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20【アンドロイドの恋】


「エルク、新しいシーツを貰えないかな」


 左手の甲に傷がある家政婦アンドロイド――それが、エルクだ。

 ――ある朝、俺は、汚れた洗濯物が入った籠を抱え、ある人物を探していた。アンドロイドは皆似た見た目をしているが、最近は自然と彼女だと分かるようになった。

 アンドロイドは決まった仕事を割り振られているため行動パターンがおおよそ決まっている。従って、彼女を見つけるのは簡単だった。お目当ての人物は、ワゴンを押しながら客室を回っていた。

 彼女は立ち止まり、ふわりとお辞儀をする。


「アイザック様、ごきげんよう。はい。シーツですね。後程お部屋にお届けします」


「助かるよ。有り難う」


 ――家政婦アンドロイドであるエルクは、何か頼まれごとをされると嬉しそうに微笑む。ヒューマノイドに従順であるように造られた、アンドロイドの特性なのだろう。彼女らを見ていると、生きる目的というものについて考えてしまう。ヒューマノイドに尽くし、働くことは彼女らにとっての幸せなのだろうか。……いや、それは使役する側にとっての都合の良い解釈なのかもしれない。このような考えに至るなど、俺はいつの間にヒトらしい傲慢さを身につけたのだろう?

 エルクは、実は洗濯物担当ではなく、別の家政婦アンドロイドが回収の担当なのだが、どうも俺は知らない誰かに用事を頼むのは気が引けた。知り合いであるエルクだと、気軽に用事を頼みやすくて、頼っていた。

 たまにランドリーで出くわす別の家政婦アンドロイドが、洗濯は自分の役割だと認識しているらしく、強引に洗濯物を奪おうとするので、その機体がいる時だけはしかたなく洗濯を任せていた。だが、一部の汚れものはどうしても自分で洗いたかった。替えのシーツの件をエルクが快く引き受けてくれたので、安心してランドリーへ向かおうとしていたその時である。廊下の曲がり角からこちらを覗く、不審な人物と目が合った。その人物は、俺に向かって忙しなく手招きをしている。


「ちょ……アイザック!」


 その人物は、ハイペリオン。先日、正体が殺人アンドロイドだとバレた男だ。その男が、目をまん丸にしながら近くに寄るように訴えている。仕方がなく、彼の元に近寄ると、物陰に連れ込まれた。


「急に何だよ。ハイペリオン……どうした?」


「ねぇねぇ今君が喋ってたあの可愛い子、誰?!」


「エルクの事?」


 エルク、と彼女の愛称を口にするとハイペリオンは確かめるように何度もエルクと繰り返した。


「……エルクっていうのか! あぁ、素敵な名前だ……!」


 彼女の名を飽きずに反芻する男は、どこか夢見心地な表情だ。


「お前、彼女の事知らなかったの? ……俺よりもずっと長くこの宇宙船に乗っているのに?」


 彼女は宇宙船の家政婦アンドロイドとして身の回りの世話を受け持ってくれている。この船に長くいるハイペリオンも当然彼女の事を知っているものだと思ったのだ。


「オリジナルのハイペリオンがアンドロイドへの関心が無さすぎて……今の今まで、彼女のことをボク、知らなかったんだよ! あぁ! 時間を浪費した!」


 中身はアンドロイドとはいえ、人格は元のハイペリオンをトレースしたものだ。確かに、ガーデンの外にあまり出てこないハイペリオンなら、働いているアンドロイドの一個体を知らない可能性もあるのだろう。そもそも、他人に興味がなさそうな性格の男だ。ほかのクルーも認知しているのか怪しいところである。


「お願い! 彼女にボクを紹介してくれないかな?」


「えぇ? ヤダよめんどくさい」


 俺が嫌がると、ハイペリオンは俺の服を掴みながら、みっともなく抗議した。


「そんな事言うなよ! 人外仲間でしょ? お願い、お願い!」


「同じ括りにするな!」


 俺が拒否すると、ハイペリオンは渋々手を離した。


「わかった、わかった! じゃあ、取り引きしよう! ……君、リュウって人を探してるんだよね? ボクが宇宙船のデータセンターにハッキングして、彼の記録を探してあげるよ。君は、エルクの事をボクに紹介する。ボクは、リュウの居場所を突き止める。……どうだい?」


 ハイペリオンは奥の手だ、と言わんばかりににやりと笑った。

 

 ――リュウの居場所が分かる?

 

 それは願ってもない提案だった。宇宙船に拾われてから今まで、数週間あちこち探し回ったが、何の手掛かりも得られなかった。途方に暮れていたところに、この申し出はあまりにも魅力的だ。こんなにあっさり、解決していいのだろうか。


「……本当か?」


 藁にも縋る思いだった。


「勿論! リュウの外見や身長・体重が大体分かれば探せると思う。ルルイェ人は独特のコードを持っているから、きっと見つかるよ」


 これほどまでにハイペリオンが頼もしいと思ったことはない。俺は大喜びで更に詰め寄った。


「本当にいいのか!?」


「でもでも、皆にはボクがハッキングしたって事、ナイショだよ。じゃないと、ボク……ジャンクにされちゃうからね」


「契約成立だ」


 ――俺達は固く握手を交わした。


 

 

「……エルク、ちょっといいかな?」


 俺は、仕事中のエルクを意気揚々と呼び止めた。大事な親友、リュウの為だ。彼女を紹介するなど容易いことである。


「アイザックさま。ご機嫌よう。何かお困りでしょうか?」


 エルクは困り顔一つ見せず、ふわりとお辞儀をする。


「君に紹介したい人がいるんだ」


 俺の後ろに隠れていたハイペリオンを引っ張り出す。人に紹介を頼んでおいて、その体たらくはないだろう、アンドロイドよ。

 お目当ての人物の前に放り出されたハイペリオンは、大慌てで身なりを整え、咳払いを一つ。


「や、やぁ。エルクさん。ボクはハイペリオン。よろしく」


 普段のお喋りオウムとは真逆の男。緊張して吃り、あまりの豹変具合に、笑ってしまいそうなのを堪える。まるで奥手のギークそのものだ。


「ハイペリオンさま。存じておりますが、こうしてお話をするのは初めてですね。よろしくお願いします」


 エルクは優雅に礼をした。彼女はハイペリオンと違い、実に繊細で美麗な動作をする。同じアンドロイドとはいえ、個性があることに感心した。


「実はボクも君と同じく、アルテミス社製のアンドロイドなんだ。品番は違うんだけど……それでアンドロイド同士、仲良くなりないなって、思っちゃったりして……なんて……あははは」


 エルクの表情を伺うハイペリオン。エルクは、一・二拍おいて、にこりと微笑む。


「まぁ嬉しいですわ。私にお友達ができるなんて」


「本当に?! ……また明日もこうしてお話してもいいかな?」


「はい。喜んで」


「あはぁ! あは、あは、あははぁ! そう? じゃ、明日も、明後日も、明明後日も会いに来るよ! にゃはは! じゃあね、エルク!」


「――ええ。ご機嫌よう」


 有頂天になったハイペリオンは気持ちの悪い台詞を残し、早歩きでエルクの前から立ち去った。挙動不審な人物を紹介してしまい、エルクに申し訳ないことをしたかもと少し後悔した。ハイペリオンと二人で、逃げるようにガーデンへと向かった。


 

「あぁ、アイザック。ボク、知らなかったな。恋ってこんなに甘美だったんだね……! こんなに痺れるシグナルがこの世にあったなんて!」


 ガーデンに戻ってからのハイペリオンは終始ニヤニヤと顔が緩み、なんともだらしがない有様だった。トレース元であるハイペリオンの人格のせいなのだろうが、ヒューマノイドよりも人間臭い。彼に会うまでアンドロイドがこんなにも感情豊かだなんて、知らなかった。これは、クルーも彼の正体に気が付かないわけである。


「あぁ、嬉しいなぁ。嬉しいなぁ。彼女ともっとお喋りしたい。早く明日にならないかなぁ。……あぁ、チューニングしたはずの音声が緩んじゃう……」


「大袈裟だなぁ。我慢しなくても、今からだって喋りに行けば良いじゃ無いか」


「ダメダメ! アンドロイドはヒューマノイドにプログラムされた仕事をこなせるのが本懐なの! ボクが仕事の邪魔しちゃ悪いじゃないか!」


 俺には理解できないが、アンドロイドのプライドのようなものなのだろうか。それにしても、機械が恋をするというのだから、目から鱗だ。それはヒューマノイドのペアが抱く、繁殖を超えた感情なのか、はたまたヒューマノイド以外の生物が異性へ向ける本能とどう違うのだろうか。


「お前のその恋愛感情は……性愛?」


 デリカシーの無い質問を、ハイペリオンは鼻で笑った。


「性愛? そんな汚らわしいものと一緒にしないでおくれよ。ボクはただ、彼女の声を聞いて、その姿を近くで眺めていたいだけなんだ。それだけでこの上なく幸福な電気信号を得られる。……十分だろ?」


「そういうものかな」


 ならば、俺がリュウに抱く感情は何だろう。

 CBへの感情は?

 シドへの感情は?

 ……適切な名称が、思い浮かばない。


「そういうものさ。不思議なプログラムだよね。それはそうと、ねぇ、アイザック。ボク早速君にお礼がしたいよ。……そうだ! ボクも君にとっておきの友達を紹介してあげるよ。着いてきて!」


 ハイペリオンは唐突に俺の腕を引っ張った。


「そんな、いいのに」


「良いから! 来て来て!」

 

 ――思えばこの時から嫌な予感がしていたのだ。


 連れてこられたのは、ガーデンの最奥にある少し薄暗い空間だ。近寄ったことは一度も無い。鬱蒼としていて、気味が悪いと思っていた。強い光を好まない植物の為のスペースだと以前聞いたことがある。

 ふと、何かが、這い寄ってくる気配。ズルズルと濡れた何かを引きずるような音が、次第に近づいてくる。巨大な何かが、持て余した体躯を這いずらせているような、不気味な気配が空気を揺らした。


「じゃーん! ボクの親友、メガ・テンタクルプランツのミザリー♂!」


 明るみに出たそれは――うねうねと動く、太く長い蔓だった。ゴツゴツとした表皮は、皮膚病患者を想起させた。

 ガーデンの奥に赤く大きな花が見えると以前より思っていたが、まさか、意思を持った植物だとは思うまい。

 その蔦は俺の足に絡みつき、その巨大な花弁をこちらに向けて、甘ったるい香りの蜜を垂らしていた。それは、ねっとりと糸を引き、床に、ぽたりぽたりと水溜まりを作っている。


「なんだ、この花!」


 あまりの巨大さに、自然と見上げる。四メートルはあろう巨体が、俺達の前に躍り出た。


「ミザリーはね、なんとケプラー22bで保護された貴重種なんだ! 今や、この宇宙でこの姿を見られる機会なんて無いぞ!」


「勝手に動いているけど! 本当に植物なのか?!」


「植物さ! まったく。植物にも自我があるって知らなかったのかい?」


 自我がある植物など、見たことがないし、にわかには信じがたい。情操教育の為に用いられる、「優しい言葉をかけると植物は大きく育ち、罵倒すると枯れる」といった話は迷信に過ぎないと子供ながらに思っていたほどには、信じていないたちだ。


「ボクがエルクと親交を育むように、君にもミザリーと仲良くなって欲しいんだ。……じゃ! あとは水入らずでどうぞ! ボク、エルクのところに行ってくる! 彼女の行動パターンを余すことなく調べるんだ!」


 ハイペリオンは気持ちの悪い行動予告を残し、上機嫌でガーデンを飛び出していった。


「え? オイ! 置いていくな! ハイペリオン!」


 俺の魂の叫びが虚しく響く。ガーデンには、俺と巨大植物の二人のみが取り残された。


「ミザリー……その、俺も急用を思い出して……」


 足に絡んだ蔓は次第に上へと伸びていく。自由に動かせていた腕も絡めとられ、後ろ手で拘束されてしまった。

 宇宙には、危険生物に指定されている植物がいくつか存在している。俺を締め付ける蔦の強さから察するに、ミザリーは、危険植物の類いだろう。何故このような植物が宇宙船で飼われているのだろうか? ハイペリオンは保護されたと言っていたが、これも、シドの趣味なのだろうか。


「あっ、ちょ……! やめてくれ、ミザリー!」


 服の下に蔦が器用に潜り込む。暗いところを好むのか、蔦は服の下の隙間を蠢いた。胸の飾りを掠めるたびに、不快感でひくりと体が震える。

 ――このままでは、理性なき化け物に玩具にされる。俺は、蔦を引き千切ろうと考え、左右に思いきり引っ張ろうと両腕に力を込めた。


「ピギィ!」


 ミザリーは、短い悲鳴を上げて花弁を萎ませた。痛かったのだろう。俺は心臓が縮んだような気がして、思わず力むのをやめた。表情など無い筈の植物が、悲しそうに、怯えるように、こちらを見ている(ような気がした)。


「あっ……。ごめん! ごめんよ!」


 大事なことを思い出す。ミザリーは、ハイペリオンの友達なのだ。ハイペリオンが、この植物のことを気に掛けていることを俺は知っている。決して、ハイペリオンの大事なものを傷つけたいわけではない。この蔦だって、俺と仲良くなるためのコミュニケーションを取っているに違いない。それを勝手に襲われていると思い、友好を蔑ろにしようとしたのは、俺の過失だ。


「ピィ……」


「ミザリー、ごめん。痛かったよな。仲良くなろうとしてくれているんだよね? 俺も君と仲良くなりたいよ」


 歩み寄りを見せると、ミザリーは嬉しそうに鳴いた。

 ――そして、先ほどの比にならない量の蔦が、ミザリーの茎の部分から間欠泉の如く湧き出した。


「!!? ミ……ミザリー?」


 這い回る蔦が気持ちが悪い。しかし、無理に剥がしては彼を傷つけてしまう。俺が無抵抗のまま受け入れていると、事態が急変した。

花弁の中心が大きく広がり、強烈な甘い匂いが放出される。広がりの中は、まるで哺乳類の口腔内のようだ。その壁面に無数に生えた、繊毛のような触手が俺を見つけて歓喜に蠢いている。

 ――呆けていた次の瞬間、花弁が急に接近する。俺は、頭からすっぽりとミザリーに食べられてしまった。


「――――?!」


 粘度の高い蜜が、体中に纏わり付き、衣類が不快に張り付いた。ぐにゅぐにゅとした壁面の肉が皮膚を撫で回す。


「出してくれ! 俺は食べられないぞ……」


 無数の触手が絡みつく。そして、気が付いた。

 蜜が触れた皮膚が、じんじんと熱を持っていた。触手が肌を掠める度に、鋭い刺激が脊髄を侵す。これはまずい、と冷や汗が吹き出した。


「ハ……ハイペリオ――ン! 誰か! ――助けてくれ!」



 どうやら、ミザリーに気に入られてしまったらしい。

 俺の魂の叫びが虚しくガーデンに木霊した。




 その後、ガーデンを訪れた何も知らないエンブラントによって俺は発見された。大事に咥え込み、中々離してくれなかったそうだ。ハイペリオンはシドに大層怒られ、俺は再びCBの看病を受けることとなった。

  

「まったく。あんたって化け物にも好かれるんですね」


 呆れ顔のCBは、どこか不機嫌だった。


「俺は悪くないのに……いたた」


 擦り傷に、いつもより消毒液が沁みる。


「あんたは俺のなのに……」


 CBはむくれながらも、痛がる俺を見て愉快そうに笑うのであった。


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