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21【ヒューマノイドに非ず】

 

 ミザリーとの一件の後、諸々が落ち着いたのを見計らって、ハイペリオンとガーデンで落ち合った。ガーデンを訪れる者はごく限られているため、密談するには都合が良い。


「やぁアイザック。君が療養している間に約束通り調べてきた。昨晩宇宙船のデータセンターに潜り込んだよ。痕跡が残るから、できるところまでだけどね」


 というのも、エルクを紹介する代わりに、リュウの痕跡を調べてもらう約束をしていたのだった。高性能のアンドロイドたるハイペリオンは、万物の知識を得ている。その為か、機械にはめっぽう強いらしい。映像記録や個人情報が登録された、宇宙船のデータセンターにアクセスして情報を抜いてきたというわけだ。


「聞かせてくれ。リュウは……どこにいるんだ?」


 一ヶ月。あまりに長かった。

 リュウの手掛かりを求めて、この宇宙船の隅々まで捜索し、色々な人に訪ねて回った。必死に探してきたこの一ヶ月の努力が、今この瞬間に実る。ようやく、解放される。

 興奮し、期待する俺の顔を見てハイペリオンは眉尻を下げた。


「……結論から言うね。リュウは、君と一緒に、この船に保護されている。だが、彼の形跡が保護二日目以降、途絶えているんだ」


 ……つまり?

 思考が固まった。ハイペリオンは、似合わない表情で目を逸らしている。それが、答えを物語っていた。


「つまり……恐らく、だけど。彼は二日目に亡くなってしまったと考えたほうがいい。遺体は……宇宙空間に棄てられたか……その、ごめん。バイオマス燃料にしてしまったかも……」


「……」


頭が真っ白になった。

 胸が痛み、身体の力が抜けて肺が呼吸を拒み、喉元でつっかえた。

 世界が歪む。

 手先が氷のように冷えていき、重力を見失いそうになる。

 

 リュウは、この宇宙船にいない。

 優しく頬に触れるあの手の温もりも、俺を見つめる優しい眼差しも、激しく重ねあった柔らかな唇も。

 

 この世に、もういない……??

 

 ……本当に?


「……アイザック?」


 俯く俺の顔をハイペリオンは心配そうに覗き込んだ。

 言葉を発しようとするが、口が開閉するのみで、言葉が出てこない。

 深呼吸を数回――。息を深く吐く。


「……教えてくれて有り難う」


 なんとか、言葉を絞り出す。


「……実は、もうリュウはこの世にいないんじゃ無いかって、薄々思っていたんだ。ずっと認めたく無かっただけで……」


 これだけ長い期間、宇宙船で彼の姿はおろか、彼の目撃情報がほとんど出てこなかったのだ。宇宙空間で完全に離れ離れになっていた可能性もあるし、そもそもあの事故で死んでいた可能性だってあった。再会できる確証はどこにもないのに、俺はその薄い希望をずっと追いすがっていたのだ。


「悲しいの?」


「……うん」


 俺は顔を上げられなかった。俯いたまま、事実を咀嚼する。ハイペリオンは思いがけない俺の反応に困りきっていた。


「ごめん。ごめんよ、アイザック。ボクは誤ったみたい。君の力になりたかったのに、傷付ける事を知らせてしまったね。……ボク、学習が足りなかった」


「……ハイペリオンは悪くないよ。……うん。誰も悪くない。……仕方ない事だよ。あんな事故に遭ったんだから。リュウが生きている確証なんて、元々どこにも無かったんだ。俺が生きていた事が奇跡だったんだ、きっと」


 そう思う方が何倍も良いに決まっている。あのクルーズ事故は、全員死んでいてもおかしくなかった。

 ――そうだ、ポジティブに考えよう。俺が生き延びただけでも、良かったではないか。

 リュウがもう居ないと分かり、悲しい反面、どこか安堵している自分がいる。もう、リュウを四六時中探さなくてもいい。

 そう思った自分を、赦した。

 これで心置きなく、俺は、俺のために生きられる。この考え方が不義理だと、もう思わない。


「……吹っ切れたよ」


 顔を上げると、ほっとした表情のハイペリオンと目が合った。


「それは良かった……ところで、なんだけど。ごめん、話、変わってもいいかな?」


「何?」


「アノマリー反応が二つあるって、前にジャックスが言ってたでしょ? 一人が君だとして、もう一人いるってことだけど。君はそれがリュウだと考えていたんだよね?」


「あぁ、うん」


 そういえば、そんなことを考えていた。リュウを捜すことに夢中になっていて、彼が宇宙船のどこかにいる前提で過ごしてきた。確かに、当時の俺は、ルルイェ人である俺と彼の二人がアノマリー反応に引っ掛かっているのだと思っていた。


「リュウが居ないと分かった以上、君はもう一人のアノマリー反応は誰だと思う?」


「うーん……ハイペリオン、お前は違うのか? ヒューマノイドじゃないんだから、お前に反応したんじゃないの?」


「アンドロイドはそもそも生体反応にもアノマリー反応にもヒットしないんだ。無機物だからね。そもそも、この船に一体何体のアンドロイドがいると思う? ……ボクが特別だからって、ヒューマノイドとして感知されないんだよね」


 そういえば、先日の会議で、ジャックスからその話題が出ていたところだ。


「図解しよう」


 ハイペリオンは、ポケットからくしゃくしゃの紙切れと、ペンを取り出した。


「もともとの乗員数は三十二。君……アイザックが加わって三十三。そのうち、アノマリー反応二。君と誰か」


 しわくちゃの紙に、”乗員””アノマリー反応”という達筆な文言と、下手くそな似顔絵が描かれる。


「死亡者、二名。のちに判明したヒューマノイド総数マイナス2。そのうち一人はオリジナルのハイペリオン(ボク)


「ややこしくなってきたな。……つまり?」


 ハイペリオンは、ペン先で紙を叩いた。


「判明していないのは、もう一人のアノマリー反応一名とヒューマノイド反応マイナス一名。これが誰か分かっていない。…………このことから、ある仮説が立てられる」


 このことから導き出されるのは……


「……ヒューマノイドの誰かが、アノマリー反応に検出されるようになった……とか?」


 だとしたら、辻褄が合う。


「ピンポン! その線は濃厚だね。ボクもそう睨んでいる。実は、ハッキングのついでに、クルーのバイタルチェックを行ったんだ。そしたら……。ボク、ヒューマノイドじゃない人を発見しちゃったんだよね」


「ここまで来たら、気になる。誰がインサージェントなんだ?」


「ボクは、ヒューマノイドじゃないと言っただけだ。君は確かにインサージェント反応があったけれど、もう一人はインサージェントとは違った。……インサージェントではなかったんだけど……明らかにヒューマノイドとは異なる、変なバイタルをしていた。君のバイタルも大概妙だったけど。……言っていいのかなぁ。……誰か聞きたい?」


「勿体ぶるなよ。教えてくれ、ハイペリオン」


「…………」


 ハイペリオンはペンをゆっくりとポケットにしまった。どうしてハイペリオンが言い淀むのか分からない。それでも、俺はどうしても知りたかった。

 誰が、この宇宙船を数奇な運命へと導いたのか。知らねばならない。そんな、妙な義務感があった。


「それはね……ヒューマノイドじゃないのは――」


 ――ハイペリオンは俺の耳元で、ある人物の名を呟いた。

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