の沙汰では無い。
リュウの存在を匂わすために、つまり俺を騙す為に殺人を犯したとCBは言ってのけたのだ。
――裏切られたような気分だ。そんな発想ができるCBの思考が、急に恐ろしくなった。
「……君は、何なんだ?」
「何って? ……あんたの信奉者ですよ」
「さっきから何を言っているんだ、CB! 君は女神信仰だろ? 今朝だって、食事の時に祈りを捧げていたじゃないか!」
「形だけです。心の中では、ルルイェに祈りを捧げていましたよ。ルルイェの神は寛容だ」
「なんだか……様子がおかしいぞ」
今にもここから逃げ出したい。この男は、蛇のように俺を丸呑みにしようとしている。
「俺は思い出したんです。太古の昔より、貴方達ルルイェを崇拝していたことを……」
「…………」
「そう。きっと俺は、ルルイェ人と同じルーツを持っているに違いない。俺は、大昔ルルイェで暮らしていた一族の末裔なんです。色んなヒューマノイドと交わりながら、母なる故郷に思いを馳せ、いつしか再来することを望んでいました。その証拠に、自分のゲノムの中に眠るルルイェの血が、あんたと出会った時に強く疼くんです。あんたのその胎の中に還りたいと……」
CBは俺の腹に顔を寄せて頬ずりし、ほぅ、とため息をついた。そのまま、俺の手を引っ張り、バランスを崩した俺をベッドに押し倒した。
「CB!」
「あぁ、やっぱりあんたの眼は特別キレイだ。……純粋なるルルイェの民は、外なる神に魅入られし一柱です。俺は……初めてあんたを見た時から……ずっとこの瞬間の為に生きてきたことを確信しましたよ」
俺を見るCBの目はまっすぐで。彼が冗談を言っているようには思えない。
「俺の……俺だけの神になってください」
――CBが怖い。
背筋が冷えていく。彼が信仰していたのは、ルルイェそのもので、俺は今にも祀り上げられそうになっている。
「……ルルイェの信仰が、邪教とされているのは知っているだろ。女神の宇宙創造信仰に淘汰されたんだ」
ルルイェの信仰はかつて、ごく限られた星でしか信仰されていなかった宗教だ。それも、ヒューマノイドの第一宗教に女神信仰が据え置かれて以来、数ある宗教は消され、書き換えられていった。ルルイェ星ですら、信仰は死滅しているに近しかったのに、彼の母星で脈々と受け継がれていたというのは、考えにくい。いつから彼は信仰を始めたのだろう?
「俺には関係ありません。俺に救いをもたらしてくれる存在こそが神に他ならないのだから。邪教というのは、異教徒が恐れて勝手にそう呼んでいるだけでしょ」
CBはこわばった俺を静かに抱きしめた。
――暖かい。とくん、とくん、と、少し早い彼の鼓動を感じる。
「アイザックさん……」
CBは顔を近付け、いつものように唇を重ねようとした。俺は、思わず顔を背けた。――CBから、ここから逃げなくてはならない気がした。
「……なんでキスさせてくれないんですか。こっち向いて」
「なんか、君、怖いよ」
「怖い? 何を言っているんです? ……それとも、俺との関係に怯えている? 今更じゃないですか。何。恋人いるの?」
「それは……」
リュウというパートナーがいながら、ずっと、彼との行為に罪悪感を抱いていたのは確かだ。発情期でどうしても我慢ができなかった、というのは初めの一回だけだから、今の関係は言い訳に過ぎない。CBにリュウの面影を都合よく重ねながら、雰囲気と快感に負け、惰性で現在に至る。
リュウへの申し訳なさは、心の片隅に追いやっていた。彼以外の男と体を重ねることは、彼への愛情を否定することなのか、ずっと葛藤していた。それを不可抗力だとか、仕方なくだとか、そういった言葉で押し込めていたのだ。
――それでも、CBは俺の心の隙間を埋めてくれるし、何より、俺に密やかに甘えてくれる彼に心惹かれているのも確かだ。
CBは俺の頬を撫でる。
「もういいでしょ。貴方の恋人はもう死んでいるんですよ?」
「……そうかもしれないけれど」
かつての恋人は、もうこの世にいない。それは事実だ。
「じゃあ、あんたを俺にください。その人の分まで、俺があんたを愛します。……こちとら、あんたと一つになりたくてずっと我慢していたんですから」
CBは俺の下唇を甘噛みしながら、服の下へと滑らせた手は、胸の肉をまさぐっている。
「……待って、CB」
敏感な箇所をやわく引っ掻かれ、身体が小さく跳ねたのをCBは見逃さなかった。
「……ほら、俺で良いでしょう? それに何度も俺とシてるじゃないですか。貞操なんて、もうどうでもいいでしょ」
「…………」
「……黙ってるってことはいいってことですよね」
CBはいつもの強引さを発揮して俺の服を脱がし始めた。
「……狡いね、君は」
「狡くて結構。……ね。アイザックさん、俺の物になってくれますよね?」
「…………」
CBの誘いは甘美だ。愛される悦びを知っているからこそ、誰かの心を独占して、心の隙間を埋め合って傷をなめ合うことが、どれ程の幸福を与えてくれるか、俺は知っている。
叶うのならばもう一度、……もう一度誰かに愛されてみたい。
「嫌だったら、俺の事殺していいですから」
「…………」
CBが顔を近付け、――唇同士が重なり合う。
俺は、拒まなかった。
リュウへの想いが、キスの熱で溶けていく。
素肌同士が触れ合い、しっとりと汗で湿らせ合った。
あぁ、リュウの記憶が、上書きされていく……涙の薄膜が目を覆っていく。
「……痛い?」
気付いたCBが、頬を流れた涙を舐め取る。俺は首を振った。
「気持ちいいですか?」
CBは、俺の心を、身体を、無遠慮に暴いた。
「あっ……やめて、やめて……」
漏れ出た嬌声が、部屋の空気を濡らす。
「俺はね……今、すごく幸せですよ」
CBは恍惚の表情を浮かべ、目を細めた。彼の指先が俺の唇を優しく撫でる。俺を激しく求める彼は愛に飢える子供のようで、庇護欲に唆され、心の扉が緩んでいく。
「…………愛しています」
優しい口付け。
……これが愛されるってことだったっけ?
頭が、思考がそれについて考えることを拒否している気がして、俺は彼に身体を委ねることにした。
◇
◇
◇
全てが溶け合いそうなほどの、激しい行為の後。甘ったるい空気の中、俺はCBの腕に抱かれながら回らない頭で余韻に浸っていた。
CBは俺に囁く。
「ね、アイザックさん。こんなところ、二人で逃げ出して……探しに行きましょう。俺たちの……ドリームランドを」
リュウがこの宇宙船にいないと分かった以上、この船に留まる理由はなくなった。彼の言う通り、逃げ出して新天地へ行くのも良いのかもしれない。
彼の温もりが、その決断は間違っていないと、安堵をもたらしてくれているのに、何か大事なものを失ったような気がするのは何故だろう。
「……うん」
俺が眠気に負けて曖昧にそう呟くと、CBは嬉しそうに俺を抱きしめて頬に口付けた。
「……一眠りして、起きたら飯食いに行きましょ」
「それはいいね……」
誰かの腕に抱かれて眠ることが、こんなにも心地いいなんて……。久しく忘れていたその感覚が、愛の在処を示していた。




